恨みと憎悪と
+ + +
「お前、はめたのか」
明らかに敵意をむき出しにした低い声。
それを向けられた舞白は意外なほどに冷静だった。
「はめるつもりはなかったのですが、人間としては、狩人さんを敵に回したくないので」
そう言うと、スッと私と名前も知らない男との間を開ける。
男は小さく舌打ちすると、勢いよく駆け出した。
「茜、頼んだ!」
返事を待たずに猫に変身し、そのあとを追いかける。
本当は、舞白を任せたくはなかった。
でも、吸血鬼を殺せるのは狩人だけだし、人間の血を欲している吸血鬼をこのまま野放しにするわけにはいかない。
一緒に追いかけるにしても、私たちと人間の、しかもそこまで運動が得意ではない舞白とじゃ、体力に差がありすぎる。足を引っ張られるのは、火を見るよりも明らかだ。
それなら多少の不安とかなりの不快感があっても、茜に任せてしまったほうがよかった。
男は賑わいを抜け、住宅街へと逃げていく。
ぐんぐんと人の気配がなくなっていき、次の角で仕掛けようと、人間の姿になって曲がったときだった。
「っ!」
指の先から灰になっていく男。その背中から、尖った木の杭の先端が覗いている。
「いきなり駆け込んでくるから、びっくりして刺しちゃっただろ」
その向こう側には、酷く楽し気に口元を歪めている狗狼さんがいた。
「……言葉の割には、手際がいいような気がしますが」
大方待ち伏せをしていたのだろう。
そして、それができた理由なんて、一つしか浮かばない。
「舞白と組んでいるんですか」
単刀直入に問いかければ、狗狼さんは口裂け女かなにかみたいに口角をニイッと吊り上げた。
目の前を舞い落ちていく灰を振るって、杭を持った手を下げる。
「どうしてお前たちは戻ってきたんだ?」
「それは……」
やたらと頻繁に吸血鬼が狩られているから様子を見に来た、なんて、恐らくはその主犯であろう相手に直接言うことなんてできない。
それに、人間の血を飲んだことがある吸血鬼を始末することは悪いことではない。
頻繁に狩っていることを褒めこそすれ、責めるようなことはできない。
たとえ人間を使っているのだとしても、同意の上で、なおかつ守っているのなら、なおさら。
どう答えていいものかわからなくて黙ってしまえば、嘲るように笑われる。
「お前たちの知っている舞白という名前の少女はもういない」
その言葉に、舞白のことを雪と呼んでいた男を思い出す。
狩人は、自分の所有物には自分で名前をつける。
私の場合は、幼い頃に、元々はあかね、という読みだった茜に、せん、という読みを与えたことで名前をつけたことになっている。
つまり、舞白に雪という名前をつけたのが狗狼さんなら、彼女はもう、狗狼さんのものということだ。
狗狼さんは、吸血鬼を殺すことに躊躇しない。
それは私だって同じだけど、でも、彼のそれは違う。
彼の吸血鬼狩りには、憎悪やら恨みやら、そういったものが混ざっている。
詳しい話は聞いたことがない。でも、彼の家族が吸血鬼に殺されたのだと言う話は聞いたことがある。
だから恨んでいるのだと。
そんな人の元につくなんて、舞白にとって吸血鬼は、茜は、そんなものなのだろうか。
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