わたしは、見張られている

 * * *



「舞白」

 グイッといきなり腕を引かれた。

 パッと頭の中を駆けていったのは、何年も前。

 茜と薫と三人で初めて花火大会に行った、あの夜のこと。

 うしろから誰かに引っ張られて、そこからの記憶がないあの夜。

 記憶がないときは、たいてい吸血鬼に襲われたときだと、クロくんが教えてくれた。

 クロくんたちのような、一部の優れた血を持つ狩人が消しているのだと。


 だから自分の腕を引いた人が、まさか、もう会えないだろうと思っていた友人だなんて思わなかった。

 思わなかったから、勢いよく振り払ってそちらを睨んだ。

「え」

「……!」

 夜を溶かしたような髪。

 記憶よりも遙かに青白くなった肌。

 そしてなによりも目を引く、湖のように透明で静かな瞳。

 茜だ。

 垂れた目が、驚いたように丸く見開かれたと思えば、すぐに傷ついたように伏せられる。

 こんな顔、見たくない。

 それよりもなによりも、今は仕事中なのだ。

 クロくんは今もどこかからわたしを見張っているだろう。

 彼が茜に気づいてしまえば、茜がどうなるかわからない。

「雪ちゃん、行こうぜ?」

 どうしよう、と頭の中で必死に考えていたわたしに、意外なところから助け舟が出された。

 これからわたしの血を飲む予定の、吸血鬼だ。

 いつものように、名前は覚えていないけれど。

「はい」

 助かったと思った。

 差し出された手を取ろうとした。

 でも取れなかった。

 彼が手を下ろしたからだ。

「なんで、狩人がそこにいるんだよ」

 まさかクロくんかと思って、恐る恐るうしろを振り向く。

 だけどそんなはずはなく。

「だって、ここにいるのは私の吸血鬼なんだもの」


 冷ややかな三日月を背負って立つ、薫だった。

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