三白眼の男の子

 * * *



「こんにちは」

 突然声をかけられたことに驚いて、勢いよくスマホから顔を上げる。

 灰色がかった黒髪に、白い肌。特徴的な三白眼は、髪と同じく、灰色がかった黒色だ。

 確か、隣のクラスの男の子だったと思う。

 何度か廊下ですれ違ったことがある。

「こんにちは」

 なにか用だろうか、と首を傾げれば、男の子はにこにこと笑いながら、彼がいるのとは反対側を指さす。


「あの人は、お前の知り合い?」


 最初、薫と茜のことかと思った。

 でもよくよく考えたら、彼が指さしているのは、校門の外にいる私側。

 つまり、まだ校内にいるはずの二人ではない、ということになる。

 そうすると途端に心当たりが消えてしまう。

 だからゆっくりとそちらを見て、そして固まった。

 ちょうど向かい側にある街路樹。

 その影に、見知らぬ男性が立っていた。


 誰かを待っているとか、そういうのではないことはすぐにわかった。

 自意識過剰でもなんでもなく、男性はじっとわたしのことを見ていたから。

「知らない、です」

 声が震えてしまったのは、知らない人に見られているから、だけではない。

 その男性の目が、赤いのだ。

 見覚えのある、赤。ついこの間見かけた、赤。


 あのとき、わたしは殺されかけた。

 赤い瞳を持つ、知らない人に。


 体が震える。

 逃げたいのに、足が動かない。

「大丈夫」

 ぽん、と温かい手に軽く肩を叩かれる。

「まだ日が高いから襲ってこない」

「え?」

 どういう意味かわからなくて聞き返そうと男の子のほうを見上げる。

 男の子はこちらに一度意味深な笑みを投げたあと、男性のほうに顔を向けた。

「なあ」

 男性が男の子のほうを向く。

 男の子は、穏やかな笑みを浮かべて言った。

「なにをしているんだ?」

 楽しそうに、だけどとても冷ややかにも聞こえる声。

 自分に発せられたわけではないのに、それが怖くて、少し震えてしまう。

 男性は、のっそりと気だるげに口を開いた。

「止めるのか」

 ハッと男の子が鼻で笑う。

「別に。ただ、僕がこうして声をかけたのに手を出したら、わかってるよな? っていう確認をしたかっただけ」

 二人は、静かににらみ合う。

 数秒の後、男性は静かにうしろを向くと、ふらふらと覚束ない足取りで、どこかへ行ってしまった。

 それを見送ってから、男の子がこちらを振り向く。

「誰か待ってるのか?」

 軽やかな声色から、冷たさが消えた。

 変化の速さについていけなくて、一瞬反応が遅れてしまう。

「えっと、うん、そう。友達が、今日日直で」

「そっか。なら、校門の内側で待ってたほうがいい。そのほうがマシ」

 ニコニコ、ニコニコ。

 笑ってはいるのだけど、どこか貼り付けたような、感情の読めない笑顔。

 怖くて、そっと目をそらす。

「マシ?」

 男の子はグイグイと背中を押して、校門の内側にわたしを移動させる。

「そ、マシ。あいつら、招かれないと入ってこれないから」

 あいつら、というのはきっと、先ほどの男性のような人のことだろう。

 だけど、招かれないと入ってこれないって、どういう意味なのか。

 ここは学校だ。

 関係者以外は許可なく入ることはできない。

 だから当たり前と言えば当たり前のことだけど、すごくひっかかる言い方だった。

「いつも一緒にいる奴らがいるから大丈夫だと思うけど、もう少し気をつけたほうがいい。お前、引き寄せやすいから」

「どういうこと?」

 男の子を見上げれば、すぅっと彼は目を細めて笑う。

 なにもかもを見透かすようなそれに、ぞわっと鳥肌が立つ。

「それは、お前がいつも誰といるのかを僕が知っていること? そいつらと一緒にいたら大丈夫だということ? 気をつけたほうがいい理由? それとも、お前がどうしてああいうのを引き寄せやすいのか?」

 すらすらと流れるような問いかけに、えっと、えっと、と戸惑ってしまう。

「ぜ、全部……?」

 首を傾げて言えば、男の子はクツクツと喉で笑った。

 どうやら答える気はなかったようで、にたりと彼は笑う。

 どこかどろっとした笑い方に一歩うしろへ下がれば、彼は大股で一歩近づいてきた。

 ずいっと顔を近づけられる。

「僕なら、お前をより良い形で守ってあげられる」

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