ワタシたちは、美しい吸血鬼に恋をした

奔埜しおり

高校一年生

あこがれの高校生になった今日、わたしは初めて寄り道をした。

 * * *



 よく読む物語の主人公は、たいてい高校生だった。


 部活で友情を育んだり、バイトで怒られたり、そして、学校で好きな人を友人と奪い合ったり……。


 いわゆる淡い青春のかたまり。

 それが、一五年間生きてきたわたしの中にある、想像上の高校生だった。


 だから、あこがれの高校生になった今日、わたしは初めて寄り道をした。

 寄り道と言っても、本屋や文房具店などを覗いていくような、そんなささやかなものだ。

 もちろん、親には連絡を入れてある。夕飯までには帰ってくるように、と返事ももらった。


 お店の窓から見えた夕焼け空が、暗い暗い闇に覆い隠されていく。

 帰らないとまずいかも。

 そう思って、お店の外に出て、帰り道。

 人通りがなくなってきたときだった。


 いきなり、知らない男性に路地裏に引きずり込まれた。


「放してください……!」

 必死で暴れても、相手の男性はヘラヘラ笑うだけで、腕を掴む力は緩む気配すらない。

 奥の方まで来て、コンクリートの壁に思いっきり体をぶつけられる。

 辛うじて頭を打ちはしなかったものの、背中が、体が、痛む。

 思わずむせながら顔を上げて、息をのんだ。


 牙が見えた。

 長い長い、鈍く月明かりに照らされた、牙。

 爛々と輝く据わった目は、先ほど闇に隠されていった夕焼けよりも更に生々しい赤い色。

 真っ青な顔に、人間とは思えないそれらは、ひどく浮いて見えた。

「──っ!」

 悲鳴は、口元を覆う男性の、氷のように冷たい手の中に消えていく。

 男性は、ガッパリと口を開けた。


 殺される。


 そう思っても、恐怖で体は動かない。

 鼻ごと覆った手のせいで、呼吸がしづらい。

 ドッドッドッと心臓が逃げろと叫ぶ。

 閉じたいのにぴくりとも動かない瞼のせいで、男性の顔が近づいてくるのがわかる。


 助けて、どうして、なんで、わたしばっかり……!


 ぼろっと、堪えきれなかった涙がこぼれ落ちたときだった。

 足下を、なにかがスルッと駆け抜けていった。


 風が、吹いた。


 男性のうしろ。

 月明かりにぼんやりと浮いた光の粒が二つ。

 目があったと思った次の瞬間、その粒は線になって、男性は横にすっ飛んでいった。

「こっち!」

 その場にうずくまりかけたわたしの腕を、しっかりとした温かな手が掴んで引っ張り上げてくれる。

 その手に引きずられるようにして、わたしは走った。

 確かなぬくもりに、さっきとは違う涙が頬を伝った。

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