第93話 神の使徒とはかくありき?⑥

「……乗り気しないねぇ」

「何でですか、大将? 俺も実際に確認しやしたが、護衛も少ないし狙い目ですぜ?」


 言葉通り全くやる気を見せない頭目に、幹部の男は眉を顰める。

 その様子を見て、頭目は揶揄うようにニヤニヤ笑った。


「なんだお前? そんなガキ攫うような仕事がやりたいのか?」

「……やりたい、やりたくないの話じゃありやせんぜ。

 伯爵家の跡継ぎが不用心に俺らの縄張りに踏み込んで来るって言うんだ。

 やりようによっちゃ、たんまり金を搾り取れる。逃す手はないでしょう?」


 苛立ちを押し殺し、男は頭目に根気強く具申した。

 頭目は男の言葉を否定せず、一つ頷いて、それよと応じる。


「確かにおいしい話だ。だが、そんなおいしい情報を俺らに流した連中の狙いは何だ?」


 男は頭目の問いに一瞬面食らうも、すぐに考え着く可能性を口にする。


「そりゃ伯爵に敵対する人間が、自分たちの手を汚さず伯爵にダメージを与えようと……いや、おかしいですね」


 言葉の途中で男は違和感に気づいたようだ。そのまま自分の考えを整理するように言葉を続ける。


「俺らだって貴族を本気で敵に回すつもりはない。間違ってもガキを傷つけるわけにはいかないし、せいぜい身代金を貰って終わりだ。その程度で伯爵家にダメージを与えれるかって言うと……無理でしょうね」


 たかだか身代金程度で伯爵家が揺らぐことはないだろう。

 常識外れの金額を要求すれば話は別だが、それをすれば完全に伯爵家を敵に回してしまう。


「となると、ゴタゴタの中でその跡継ぎを始末するのが狙い、か……?」

「それもねぇな。その程度じゃ、ダメージにはならねぇだろ」


 頭目にあっさりと考えを否定され、男は怒ることもせず首を傾げる。


「何でですか? そのガキはたった一人の跡継ぎなんですぜ?」

「そりゃ、今のところはな。だが血のつながった後継者がいなくなったとしても、伯爵家を途絶えさせるわけにはいかねぇ。どっかから養子をとって終わりだろ。嫌がらせにはなっても、ダメージにはならねぇよ」


 そこで頭目は自らの考えを否定するように、ぼそりと呟く。


「……いや、あるいはその後継者を押し込める立場の人間が、って可能性はあるのか」


 頭目は男の視線に気づくと、再びニヤリと笑って続けた。


「どっちにしろ、ただ俺らに身代金をせびらせるだけじゃ、情報を流した人間に旨味がねぇ。

 お前の言うように攫わせといて横から始末したいのか、それとも救出して伯爵に恩でも売りたいのか……」

「……救出ですかい?」

「ああ。よほどの馬鹿なら、俺らを舐めてそれができると考えてもおかしくないだろ?」

「……まあ、そうでしょうね」

「そうでなけりゃ、攫われたって事実そのものが必要なのかもな。

 何によせよ、そいつらの思惑次第じゃ俺らはそれとぶつかることになる。

 相手の狙いも分からないまま掛け金を積むのは趣味じゃないね」


 頭目の言い分に、理解はしつつも納得はできないといった態度で男は尋ねる。


「それじゃ、今回は手を出さないんで?

 俺らが手を引くとなりゃ、他の連中がうまい目を見ることになるかもしれやせんぜ?」

「そいつはちょいと癪だが……ま、仕方ないさ」


 頭目はその長い髪をかき上げながら呟く。


「……馬鹿の火遊びに首突っ込むほど、怖いものはないからねぇ」




「ふぅ、随分時間を取られたな」

「そうですね。少し急ぎましょうか」


 うんざりした様子で溜息を吐くルースに同意し、ソフィアは日の沈みかけた空を見上げた。

 ミレウスたちと別れて既に四時間は経過している。あまり彼らを待たせるのも悪いだろう。

 ぶつぶつと文句を口にしているルースに苦笑して、ソフィアは少し歩調を速めた。


「だいたい、トランの奴は話が長いんだ。何であいつの近況や稽古の話を聞かなきゃならないんだ……」


 ソフィアは小さな主人の不満に何も答えを返さなかった。

 それはルース自身も答えを知っているからであり、どんな答えを返しても火に油を注ぐ結果にしかならないと理解しているからでもあった。

 ソフィア個人としては、話こそ長かったが屋敷への宿泊を強く勧められなかっただけ良かったと考えていた。


 二人が足早に、やや人通りの少ない路地を歩いていると――わき道から人が争うような声が聞こえてきた。


『……ら、とっとと出すもん出せよ』

『そんな……』


 二人は思わず足を止め、顔を見合わせる。


「ソフィア……!」


 ルースがソフィアを期待に満ちた瞳で見つめる。それが意図するところは明らかだ。

 秩序神の神官として争いや弱者への弾圧を見過ごすことはできない。それに憧れるルースもまた同様だろう。

 しかしこの小さな主人の護衛としての立場から、ソフィアはどうすべきか逡巡した。


(まさかルース様を連れて行くわけにもいかんし、かと言ってこの場に一人残しておくのも……)


 神官と護衛の立場を天秤にかけて迷っていると、再びルースが口を開いた。


「ソフィア!」


 このままでは自分の判断を待たず、この小さな主人は飛び出して行ってしまうだろう。

 そう考えたソフィアは渋々決断した。


「……ルース様はここでお待ちを」


 反論を封じるようにソフィアはわき道に飛び込んだ。背後から不満の声が聞こえるが無視する。

 わき道を少し進むと、三人組のガラの悪い男が気弱そうな男に絡んでいた。


「貴様ら! そこで何をしている!」


 鋭く問いただしながら近寄る。

 彼らは最初ソフィアを見て女と油断し、そして彼女が武装していること、秩序神の聖印を見て順に表情を引きつらせた。


「そこの御仁。何があったのかな?」


 絡まれていた男に事情を尋ねると、彼が口を開くより先にガラの悪い男が彼の肩に腕を回して応じた。


「何もないっすよ。俺ら、ちょっと相談してただけで、なぁ?」

「あ、ああ……」

「貴様には聞いておらん」


 鋭く睨みつけ、吐き捨てるソフィア。

 そして絡まれていた男に、安心させるように微笑みながら言った。


「ご安心ください。私がいる限りそこの連中には手出しさせません。何があったのですか?」

「だから! 何もねえって、なあ!?」


 ソフィアの視線の圧力と、肩にかかる腕の感触に板挟みになる様に男が顔色を悪くする。

 ソフィアは目を細め、少し黙らせてやろうかと腰の剣に手を伸ばす――


『うわぁっ!』


 背後から聞こえた聞き覚えのある悲鳴にばっと振り返る。


「ルース様!?」


 その瞬間、男たちが四人とも脱兎のごとく逃げ出す。ソフィアは一瞬そちらに視線をやるが、すぐさまルースの声がした方へ駆けだした。


(くそっ! まんまと誘き出されたかっ!?)


 四人ともが逃げ出したということは、グルだった可能性が高い。

 その狙いは自分をルースから引き離すこと――いや、注意を分散できればそれで十分だったのではないか。


(街中だからと油断した……っ!)


 護衛の冒険者を断った自分の愚かさを罵りながら走る。

 頭のどこかで響く、敵も一人ではあるまい、足止めがいればもう手遅れだろう、という囁きを無視しながら。


「ルース様!」


 そしてソフィアが通りに戻った時、彼女の目に飛び込んできたのは――


「……あ、ソフィア」


 茫然とした表情でペタンと地面に膝をつくルース。


「くそっ……!」


 通りを逃げ去っていく四人の男の背中。


「バウ!」

「やあ……物騒な町ですね?」


 舌を出していつも通りの明るい表情でこちらを見上げるコボルト。

 そして呑気に笑うゴーストの姿だった。

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