第94話 神の使徒とはかくありき?⑦

「ふ~ん? つまりは裏稼業の連中に、ルース様の情報が流れてたってこと?」


 宿の一室で、仲間からの報告を聞きながら僕は目を細めた。

 この場にいるのは、ルースとリトさんを除いた全員。ルースは疲れて隣の部屋で眠っており、リトさんはその護衛だ。単純な戦闘力は別にして、街中での襲撃を警戒するならスカウト技能を持つリトさんが適任だろう。


「だね~。伯爵家の跡取りが護衛もまともにつけず旅行中だから、狙い目だってさ~」


 情報を仕入れてきたのはクーロンだった。彼女は傭兵として活動していた時期もあり、荒くれ者どもの相手には慣れているようだ。


「ちなみに、あの手の連中にマークされたのは、領主の屋敷に向かった後みたいだよ。

 ポン君曰く、何組かつけてる連中がいたってさ」

「バウ」

「挨拶に行くことまで知ってたってこと?

 ソフィアさん、貴族の場合だと立ち寄った町の領主に挨拶しに行くってのは普通のことなんですか?」


 僕らの話し合いを、少し離れた位置で聞いていたソフィアさんが、言葉を選ぶようにして答える。


「……場合によりますね。ただ通過するだけなら、よほど親しくない限り挨拶に伺うことはないでしょう。

 今回のケースは、修行地がこの領内にあるということ、そしてバール子爵とは知己であったからこそ、挨拶に伺いました」

「ふむ。つまり、その情報を流した相手は、その辺りの事情も把握していた可能性が高い、と」


 情報を流した相手の狙いが分からないな。金目当てで攫わせることになんのメリットがある?

 攫った連中も貴族の恨みを無駄に買おうとはしないだろうから、ルースに危害を加える可能性は低いはず。

 そいつらの仕業に見せかけて命を狙う……はないか。不確定要素が多すぎる。


 情報不足だ。僕はソフィアさんに平坦な声音で尋ねた。


「我々は身の回りのお世話、それから獣や野盗といった一般的な道中の危険に対処するために雇われた、という認識だったのですが、それで間違いありませんか?」

「……ええ。私もそのつもりで、あなた方を指名しました」

「なるほど。ですがこの襲撃は明らかにルース様を狙ったものです。

 何か心当たりはおありですか?」

「…………」


 僕の問いにソフィアさんは沈黙した。表情が読めない。

 ……ああ。そう言えば、オルドルの神官は基本的に嘘はつけないんだったか? 答えられないから沈黙している可能性もあるわけか。


「護衛としては、リスクに関しては情報開示をしていただかないと困るんですけどね。

 例えば昼間挨拶にいったバール子爵が手を回したという可能性はありますか?」

「ありません」


 おや、これは即答か。

 単に例え話として出しただけなんだが、こうも明確に否定されると逆に気になるな。


「それは何故? こちらを修行地に選ぶくらいだ、それなりに友好的な関係だとは想像できますが、相手が裏でどう思っているかなんてわからないでしょう?」

「バール子爵にルース様を害するメリットがありません」


 伯爵家ではなく『ルース様』を害するメリットがないときたか。


「それに、そのバール子爵当人は領地を離れておいでです。

 当人が不在の状況で、このような大胆な行動が起こされることはないでしょう」

「不在だった? その割に昼間の面談には時間がかかっていたようですが?」

「ええ。次男のトラン殿が代わりに応対してくださったのです」

「……何で次男が?」


 普通、当主の代理なら長男とか夫人だろう。

 ソフィアさんは僕の疑問に、少し言葉を選びながら答えた。


「長男のエネル殿は子爵と共に留守にしておられました。

 トラン殿は……ルース様とも歳が近く、面識もあったので饗応役を買って出たのでしょう」

「…………へぇ」


 歳が近い、面識のある次男ときたか。それはまた、色々と想像が膨らむなぁ。

 いや、ちょっと待て。だとしたら僕にその報告がないのは何で……


「……ポン、ホアンさん?」

「ワフ!?」

「な、何かな?」


 感情の籠っていない僕の呼び掛けに、何故か二人が動揺した様子で反応する。

 この二人はソフィアさんたちをつけていた。その辺りの事情を把握していないとは考えにくい。

 二人が悪意をもって僕に隠し事をすることはあり得ない。あり得るとすれば……


「ホアンさん、まさかと思いますが……」

「あ、あはは……ひょっとしてミレウス君、気づいてた?」

「……この件については、後で話をしましょう――もちろんポンも」

「バウ!?」


 焦る二人を尻目に、僕は深々と溜息をついた。

 全く、こいつらは……つまらない企みをするのは構わないが、状況を弁えろ。


(しかし、そうなるとあれだな。状況から考えるとルース本人には危険はないわけか)


 ゴタゴタの中で万が一という可能性はある。だからこそ恐らく子爵は領を離れているのだろうし。

 しかし分かっているのであれば、リスクを最小限に抑えて立ち回ることはできる。

 それは僕ら自身についても言えることだ。最初からそれを是とするのであれば、僕らも意味なく危険に身を晒す必要もない。


 ルースの親はこの状況を把握してはいないだろうが、この流れに身を任せることは、恐らく伯爵家のメリットにもなる。

 さて、どうしたものか。


「……賊の目的が金であれば、仮に誘拐されたとしてもルース様は無事に解放されるでしょう。

 その場合、何が起こると思いますか?」


 僕はソフィアさんを真っ直ぐに見つめて尋ねた。


「私に聞くと言うことは、当家とルース様について、ということですか?」

「ええ」


 ソフィアさんは口元に手をあて、少し考えてから慎重に口を開いた。


「……ご当主は、今後ルース様を家から出さないでしょうね。

 当然修業は中止――まさかとは思いますが、これが当家の自作自演だとでも?」

「まさか。それならこんな回りくどいことをせずに、最初から家に縛り付けておけばいい」


 ソフィアさんの穿った発想に苦笑する。大事な跡継ぎに、万が一が起こり得るような茶番を仕掛けるはずがない。


「言葉が少し足りませんでしたね。

 この状況で、賊以外に利益を得る可能性のある役者は誰かいませんか?

 あるいは誰が、どんな行動をすれば利益につながるでしょうか」


 僕の問いかけに、ソフィアさんはしばし考え込んだ。

 クーロンやエリスはこのやり取りの意味が分からず顔を見合わせ、ホアンさんはその可能性に思い至ったようだ。


「…………まさか?」


 そして、ソフィアさんがハッと気づいた様子で目を丸くする。

 僕はそれに軽く首肯し、


「そうですね。推察するに、彼はそれが元々望まれる立場なのでは?

 であれば攫われた後の手筈もそれなりに整えているでしょう。ルース様の危険は尚のこと小さくなる」

「そんな……いや、しかし……」


 ソフィアさんは考え込んでしまった。しかし僕の本題はそこではないのだ。


「僕が言いたいのは、この状況はそちらにとっても望むところなのでは、ということです。

 ソフィアさん自身も、ルース様にストレスをかけて修行を断念させるよう、ご当主から言い含められているのでは?」

「…………」


 ソフィアさんがキュッと柳眉を顰めて沈黙する。


「沈黙は肯定とみなしますが――」


 ――ガタン、と隣の部屋で物音がする。

 そちらに視線を向けると、ゆっくりとドアが開き、そこに寝着姿のルースが立っていた。

 話に集中して気づかなかったが、どうやら聞かれていたらしい。


「……ルース様」

「ソフィア。今の話は本当なのか?」


 ルースはソフィアさんを真っ直ぐに見つめ、静かな声音で問いただした。

 気丈に振舞おうとはしているが、その唇は微かに震えている。


「…………」

「何故何も言わない!」


 沈黙するソフィアに、ルースはやや俯き加減で言い募る。


「応援すると言ったのは嘘だったのか!?」

「……嘘ではありません」


 ソフィアさんは絞り出すような声音で応えた。


「あなたの決意を応援すると言った気持ちに嘘はありません。

 ですが、旦那様から修行を断念させるよう命を受け、その通りに動いていたことは事実です」

「…………っ!」


 ルースは俯いてソフィアさんから視線を外し、あふれ出る感情を堪える様にしばし立ち尽くす。

 そしてキッと顔を上げると僕の方を睨みつけ、


「私は……私は絶対に諦めないぞ!

 お前たちは私の護衛なんだろう!? 何があっても神殿まで私を守り抜け!」

「……そりゃ、それが仕事ですけどね」


 どうしたものかな、とソフィアさんに視線を向けるが、彼女は何も言わない。


「ハッキリ言ってしまえば戦力不足なんですよ」


 こちらを狙っている連中は僕らの戦力を把握していて、しかも主導権はあちらにある。

 普通に護衛をしていたのでは守り切ることは難しいだろう。


「下手に反撃したらこっちの身が危ない。

 修行を中止して引き返すか、それでも襲われたら危険もなさそうだしあなたを敵に引き渡すのも手かな、と」

「な……っ!」


 僕の正直な言葉にルースが絶句する。


「あ~あ、旦那言っちゃったね~」

「……マジで言いやがった、です」

「(フルフル)」


 リトさんを含めた女性陣が僕を非難するように囁き合う。

 あいつらには後で説教するとして、しかし事実は事実だ。準備万端の襲撃者とまともにやり合えば、僕らの犠牲は避けられないだろう。


「それでも貴様は男か!?」

「や、正直当初の依頼内容とは逸脱してますし、報酬も割に合いません。

 そもそも僕らの雇い主はルース様ではなく伯爵家ですから、結果伯爵家の利益になるなら……ねぇ」


 問題があるとすれば、ギルドの依頼が失敗扱いになることぐらいか。

 エムブレムは惜しいが、かと言って命には代えられない。今回は諦めるとしよう。


「なら、私がお前たちを雇う!」

「……はぁ?」


 突然の言葉に僕は首を傾げるが、ルースは大真面目だった。


「私が当主となった暁には必ずその働きに報い、いかなる望みにも応じる!

 だから頼む! 私を守り抜いてくれ!」


 深々と頭を下げるルースに、僕は胸中で嘆息した。

 そんな将来のあてにならない空手形で誰が動くと――ああでも、オルドル教徒にとって約束は『重い』のか。

 その証拠に、ルースの言葉にソフィアさんは顔を顰めている。


「なんでそこまでして――」


 ――神官なんぞになりたいのか?


 そう口にしようとして、途中で言葉を飲み込む。そんなものは明らか、彼女への憧れ以外にない。

 裏切られていたと知ってなお、それを曲げないのだから、中々筋金入りだ。


(さて、どうしたものかな……)


 ぼんやり考えて、そう言えば二人が静かなことに気づいてそちらに視線をやる。

 ポンとホアンさんは、静かに、ただ真っ直ぐに僕を見つめていた。


(…………はぁ。そういうのが一番困る)


 思わず頭をかき――馬鹿馬鹿しくなってニヤリと笑った。


「ま、いいでしょう」

「本当か!?」


 パッと表情を輝かせるルースに、僕は凶悪な笑みで応えた。


「ただし、後悔しても知りませんよ?」

「え……?」


 僕は返事を待たず振り返り、ポンに声をかけた。


「ポン。ちょっと散歩に行こう」

「バウ!」

「ホアンさん。少し遅くなるので、あとよろしく」

「了解。気をつけてね」


 軽く手を振って、僕とポンは部屋を出た。




「えと……ひょっとして私、ミレウスを怒らせるようなことを言ったか?」


 見方によってはミレウスは、ルースに好き勝手言われて怒って出て行ったようにも見える。

 不安そうなルースに、ホアンは苦笑しながらフォローを入れた。


「大丈夫ですよ」

「本当か!? 怒らせたら怖いんだろう!?」


 面白がって脅したのが効いていたらしい。


「大丈夫ですよ。彼はポン君の目があるところでは基本的には善人ですから。

 ポン君を連れて行ったなら、悪い――いや、とんでもなく悪いことにはならないでしょう」

「普通に悪いことにはなるのか……?」


 曖昧なホアンの保証に、ルースは表情を強張らせた。

 それにホアンは茶目っ気を込めて片目を瞑り、笑った。


「大丈夫ですよ。何というか彼は……何とかなっちゃう人なので」




「大将!」


 大声を上げて部屋に飛び込んできた部下に、頭目は顔を顰めた。


「何だ、五月蠅いね……」


 部下は頭目の不機嫌に構いもせず叫んだ。


「カチコミです!」

「……ほう?」


 頭目の眼に怜悧な光が宿る。


「……ちょうどいい、退屈してたんだ。で、うちに攻め込んできた馬鹿は何人だ?」

「それが……」


 部下はその問いに少し我に返った様子で口ごもる。


「小僧と……コボルトの二人組です」

「…………はぁ!?」

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