第84話 ガチビルドタンクは神様に嫌われる⑥

 僕らはポンの聞き耳を頼りに森の奥へと進んでいた。

 哨戒部隊を回避してジャイアントアントの中枢を叩こうなどと考えているわけではない。

 不意を打たれることを避けはするものの、戦闘そのものは回避していなかった。

 クイーンを直接叩くと決めてから、既に二度、哨戒部隊と戦闘を行っている。


 理由は二つ。

 一つはクイーンと戦っている最中に背後を突かれないよう敵の戦力を削いでおくため。

 もう一つは、そもそも金属鎧を着てガチャガチャ音を立てるアンナさんがいる以上、隠密行動など不可能だからだ。


(……これはアンナさんというより、一般的なパーティならどこでも抱える課題だな)


 人数を増やすことのメリットとデメリットを冷静に精査しつつ、しかし僕はこの時点でアンナさんの実力には満足していた。

 確かに隠密行動は難しくなったが、戦いやすさと言う点では彼女がいるといないのとでは雲泥の差だ。単純に僕への攻撃が少なくなったというだけでなく、ポンの守りを気にしなくて良くなったという点が大きい。アタッカーとして敵を倒すことだけに専念できる現状は、爽快感すら感じる。


 そして、これまでの戦闘での損害はアンナさんが軽傷を負ったのみ。

 既にホアンさんが治療しているから、精神力を若干消費しただけにとどまっている。


「……バウ」


 突然ポンが立ち止まり、耳をピンと立てた。

 僕らはポンの邪魔をしないよう、黙って周囲を警戒する。


「コノサキ、タクサンイル」

「大体どれぐらいか、数は分かる?」

「……五〇、六〇グライ」


 物音などからポンがこの先にいる群れの数を推測する。その高感度のセンサーにアンナさんが目を丸くした。


「当たりですかね?」

「多分ね。本隊がその規模となると、ジェネラルが最低一体、おそらく二体はいるんじゃないかな」


 僕はホアンさんに確認し、頷く。その程度なら想定の範囲内だ。


「ポン、周りに他の群れの気配はある?」

「ワフ……ダイジョブ」

「よし。予定通りこのまま突入しましょう。

 まずはアンナさんを先頭に、ソルジャー以下の兵隊アリを引きつけてもらいます」

「はい」

「その後は僕とポンがクイーンを叩く。

 短期決戦だから、弾は出し惜しみせずに使っていいよ」

「バウ」

「ホアンさんは、まずは僕らと一緒にクイーンへの攻撃に回ってください。

 ただ、兵隊アリが動き出すようならアンナさんの援護に回ってもらいます」

「わかったよ」

「そんな、私のことは――」

「アンナさん」


 遠慮しようとするアンナさんの言葉を遮り、まっすぐ見つめる。

 僕の言いたいことが伝わったのか、アンナさんはそれ以上何も言わなかった。


 パーティである以上、一人が崩れればそれはパーティ全体の危機に繋がる。

 そこで遠慮するようではやっていけない。


「時間がかかったりして倒しきれないようであれば、哨戒に出ている部隊を呼ばれる前に離脱します。

 僕はポンと、アンナさんはホアンさんと、それぞれペアで戦場を離れましょう。合流は森の入り口で。

 離脱の見極めは――ホアンさん、お願いできますか?」

「うん。僕が一番俯瞰して見れるだろうからね」


 一通り指示を出し、皆の顔を見渡す。

 誰も異論はないようで、真っ直ぐに僕を見つめ返してくる。


「よし、行こう」




 茂みを抜けて飛び出すと、視界に飛び込んできたのは切り立った岩場にたむろするジャイアントアントの群れ。

 その無機質な目が一斉に僕らの方に向けられると、実力差とは関係なく不気味さに腰が引けそうになる。

 素早く群れを見渡すが、いるのは兵隊アリばかりでクイーンの姿がない。


「あそこ! 多分あの岩場の穴の中だ!」


 頭上のホアンさんが一点を指し示す。

 僕とポンはアンナさんを追い抜いてそちらに向けて駆けだした。

 アリの群れが僕とポンにカサカサと無機質な音を立てて集まりだすが、僕らは速度を緩めない。


 僕らと群れとの距離が五メートルを切った瞬間、アンナさんの【咆哮】が戦場に響き渡った。


「――――ッ!!」


 【咆哮】とは一部種族のみが習得可能な特殊スキルだ。その効果は範囲内の無差別対象へのスタン付与、ヘイト上昇。

 それだけ聞くと強力なスキルだが、このスキルは一日三回までしか使用できず、使用者の『LV-2』以下の対象にしか効果を及ぼさない。

 敵味方の区別がつかない上、スタン状態はそれほど長く続かず再度衝撃を与えると解けてしまう。

 使いどころが限定されるスキルではあるが、しかし今の状況にはこの上なく嵌まっていた。


「表にいるアリは全部無視しろ!」


 刺激して硬直が解けてしまわないよう兵隊アリの隙間をすり抜け、僕らはホアンさんが指さした洞穴を目指す。

 動きを止めたアリたちの中で、奥に動きを止めていない一際大きな個体が見えた。

 恐らくあれがジェネラルアント。洞穴の入り口付近に一体――いや、二体か!?


「ポン! ホアンさん! 一体足止めお願い!」

「バウ!」

「了解!」


 返事と共に僕の背後から鉄球がジェネラルに向けて放たれる。

それはジェネラルの強靭な顎に弾かれるが、注意を引くことには成功したようだ。

 次いでホアンさんがその個体を誘導するように宙を舞い、洞穴の入り口から引き離す。


「【火精・炎弾】」


 その隙に僕はもう一体のジェネラルに牽制代わりに精霊魔法を放って接近する。

 炎弾は甲殻に薄く焦げ跡を作っただけに終わるが、ジェネラルの動きが一瞬止まった隙に切り込み、前足を一本切り飛ばした。


「――――!」


 足を一本失った程度でジェネラルの動きが止まることはない。

 足、顎、突進、複数の攻撃の選択肢から何をしてくるか身構え、カウンターを狙う。

 しかしジェネラルはそのどれをも選ばず、口から僕の顔面に向けて何かを吐いてきた。

 咄嗟に首を捩って直撃を避けるが、一部が鎧の肩あてに触れて白い煙を出している。


(――蟻酸か!?)


 咄嗟に後ろに飛びのいてそれ以上の追撃を避ける。


(くそっ! やっぱり同レベル帯のエネミーを瞬殺は難しいか)


 ちらりと周囲の状況に視線を走らせる。

 洞穴の中――ジェネラルより一回り大きな何かが蠢いている。恐らくクイーンだ。

 もう一体のジェネラル――ホアンさんがジェネラルの目くらましをして、後ろからポンが鉄球を連射している。

 兵隊アリ――アンナさんが僕らの背後にどっしり構え、一部動き始めた兵隊アリを牽制している。


(ポンたちは問題ないけど、援護までは期待できない。

 【咆哮】のスタン効果は一ターン毎に五割の確率で解けるから、撤退を考慮すると稼げる時間は五~六ターン程度か。

 その間にジェネラルとクイーンを僕が仕留める)


 うん。改めて考えると結構難易度高いな。

 クイーンはLVこそ高いが戦闘能力はジェネラルと同程度なので、倒すことは難しくない。

 だがそれも、実際に戦うことができればの話だ。ここまで攻め込まれてもクイーンは動く気配がない。

 自分の保全を最優先にしているのか、時間が経てば自分たちが有利と理解しているのか。


(なら、突破を優先させてもらおうか!)


 僕はジェネラルに左手の盾を投げつけ、そのまま魔剣を両手で構えてジェネラルに向けて振り下ろした。

 『強撃』――防御を犠牲にした一撃が、ジェネラルの胸部に浅からぬ傷を与える。

 しかし痛覚のないジェネラルは、傷を無視して僕の左肩に噛みついた。


(――っつぅ!)


 膝で蹴り上げ、ジェネラルを引き剥がすと空いた隙間に剣を叩きつける。

 間合いが不十分だったためほとんどダメージは与えられていない。


「【光精・軽傷治癒】」 


 素早く並列思考で肩の傷を癒すと、それとほぼ同時に二本目の前足を切り飛ばす。

 攻撃と回復を同時に行えるのが、このビルドの最大の強みだ。


「――――ッ!」


 二回目の【咆哮】が背後に響いた。撤退の余力を考慮するならあまり時間はない。


 最も重要な前足二本を失ったジェネラルが、今度は顎を突き出すように全身で突進してくる。

 それは最も強力な攻撃であると同時に、僕にとっても予想しやすいものだった。

 ジェネラルの動きに合わせて、僕も全身の力を込めて突進――突きを放つ。

 同時に放たれた攻撃は、リーチのあった僕の攻撃がカウンターとなってジェネラルの頭部を貫き、破壊した。


 僕は立ち止まることなく洞穴の中へ向かって走り出す。


「――――ッ!」


 三回目の【咆哮】!? 早すぎると不満を垂れ流しながら、僕は更に加速する。

 そして洞穴に踏み込んた僕の目に飛び込んできたのは、体長四メートルはあろうかという巨大なクイーンアントの姿だった。


(っておい! デカすぎるだろ!?)


 ジェネラルの倍以上の巨体に、これのどこがジェネラル並の戦闘力なんだとモンスターサプリメントで読み込んだ知識との違いに悲鳴を上げる。

 動きは鈍そうだから時間をかければ倒せそうだが、僕一人で果たして間に合うか!?


 弱気になった僕の背を押すように、背後から閃光と飛来物が僕を追い越していった。


「【神気・衝撃】」

「バウ!」


 ホアンさんの魔法とポンの鉄球だ。

 二人ももうジェネラルを倒してきたのか、と後ろをちらり見やる。すると二人が相手をしていたジェネラルをアンナさんが引きつけていた。


(そうか! さっきの【咆哮】は兵隊アリを足止めしてジェネラルの相手をする時間を稼ぐためのものか!)


 想定以上の働きに思わず表情が綻ぶ。

 そして最大級の援護をもらった僕は大きく飛び上がり、勢いのままクイーンアントの巨体に全力の一撃を叩きつけた。

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