第83話 ガチビルドタンクは神様に嫌われる⑤

「僕らの言いたいことは分かりますか?」

「……すいませんでした」


 心底恐縮した様子で僕らの目の前に正座するアンナさん。

 ホアンさんも苦笑いしているが正座をやめさせようとはしない。彼も問題を認識しているのだ。


 森に入って最初の遭遇戦。ジャイアントアントの群れとの戦いを終えて。

 ジャイアントアントは数こそ多かったが、上位種のソルジャーでもLV3相当の魔物だ。

 推定LV5のガチビルドファイター、アンナさんの活躍によりあっという間に殲滅された。

 うん、その結果自体には全く問題はない。問題なのは……


「これは貴女が、僕らとパーティを組んでやっていけるかどうかを確認するためのものです。

 貴女の個人的な戦闘能力を試したいわけじゃありません」

「…………はい」

「連携も何もなく、いきなり敵の中に突っ込んで暴れられたんじゃパーティを組む意味がないでしょう」

「……その、ちょっと張り切ってしまって」

「言い訳しない」

「……すいません」


 大きな身体を縮こまらせて平謝りするアンナさん。

 僕はわざとらしく溜息をついて少し脅しをかける。


「こんな風に動かれたんじゃ僕らも動きづらくて仕方がありません。

 失敗して痛い目を見るのも御免ですし、もう引き返しましょうか?」

「そんな――!?」


 アンナさんは目を見開き、地面に兜を擦り付けながら言い募る。


「お願いします! どうかもう一度チャンスを!」


 うん。少し反省して欲しかっただけなのだが、想像以上に脅しが効いてしまった。

 仮にもパーティなのに、ここまで気を遣われるとなぁ……


「お望みでしたらこの身体をご自由に、ご奉仕でも何でもいたしま――ぶっ!?」


 僕はアンナさんの頭をブーツで踏みにじりながら、冷たい声音で告げた。


「失礼。アリの幼生が兜についていたようでしたので」

「……ばい?」

「それと――二度とそういった不適切な発言はしないように」

「はひ……!」


 僕は念入りに一〇秒ほど見えないアリの幼生をぐりぐりと潰してから足をどかした。

 決して昨日のライルたちの『ぶひゃひゃひゃひゃっ! いきなり未亡人に手を出すとは流石ミレウス! 俺らじゃ到底真似できないぜ!』という馬鹿笑いを気にしているわけではない。


「【光精・軽傷治癒】」


 僕はアンナさんに回復魔法をかける。踏みにじったからでなく、先ほどの戦闘であちこち小さなケガをしていたからだ。


「ほら、さっさと立って」

「……あの」

「先に進みますよ」

「はい!」




 今回、僕らが受けた依頼はジャイアントアントの巣の駆除である。

 ジャイアントアントは通常個体でLV1~2相当、上位のソルジャーでLV3、ジェネラルでLV5、クイーンでLV6相当の魔物だ。

 一体一体はそれほど強くないのだが、とにかく数が多い。

 それに上位個体が混じると面倒な上に厄介と、特に敬遠される討伐依頼の一つだ。

 放置すると余計に数が増えて討伐が大変になるため、比較的依頼料はマシなのだがそれでも人気がない。


「ポン、アンナさんとスイッチ!

 アンナさんは後ろにアリを通さないよう意識して!」

「バウ!」

「はい!」


 スカウトとして先頭に立っていたポンと位置を入れ替わり、発見した体長一メートルほどのアリの群れをアンナさんが食い止める。

 数の多さからどうしてもアリに纏わりつかれてしまうが、金属鎧と分厚いオークの体毛がアリの噛みつきをほとんど通さない。


(……うん。落ち着いて動きさえすれば、上手いよな)


 単に身体を壁として使うだけでは多数の敵を食い止めることはできない。

 だがアンナさんは槍を効果的に振り回し、アリのヘイトを稼ぐことで後ろのポンを守っていた。

 その上で、視界を広く保ちポンや僕の邪魔にならないよう動いている。実に熟達したタンクとしての立ち回りだ。


「はぁっ!」


 僕も群れの側面から剣で切り込む。魔剣の切れ味もあって、ノーマルアントであればほぼ一太刀で仕留めることができる。

 アリの群れの注意が僕に向きそうになる――が、大きくアンナさんが槍で払い、再びヘイトを集めてくれた。

 その隙にポンの礫が群れの内側で身動きが取れずにいるアリを的確に射抜き、僕が群れの外から削っていく。

 群れを統率しているアントソルジャーが一匹、僕の方へと突進し、その強靭な顎を突き出してくる。


「っと!」


 左手の盾を叩きつける様にしてそれをいなし、他の個体の動きを確認する。

 群れのトップが標的を変えたことで、アリたちの注意が一斉に僕に向いたのが分かった。

 格下とは言え、流石にこれだけの数に敵意を向けられると肝が冷える。

 攻撃から防御に意識を傾けようとする、と。


「はぁぁぁっ!」


 アンナさんが今度は攻め手に回り、背を向けたアリを薙ぎ払う。アリの群れの敵意が再び分散した。


(攻守の切り替えが速い)


 立ち回りの上手さに舌を巻きながら、僕はアントソルジャーの首関節に剣を突き刺す。

 結局、一〇匹以上のアリの群れを狩りつくすまでにかかった時間は五分足らずだった。




「結構な頻度で群れに出くわしてる気がしますけど、全体ではどれぐらいの規模なんでしょうね?」


 戦闘を終えてアンナさんの治療を終えたホアンさんに、僕は尋ねる。

 ホアンさんは人差し指でこめかみを叩くような仕草をしながら答えた。


「う~ん。正直、今までの情報だけじゃ、はっきりしたことは分からないね。

 ただかなり組織立って行動しているようだし、今ぐらいの数の部隊が一〇から二〇はいるものと覚悟した方がいいかな」


 単純に考えて一〇〇~二〇〇匹ぐらいか。

 持久戦を警戒してホアンさんには治療以外で魔法を使わないようにしてもらっているが……全て狩るとなると厳しいかな?


「このまま巣を探してクイーンを叩くのと、少しずつ削っていくの、どっちがいいでしょうか?」


 討伐依頼の対象はクイーンアント一匹だけ。クイーンを狩れば、群れは自然と崩壊する。効率を考えれば一直線に巣を目指すべきだろう。

 だが、これだけ数が多いとなると、クイーンと戦っている最中に仲間を集められた場合が怖い。

 クイーンは個としての戦闘力は高くないとはいえLV6相当と僕らより格上の魔物だ。

 突撃して速攻で討伐できるものかどうか……悩ましい。


「……ソルジャーまでなら多少数がいても何とかなるだろうけど、ジェネラルがいたらどうだろうね」


 少しずつ削っていくならこの森を虱潰しにあたっていくことになるわけだが、どれだけ時間がかかってしまうか。ホアンさんも判断しかねる様子だ。


(面倒くさい。こりゃ討伐依頼が嫌われるわけだ)


 貴族が私兵を投入して多人数で討伐しようとすると、練度の低い兵士に犠牲がでるリスクが高い。

 一般的な冒険者が討伐しようとすると、僕らのように手間とリスクを天秤に掛けざるを得ない。

 かといって、少数精鋭で確実にクイーンを狩れるほどの冒険者を動かせるような報酬はでない、と、


「……このままクイーンを叩きに行きませんか?」


 それまで黙っていたアンナさんが口を開く。

 その表情と言葉は力強く、確固たる自信に満ちていた。


 僕ら三人は顔を見合わせ、軽く頷き合ってから僕が代表してアンナさんに尋ねる。


「その理由は?」

「ジャイアントアントの巣の駆除は過去にも経験したことがあります。

 その時は傭兵として、もっと大規模な討伐部隊に参加してのことでしたが」


 彼女はそこで言葉を区切り、僕とポンを見つめた。


「先ほどの戦いを見るに、恐らくジェネラル、クイーンであっても、お二人であれば十分に討伐可能かと。

 怖いのは物量で押し込まれることですが、そこは私が時間を稼いでみせます。

 ソルジャー以下の相手は私にお任せください」


 ふむ。確かにジェネラルが一体、最悪二体この群れにいたとしても、クイーンと合わせて三体までなら僕とポン、ホアンさんの援護があれば対処可能だろう。

 だがそれは、アンナさんの言うようにソルジャー以下の相手をしなくてすむならの話だ。流石に注意を分散した状態で同格の敵を倒す自信はない。


「……具体的に、どうやって?」

「日に何度も使える手ではありませんが――」


 アンナさんの説明に、なるほどと頷く。

 推定LV5のアンナさんがそれを使えば、LV3以下の敵の活動能力を一時的に削ぐことができるだろう。

 そしてクイーンさえ仕留めることができれば、群れは統率を失って自然分解する。

 問題は、僕らがクイーンをその時間内に仕留めることができるかどうか。


「……分かっているとは思いますが、失敗した場合に一番危険なのは貴女ですよ?」


 最悪、僕とポンだけならどうとでも逃げられる。ホアンさんは言わずもがな。

 危ないのは一番鈍足なアンナさんだ。


「ご心配なく。私は息子を残して死ぬつもりはありませんから」


 良い答えだ。

 自己犠牲を許容するような発言をしていたら却下するつもりでいたが。


『…………』


 僕らは顔を見合わせ――

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