第82話 ガチビルドタンクは神様に嫌われる④
オークは雌性体が少ない種族だ。
大まかに雄性体と雌性体の比率は9:1と言われている。
こうした性別の偏りはそれほど珍しい現象ではなく、例えばハーピーなどは逆に雌性体が圧倒的に多い。
そして、このような性別の偏りを持つ種族には、概ね共通する特徴が一つある。
それは雌性体が雄性体に比べ、優れた能力を持つことが多い、ということだ。
もちろん個体差はある。
だがそれぞれの平均値を比べた場合、その差は顕著に現れる。
そしてそれが特に著しいのは戦闘能力だった。
そのためオークの雌性体は、雄性体と区別して“オークレディ”と呼称されることが多い。
区別せざるを得ないほどの差が、そこにはあるということだ。
「はぁ、東部戦線に傭兵として参戦。
敵将二名を討ち取った、と……素晴らしい戦歴ですね」
「恐縮です。あの、これがその時、将軍様から頂いた感状になります」
パーティ参加希望のオーク、アンナさんが恥ずかしそうに感状を差し出す。
このやり取りだけだと就職面接で持っている資格をアピールしているみたいだが、その内容は物騒極まりない。
しかし貴族の印が入った感状など一兵士にそうそう与えられるものではなく、実力の証明としては申し分ないだろう。
実際に会ってしまえば、話も聞かず門前払いするわけにもいかない。
僕らはギルドの応接室を借りてアンナさんと面談していた。
この場にいるのは、僕ら三人とアンナさんだけだ。
面白がってついて来ようとしたライルたちはたたき出した。
真剣に働き口を探している方を面白がるなど言語道断。
今頃、馬鹿二人はファルファラとルシアさんに説教されているだろう。
「特技とか得意分野、何かアピールしたいことはありますか?」
「槍と……前線で敵を食い止めることには自信があります」
装備は槍とヒーターシールド、チェインメイルか。
正直、鎧は古くあまり良いものではなさそうだが、この2メートル超の体格があれば、そうそう倒されることはあるまい。役割としてはタンクかな。
「後は、野外活動やお料理も得意です」
野外活動というとレンジャー技能持ちか。
料理は……普通の人間でも食べられる料理だよな?
「ちなみにどんな料理を?」
「その、あらためて言うとなるとお恥ずかしいのですが、得意なのは煮物でしょうか。
息子が羊のすじ肉を柔らかく煮たものが好きで、よく作るんです」
「ほう、息子さん。おいくつですか?」
子供と聞いて親近感を感じたのか、身を乗り出してホアンさんが尋ねる。
「七歳です。まだやんちゃ盛りで」
「なるほど。それは手がかかって大変な時期ですね。
失礼ですが、ご家族は?」
アンナさんは少し目を伏せて答えた。
「息子だけです。主人は四年前に戦場で……」
「……失礼しました」
「いえ」
アンナさんは気丈に微笑みを浮かべ――ているんだと思う――続けた。
「主人は私が傭兵として軍に雇われていた時の上官で、ミレウスさんと同じヒューマンでした。
私は息子が生まれてから家庭に入っていたのですが、主人が亡くなってからは働きにでています。
ですが息子のこともありますので、以前のように長期間家を空ける傭兵稼業は難しくて。
私でも使っていただける日雇いの仕事をこなして、なんとか糊口を凌いでいる有様です」
「それは……ご苦労をなさったんですね」
女手一つ、種族的な差別を受けながら子供を育てる苦労を察したのだろう。
ホアンさんの表情に同情の色が宿る。
(……まぁ、僕も同情しないわけではないんだけど)
同情でパーティを組むわけにはいかない。
能力的なものは別として、彼女には冒険者として致命的な問題があるのだから。
「オークの集落に戻ろうとは思わなかったんですか?」
「それも考えはしました……ですが私は人間の子供を産んだ身です。故郷では決して歓迎されないでしょう。
それにハーフの息子にとっては、まだこのレイヴァンの方が過ごしやすいので」
オークは地域によっては魔物と見做されることも珍しくない。
レイヴァンでは少なくとも表立った迫害はなく、ハーフの子供にとってマシな環境ではあるのだろう。
「これまで冒険者としてはどういった活動を?」
自分で尋ねておきながら、意地の悪い質問だったかな、と思う。
僕はアンナさんからの返答をある程度予想していた。
「えっと……ソロか、同じような境遇の方々と組んで討伐依頼を何度か。
それ以外のお仕事は、私たちでは受けられないので」
そうだろうな、と頷く。
普通の依頼主であれば、オーク相手に敢えて仕事を任せようとは思わない。
それは僕らにも経験のあることだった。
ポンはコボルトという種族故に侮られ、僕抜きでは仕事は受けられない。
ホアンさんは人に不気味がられて、しばしば姿を消している。
だがこの二人はまだマシな方だろう。
オークはほとんどの一般人にとっては恐怖の対象。地域によってはただの魔物だ。
その結果として直接依頼人と接触しない討伐依頼をとなるわけだが、討伐依頼は基本的に儲からない。
そもそも大前提として、住民の安全確保はその地を治める貴族の仕事だ。
冒険者に回ってくる討伐依頼とは、貴族が私兵をつかって処理することが割に合わないと判断した案件。
つまり難度が高い上に、お上からの依頼なので格安。ほとんどの冒険者は敬遠する。
それでもその魔物の素材がお金になるのでは、と思う人もいるかもしれない。
だが、一部の例外を除いて魔物が武器防具などの素材として使われることはない。
理由は簡単。魔物の皮や骨は、特別素材として優れているわけではないからだ。
その上、安定した供給も難しいとなれば、普通の家畜を材料として使った方が効率的というもの。
食肉として使われることも、同じ理由でまずない。
例外は好事家などへ特殊な販売ルートを持つ専門業者ぐらいだろう。
要するにコンシュマーゲームのように魔物を倒してお金稼ぎ、なんていうのは難しいということだ。
話が逸れたので元に戻そう。
詰まるところアンナさんは、戦士としては優秀かもしれないが、まともな依頼を受けることができない。それは冒険者として致命的な問題だろう。それに話を聞いていれば問題はもう一つ。
「依頼を受ければ、数日、あるいはそれ以上の期間帰れないこともあります。
その間、息子さんはどうするつもりですか?」
「数日でしたら知り合いに頼めると思います」
予想していた質問だったのか、アンナさんは即答する。
「……知り合い、ですか?」
「ええ。その、実は同じ境遇の冒険者の方々と一緒に暮らしてまして……」
「同じ境遇? ひょっとしてその人たちって……」
「……はい。お察しの通り、こちらのパーティへ加入を希望している方たちです」
その中で一人だけ直談判に来たと。
正直、それはどうなんだ?
僕らの微妙な表情を察したのか、アンナさんが慌てた様子で弁明する。
「その、今日来ることは他の人たちにも伝えてあります!
他の人たちはちょっと共通語が苦手だったり、初対面だと緊張して上手く話せなかったりするので……」
「……はぁ」
書類審査で落とされないように代表してアピールしにきたってことか?
必死なのは分かるんだけど……
僕があまり乗り気でないことを察してか、アンナさんはガバッと頭を下げる。
「お願いします! 必ずお役に立って見せますから!」
テーブルに額を擦り付けながら叫ぶ。
僕は微妙な表情で隣に視線をやる。
「……ミレウス君」
うわ。ホアンさんは同情的だ。お子さんのくだりでやられたな。
直接口には出さないが、どうにかしてあげたいと表情が語っている。
ポンは……
「バウ?」
よく分かっていないようだ。
だがアンナさんに対し特に怯える様子はないし、悪い印象は持っていないのかな。
(どうしたもんかな……)
天井を仰いで溜息を吐く。
同情でパーティを組むべきではない。そんな関係は誰にとっても不幸な結果を生む。
落としどころが思いつかないわけではないが、そもそも妥協する必要があるのかどうか。
僕はちらり頭を下げたままのアンナさんに視線を落とし、再び溜息を吐いた。
「……とりあえず、明日一日お試しで依頼を受けて見ましょうか」
「――! ありがとうございます!」
再び頭を下げるアンナさんを尻目に、僕は一つ根本的な疑問を拭えずにいた。
(……この場合、僕の男好きだの獣好きだのという噂はどうなるのだろうか?)
そして翌日。
レイヴァン近郊の森の中で。
「ブルァァァァッ!」
裂ぱくの気合と共に大槍を振るい、ジャイアントアントの群れを薙ぎ払うオークレディの姿があった。
「……凄いですね」
「ワフ……」
「えっと……僕らも援護した方がいいのかな?」
少し離れた場所で、すり抜けてきたアントを潰しながら、その様子をどこか他人事にように観察する僕ら。
「いや、あそこに割って入ったら僕らも吹き飛ばされたりしません?」
「……まぁ、張り切ってるみたいだしいいか」
「バウ」
……駄目だろ、これは。
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