第81話 ガチビルドタンクは神様に嫌われる③
「ぶひゃひゃひゃひゃっ!」
「は、腹が、腹がよじれる……!」
僕らの追加メンバー候補の資料を見て、ライルとテッドが笑い転げる。
「う~ん、初心者のミレウス君にこの淑女たちは荷が重いような……」
ホアンさん。真面目に考え込むな。
「よ、良さそうな人たちだよね?」
ファルファラ。そのガッツポーズは僕を慰めようとしているつもりか?
「ほう……このオーク、相当な戦歴の持ち主ですな」
ギド。あんたは少し黙ってろ。
「バウ? ダレコレ?」
ポン。気にしなくていいんだよ。君はそのままでいてくれ。
僕は気持ちを落ち着けようと、その場で大きく深呼吸する。
そして精一杯の笑顔を作ってルシアさんに問いかけた。
「で、弁明はありますか?」
「笑顔が怖いです!」
元々笑顔は敵を威嚇するためのものだ。怖くて当たり前だろう。
いいからとっとと答えろ、という圧力を視線に込めると、ルシアさんは渋々口を割った。
「えっと……そのリストは、元々ミレウスさんたちのパーティを紹介して欲しいと希望されていた方々なんです」
「……は? 僕らのパーティを名指しで?」
「はい。やっぱり、そういう人たちを優先する必要があるじゃないですか」
「モテる男はつらいなぁ、ミレウス――ぶほぉっ!?」
絡んできたライルを殴り飛ばし、僕は眉を顰めた。
意味が分からない。
数ある冒険者パーティの中で、何でピンポイントに僕らを指名するんだ?
しかもこういう特殊な種族の女性ばかりが。
僕の疑問を察して、ルシアさんはポンをちらりと見て説明する。
「レイヴァンは比較的ヒューマン以外の種族にも開放的な町で、実力主義の冒険者は特にその傾向が顕著です。
レイヴァンギルドに所属する冒険者の多様性は、恐らく大陸でも群を抜いているでしょう。
ですが、そうした環境にあっても、やはり差別意識というものは存在しています」
まぁ、それはそうだろう。
現に僕らも、ポンを仲間に加えた時は色々あった。
具体的にはこのライルたちと。
「その点、ミレウスさんのパーティは種族に対する偏見が無いどころか、非常に好待遇。
彼女たちのように、偏見に晒されやすい種族の方からすれば夢のような職場なんです」
「…………はい?」
何だそれは?
別に僕は種族に対する偏見が無いわけじゃないぞ。
ポンもホアンさんも、偏見が無かったから仲間にしたわけじゃない。
「色々言いたいことはありますが、そもそも好待遇ってなんですか?
傍から見てるだけで、そんなこと分かりっこないでしょうに」
「……それ、本気で言ってます?」
ルシアさんは、苦笑しながら問い返してきた。
本気も何もないだろう。
別に財布事情を大声で宣伝しているわけじゃないんだ。
羽振りの良し悪しぐらいは分かるかもしれないが、待遇なんてどうやって分かると言うんだ。
「ミレウス。ポンちゃんを見たらそんなの一目瞭然だよ」
ファルファラが珍しく呆れた様子で口を挟んできた。
僕は彼女が言っていることが分からず首を傾げる。
「例えば、ポンちゃんの皮鎧も、ブーツもマジックアイテムだよね?」
「ああ。でも、マジックアイテムなら俺も持ってるし。
冒険者なら装備は必要投資だろ」
「……じゃあ、この大量のアミュレットやタリスマンは?」
「魔法抵抗力を高めたりダメージを肩代わりしてくれるアイテムは必須だろ。
使い捨てだから数を揃えるのは当たり前だし。
スカウトで一番危険な役割を担うポンの守りは最優先で固めないと」
「……ミレウスは持ってないみたいだけど?」
「僕は自分で回復できる」
「……はぁ。そういう問題じゃないでしょ?
それに、これだけ揃えるには相当かかると思うけど、どういう分配してるの?」
「四分の一をパーティ財産として貯蓄に回して、残りを三人で等分」
ちなみに前回の冒険でウォルト子爵からは結構な額の報酬を頂いている。
というのも、ゲイツ氏が子爵から預かった資金を運用して相当な額の利益を稼ぎ出したのだが、その利益がそのままゲイツ氏と僕らへの報酬となったのだ。
ファルファラの言ったアミュレットの類は、そのポンの割り当て分から購入した。
勿論、おやつ代とかはちゃんと別に確保してある。
何故かファルファラは頭痛を堪えるような仕草をして続けた。
「……等分って、ホアンさんは一体何にお金使うの?」
「え? 神殿や孤児院に寄付してるけど?」
「……だからシスターたちが紹介してくれってうるさかったのか」
「ん? 何て?」
「何でもありません!」
何故かファルファラは怒ったように言って、とにかく、と続けた。
「そうやって普通に報酬が分配されるパーティ自体が、そういう種族の人たちには中々ないの。
例えばコボルトを雇ってる商人とかはよく見るけど、普通は最低限の食事だけ与えて給金なんて出さないのよ。
それがポンちゃんは装備も整ってて毛並みも艶々。無茶な役割を与えられている様子もない。
そんな様子を見せられたら、こういう人たちが『なら自分も』って思うのは当然のことなの」
「…………」
分かったような、分からんような。
僕が眉を顰めているのを見て、納得していないと感じたのかファルファラがなおも続けようとする。
「いや、分かった。分かったよ。
こういう種族の人たちが厳しい環境に置かれてるってことは」
僕は両手を上げてファルファラの言葉を制し、続ける。
「ただ、僕を博愛主義者かのように思われてもね。
そもそもパーティである以上、メンバーの報酬を平等に扱うなんてのは当然のことだ。
そうじゃないなら、それはパーティメンバーでもなんでもない、ただの奴隷か下僕だよ」
僕はちらりとポン、ホアンさんに視線をやる。
「何より僕だって種族に対する偏見がないわけじゃない。
コボルトが一般的に脆弱な種族だって言うのは理解してる。
最初からパーティを組もうなんて考えていたわけじゃない。
ゴーストに関しては言わずもがなだ」
「だねぇ。最初の頃は、僕をパーティメンバーに数えられるのを嫌がってたもんね」
ホアンさんが懐かしそうに苦笑する。
仕方ないだろう。だってあの頃は、本当に昇天し損ねたゴーストに憑かれたとしか思わなかったんだから。
「僕はこの二人だからパーティを組んでるんだ。
それを種族にこだわりがないとか、そんな風に考えられてもね」
どうも僕らのパーティなら自分たちでもいい待遇を得られるはずだという発想が気に食わない。
結局、ポンやホアンさんを下に見ているようなものじゃないか。
「その……ミレウスさん。
その方たちも、決してお二人を軽く見ているわけではないと思うんです。
ただ、種族というハンデがあっても、きちんと評価してもらえる可能性があるというだけで、こういった方たちにとっては希望なんですよ」
取りなすようなルシアさんの言葉に、僕の頭が少しだけ冷える。
確かに、希望者がそうした悪意を持っていると決めつけるのは行き過ぎか。
「……その辺りの事情は理解しました。
理解はしました、が」
僕らがこのリストから追加メンバーを選ばなければならない理由もない。
「僕らとしてもメンバーの選択肢は狭めたくありません。
この人たちはこの人たちで検討しますが、候補者の方は広く紹介していただけませんか」
「やっぱりそうなりますよね……」
ルシアさんは苦笑いしながらも了承した。
彼女としても、僕の反応は予想の範疇なのだろう。
こちらも検討はすると言っているのだから、それ以上無理強いするつもりもないようだ。
僕は話が一区切りして、深々と息を吐く。
と、ポンが全く話に参加してこなかったことに気づいて、ふとそちらに視線をやる。
ポンは僕らとは真逆のあらぬ方向をジッと見つめていた。
「ポン、どうかした?」
「……ワフ」
何かあるのか?
視線の先には、ただ奥に繋がる通路があるだけのようだが。
「……実はですね、ミレウスさん。
どうしてもお会いしたいという方が一人おられまして」
ルシアさんが言いにくそうに何か口にしている。
しかし僕の注意はポンの視線の先に向いていた。
こういう時にポンが意味のない行動をすることはない。
――と、通路の奥。曲がり角から毛深い何かが顔を出した。
「今日、来てらっしゃるんです」
オーク――区別はつきにくいが多分女性――だ。
(多分)彼女は通路の奥で、こちらを伺うようにチラチラと視線を彷徨わせ――パチン、と僕にウインクした。
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