第80話 ガチビルドタンクは神様に嫌われる②
「そもそもお前ら、ファルファラ狙いじゃなかったのか?」
以前バイトしていたドルトさんの食堂。
ライルたちと夕食を取りながら、僕はちらりとファルファラに視線をやった。
「まぁ……そうなんだけどさ」
ライルとテッドは今更ファルファラへの想いを隠すつもりもないのか、顔を見合わせ曖昧に首肯する。
ちなみにポンを除く男5人と、ファルファラ、ポンの2人は別の席だ。
店に入るなり、ファルファラはポンを抱えて僕らから離れていった。
汚物を見るような蔑んだ眼を僕らに向けて。
今は他の女性冒険者たちとポンを囲んで楽しそうに話をしている。
「ならああいう、他の女にがっつくような態度は不味いんじゃないのか?」
僕の当然の指摘にライルとテッドは顔を見合わせ――真面目な顔でライルが口を開いた。
「言ってることは分かるけど……例えば俺がファルと付き合ったとして――」
「何でお前となんだよ?」
「いや、そりゃお前……」
「どっちでもいいから」
ライルとテッドが言い争いになりそうだったので、嘆息しながら突っ込む。
ライルは軽く咳払いして話を続けた。
「俺らのどっちかがファルと付き合ったとするだろ。
そうすると残りの一人はそれをパーティ内でずっと見せつけられるわけだ」
「……まぁ、そりゃそうだな」
「だからその前に、もう一人女メンバーを追加しとこうと思ってさ」
「…………」
その、当然の帰結のように言われても困るんだが。
ファルファラとどっちかが付き合えるのは確定なのか?
もう一人の女性メンバーは、残った奴と付き合ってくれるのか?
それでファルファラに嫌われたら元も子もないんじゃないのか?
いくつものツッコミが僕の脳をよぎり、そして口に出すのも馬鹿馬鹿しく通り過ぎて行く。
戦神の神官にしてドワーフのギドに助けを求める様に視線をやると、彼はさもありなんと頷いて口を開いた。
「人生とは戦いです。そして恋愛も。
人は戦い、敗北を通じて成長する生き物ですからな」
もっともらしく言っているが、要は関わる気がないってことだな。
僕は嘆息してフォークを海鮮のパスタに突き刺してくるくる回した。
「呆れた顔してるけど、君は君で問題なんだからね、ミレウス君」
ホアンさんが年長者らしい雰囲気を出して僕に苦言を呈する。
この人も、何でこんなに女性メンバーを推してくるのか。
別にいいじゃないか男で。
その方が面倒も少ないし、楽だし。
「ほら、そうやって女は面倒くさいみたいな顔して。
若い頃にそういう態度をしてると、歳をとってからも女の人との付き合い方が分からなくて苦労するよ。
女慣れしてないのが許されるのは若いうちだけなんだから」
ホアンさんの言葉に、ライルとテッドが感心したように拍手し、ギドがもっともらしく頷く。
くそ、こんな時だけまともなことを言いやがって。
確かに“俺”は前世でも、学生時代女性と付き合ったことがなかったから、社会人になってから大分苦労した。
会って数回は何とか乗り切れるが、途中から遊んだり話をするネタが尽きて、精神的に疲弊して駄目になるのだ。
つまりそれがホアンさんの言うように女慣れしていない――女性への耐性、距離感が欠けているということなのだろう。
価値観に関わるものだから年齢を重ねてからでは修正しづらいし、ホアンさんの言い分はよく分かる。分かるのだが。
(……もう中身はそんなに若くないんだけどな)
今更女慣れしろと言われても。
僕があまり乗り気でないのを察して、ライルが口を開く。
「意外だよな。ミレウスに苦手なものがあるなんて」
「どういう意味だよ?
苦手なもの、っていうか得手不得手ぐらい誰にだってあるだろ」
「だってお前、対人関係はエグイくらいはっきりしてるからさ。
嫌いなら嫌いで無視するか排除するかして終わりじゃん。
それが女が苦手って……お前も普通の人間だったんだな」
ライルの中で僕は一体、どういうイメージなのだろう。
「……いくらなんでも女性相手に無視だの排除だのはないだろ」
「いや、お前がそんなの気にするのが意外っていうかさ」
「……お前の中での僕は、一体どんな外道なんだよ?」
僕が反論すると、何故かライルは半眼で僕を見つめ返す。
「俺は忘れてないぞ。
ダンジョンでお前に剣突き付けられて殺されかけた時のこと」
古い話を持ち出す。
「……結局助けてやったんだからいいだろ」
「そうやって、当人を目の前にあっさり割り切ってるのがおかしいんだよ」
そんなことはあるまいと周りを見渡す――と、男たちは一斉に頷いた。
「俺、あの時お前らに喧嘩売ったこと心底後悔したわ」
「人生は戦いなれど、時には容赦も必要かと」
「君の人への接し方には情緒が欠けてるよね」
むぅ。多勢に無勢、この場での反論は分が悪いか。
僕が黙り込むと、ライルは少し表情を意地悪く歪めて追い打ちをかけてくる。
「というかミレウス、お前女に興味ねぇの?」
「……ないわけじゃない」
「本当に? 男とか獣が好きとかじゃなくて?」
「んなわけあるか!」
思わず叫んでしまった。
本当に、こいつ何を考えてるんだ。
百歩譲って男はまだしも獣って、僕がポンにそういう汚らわしい目を向けているとでも?
思わず腰の魔剣に手が伸びかけた僕を、ホアンさんが遮る。
「まぁまぁ、落ち着いて。
別にライル君も悪意があって言ってるわけじゃないんだから」
「悪意じゃなけりゃ何だって言うんですか?」
僕の反駁にホアンさんは何故かライルたちと顔を見合わせ、
『だって、ギルドで普通に噂になってるし』
「…………は?」
意味が分からず、聞き返す。
ライルが気まずそうな視線を僕に向けて続ける。
「だから、ギルドでお前がそういう趣味なんじゃないかって、噂になってるんだよ」
「何で!?」
「何でって……」
ライルから視線を向けられたホアンさんが説明を継ぐ。
「あのね。ある程度成功した男って言うのは、普通女性に興味を持つものなんだよ。
冒険者の場合、いつ死ぬか分からない危険な仕事だから猶更ね。
身近な女性を口説いたり、娼館に通ったり、それが一般的なのさ。
ああ、勿論僕みたいな聖職者とかは別だよ」
ホアンさんはそこでわざとらしく溜息をつく。
「だけど君、目に見えて順調に成功しているのに、女っ気が全くないだろう?
しかもポン君を傍から見れば異常なくらい可愛がって……
そりゃ、面白がってそんな噂を立てる人間も出てくるよね」
テッドとギドに視線を向けると、彼らは気の毒そうに僕を見て、頷く。
「俺らも時々知り合いに、ホントのとこどうなのかって聞かれるけど、お前に全然女の気配がないから否定する材料がないしさ」
「元々、特殊なパーティ構成で目立っておりましたから、猶更でしょうな」
そんなことになっていたとは……全然気づかなかった。
茫然とする僕に、ホアンさんは腰に手をあてて締めくくる様に言った。
「僕が女性メンバーにこだわる理由、分かってもらえた?」
「…………はい」
翌日。冒険者ギルドの受付。
さっそく追加メンバーの候補者が何人かいるということで、僕らはルシアさんにリストを見せてもらっていた。
まず僕が代表して資料に目を通す。
ぺらりと羊皮紙をめくる僕の手元を、ライルたちが覗き込んでくる。
良さそうな娘がいたら自分たちが勧誘しようとでも思っているのだろう。
「……………………」
一通り資料に目を通して、僕はルシアさんに視線を向ける。
いつも通りの営業スマイル。けれどその額に冷や汗が滲んでいるように見えるのは、目の錯覚だろうか。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………い、いかがでしょう?」
僕の無言の圧力に屈して、ルシアさんが口を開く。
僕は平坦な声音で問い返した。
「どう、思いますか?」
「……み、みなさん、とても優秀な女性冒険者ばかりですよ?」
「そうですか。確かに、とても優秀なんでしょうね」
「ええ! そうなんです!」
僕は努めて冷静に、冷静にと自分に言い聞かせながら言葉を続けた。
「……ところで、人選に多少偏りがあるような気がするのですが?」
「そ、そうですか……?」
「偏りは、ないと?」
「……多少は、あるかもしれません」
僕は差別的発言をすまいと、口に出すのを堪える。
そしてその代わりに胸中で絶叫した。
(オーク、ハーフデーモン、リザードマン、ケンタウロス…………何でPC非推奨種族ばっかりなんだよ!?)
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