第85話 ガチビルドタンクは神様に嫌われる⑦
「フ、フハハハハハハ……くらえ、です」
どこかぎこちない高笑いの後、大きな山羊の角を生やした少女がぼそりと呟き、その手から火球が放たれた。
僕は視界の端にそれを捉え、慌てて着弾点から距離を取る。
夜の墓場近くで放たれた【火球】の魔法は、活動していた数体のグールを巻き込んでその活動を停止させた。
「……ムフ」
自慢げに鼻を膨らませるハーフデーモンの少女に、僕は堪えきれず怒声をぶつける。
「エリス! 乱戦中に範囲魔法撃ち込むんじゃねぇ!」
「ひぅっ!?」
怒鳴られてビクッと涙目になるエリスに、僕は更に言い募った。
「そもそも墓を傷つけたらまずいから、範囲魔法は使うなって言っただろ!」
「あうあう……」
硬直するエリスを見かねて、ホアンさんが【浄祓】の魔法でグールを祓いながら間に割って入る。
「戦闘中だよ! お説教は後!
エリスちゃん、君はマンティコアに攻撃を集中させて!」
「はひ……っ」
ホアンさんの指示で、エリスは墓場の奥で踊り狂う人面獣身の魔物――マンティコアに雷撃を放つ。
「ひょひょひょ!」
高い魔法抵抗力を持つマンティコアに対し、エリスの魔法は抵抗され十分なダメージを与えられない。本来であれば僕が直接剣で攻撃すべきなのだが……
「ええい、鬱陶しい!」
「ワフ!」
押し寄せるグールを切り払い、毒づく。ポンも生命活動を停止したグールには投擲が有効なダメージを与えられず、ウンザリしているようだ。
今日は新メンバーお試し討伐依頼の二回目。
墓地に発生するアンデッドとその原因を調査、排除せよ、だ。
お試しメンバーはハーフデーモンにしてソーサラーの少女エリス。
ここで、ハーフデーモンという種族とソーサラーというジョブについて軽く触れておこう。
まずハーフデーモンだが、これは悪魔と交配して生まれた者ではなく、突然変異で悪魔の如き外見をもって生まれた者を指す言葉だ。
先天的な悪魔憑きの一種とでも言うのだろうか、彼らは多くの場合、強い迫害に晒されることとなる。それは単に外見的な理由だけではなく、彼らがソーサラーとして高い適性を持っていることも影響しているだろう。
ソーサラーはマジックユーザーの一種だが、学問として魔法を習得するウィザードと異なり、ソーサラーのそれは独覚、超能力に近い。
彼らは呪文も焦点具も必要とせず、ただ意思一つで自在に魔法を行使することができる。その分、ウィザードと比較すると魔法の多様性、応用力には欠けるが、得意分野ではウィザードでも再現できない強力な魔法を使いこなす。
エリスはその中でも破壊の魔法に特化したソーサラー、純血の魔法アタッカーと言う位置付けだ。
ただし集団行動に慣れていないのか、この戦いではその高い攻撃力を活かしきれていない。
「倒した端からグールが増えてくる! これじゃジリ貧ですよ!?」
思わず弱音が漏れるが、それを咎める者はいない。
今回の依頼、アンデッド発生の原因そのものはさほど時間もかからず見つかった。
今も墓地の奥で踊り狂うマンティコアが、暗黒魔法でグールを生み出していたのだ。
僕らもすぐにマンティコアを倒そうとしたが、無数のグールが壁となって全く近づけずにいる。
僕とホアンさんで後衛二人を守るので精一杯といった有様だ。
「ホアンさん! 一気に浄化するような魔法はないんですか!?」
「この数は無理! できたとしても、すぐまたグールを生み出されてイタチごっこだよ!」
「ならどうします、一旦撤退しますか!?」
「ダメ! この大量発生したグールを放置できない!」
「ああ、もう!」
不満をぶつけるが、ホアンさんの言うことももっともだ。
明らかにこのグールは僕らに対抗して生み出されていた。これを放置して逃げ出せば冒険者としての信用に関わる。
「バフゥ!?」
「ポン!? ええい!」
側面からグールの一体がポンに手を伸ばす。
辛うじて回避するポン。僕は慌ててそのグールの胴体を切り飛ばす。
このまま持久戦が続けばジリ貧だ。
何とかしてグールを生み出しているマンティコアを倒さないと。
とは言えどうやって……?
「……あの」
「何!?」
「ひぅっ!?」
ぼそり口を開いたエリスに、思わず強い口調で問い返してしまう。人付き合いに慣れていない彼女は怯えて口を閉じてしまった。
「ああもう、ミレウス君も苛立つのは分かるけどエリスちゃんにあたらないの!
――ごめんね、何かあった?」
ホアンさんのとりなしでエリスが再び口を開く。
「あの……あのマンティコアを、倒せばいい?」
「……そうだよ?」
今更何を言っているんだ、この女は?
「……私が倒しても?」
首を傾げるエリスに、僕たちは思わず顔を見合わせる。
「できるのかい!?」
「……へへ」
ホアンさんの問いに、にへら、と笑うエリス。
『――お願い!(バウ!)』
「……がってん。一分頂戴」
瞑目し、精神集中に入るエリス。
僕らはそれを妨げないよう、細心の注意を払ってグールの攻撃を彼女から遠ざけた。
時間さえ区切られれば所詮グールはLV2~3相当のモンスター。防ぐだけならさほど難しくない。
そして一分経過後。
「――来た」
エリスが目を開けた瞬間、彼女の右腕に視覚化された膨大な魔力が集っていた。
――『魔力暴走』――チャージタイム、精神力消費と引き換えに魔法の達成値と威力を向上させるソーサラーの専用スキル。
「へ、へへへ……死ね」
閃光が奔り、踊り狂うマンティコアは恐らく何が起こったかも分らぬまま、その上半身を蒸発させた。
「えへへ……モフモフ」
「ワフ」
魔力を使い果たし倒れ込んだエリスを、ポンが膝枕をして休ませている。
初心者の分際でポンに鼻を擦り付けるのは生意気だが、今日のMVPには違いない。大目に見てやろうか。
(……臭いが染み付いてる気がする)
その間に僕とホアンさんは手分けをして、マンティコアが死んで活動を停止したグールを浄化し、墓に埋め直していた。
遺体を全て元通りとはいかないが、遺族の気持ちを考えればせめて外観だけでも整えておく必要がある。
そうして片づけをすること自体に全く不満はないのだが、とにかく臭い。身体や服に飛び散った死肉の臭いが染み付いている気がする。小一時間かけて片付け終えてから、精霊魔法の【洗浄】で服に染み付いた汚れと臭いを落としたのだが、どうにも臭いが残っている気がしてならない。強烈な臭いだったから、脳に焼き付いてしまったのだろうか……
クンクンと臭いを気にする僕に苦笑して、ホアンさんが労いの言葉をかけてくる。
「お疲れさま。後で公衆浴場に行くといいよ」
「……ですね。ポン、エリスもお疲れさま」
「バウ!」
「えへへ……我が偉大なる暗黒の魔力を思い知ったか、です」
ポンの膝に蕩けた顔で涎を垂らしながらエリスがのたまう。
僕は素直に彼女の実力を称賛した。
「ああ、思い知ったよ。まさかマンティコアクラスの魔物を一撃で仕留められるとは思わなかった」
「ぐふふ……ということで、お説教は勘弁、です」
お説教って……ああ、僕のいる乱戦エリアに範囲魔法を撃とうとしたあれか。
覚えていたのか。意外と律儀なんだなと、ホアンさんと顔を見合わせて苦笑する。
前回のアンナさんと行ったジャイアントアント討伐に次いで二つ目のお試し依頼。
クセは強いが確かな実力を見せてくれたエリスに、僕は十分な手応えを感じていた。
攻撃特化の推定LV5ソーサラー。
バフ、デバフの類はほとんど使えないが、この攻撃力があるなら僕が援護に回ればいい。
使い方次第では格上の敵にも十分に届き得る、まさに切り札だ。
強いて難点を上げるなら、この厠二くさい性格と、魔法以外何も出来ないということだろうか。
セージ技能も持っていないし、知識面での補完は期待できない。
(まぁ、そこは適材適所ってことかな)
お説教に怯えてポンの膝に顔を埋めているエリスを視界の端に捉えつつ、僕はルシアさんに紹介された残る二名のメンバー候補に想いを馳せていた。
(多分、そいつらもクセが強いんだろうな……)
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