第79話 ガチビルドタンクは神様に嫌われる①

「メンバーを増やそうと思うんです」

「……突然どうしたの?」

「ワフ?」


 僕の提案はやや唐突過ぎたのか、ホアンさんとポンはキョトンと目を丸くした。


 サルトス王国から帰国して四日目。

 初日は片付け、二日目は大家の娘のニアちゃんとポンを遊ばせ、三日目は各所への挨拶周りと買い物。

 ようやく人心地つき、のんびりと三人でお茶を飲んでいたタイミングでの発言だ。


 うん。そう考えるともうちょっと前置きがあってもよかったな。

 僕はゴホンと咳払いして仕切り直すと、先の発言について補足した。


「ほら、僕らも大分経験を積んで、それなりの実力はついてきたじゃないですか」

「だねぇ。特にポン君なんか凄い成長だよ。

 コボルト全体でも、もう屈指の実力者なんじゃないかな」

「バウ! ポン、スゴイ?」

「うん、凄いよ」

「ワフ!」


 ホアンさんと僕に褒められて、ポンが嬉しそうに舌を出して尻尾を振る。

 うんうん。撫で回したくなるけど話が脱線するから後回しだ。


「でも三人パーティじゃ、どうしても受けられる仕事は制限されてしまいますよね」

「ふむ。確かにそうだねぇ。

 護衛とかだと戦力としての厚みが足りないし、知識を必要とされる分野も少し弱いかな」


 ホアンさんは知識面を実質一人で担っているだけに、そちらの方に不安があるようだ。

 そして感知・探索面をポン一人に頼りきりというのもよくはない。

 ゲームのファンブルではないが、失敗は誰にでもあり得る。

 いくらか役割、言い換えればリスクを分散させる必要があるだろう。


 対策として、今後僕がセージかスカウトを伸ばしていくことが考えられるが、二つともというのは難しい。

 またそれをしてしまえば、前衛系の技能の成長はおざなりにならざるを得ないだろう。

 結論として、可能なら二人、最低一人、パーティに厚みが欲しいのだ。


「まぁ、言わんとすることは分かるし、僕も考えたことがないわけじゃないんだ。

 いい人がいればだけどね」


 ホアンさんの言葉は問題の本質を正確についていた。

 冒険者にとってパーティメンバーとは家族同然、あるいはそれ以上に重要な存在だ。

 特に僕らは冒険者としてはやや特殊で、偏見にも晒されやすい。

 また、なまじ成功しているだけに甘い蜜を吸おうとする者も近づいてくるだろう。

 メンバー追加は慎重に進める必要がある。


「当然、それは大前提です。

 僕も無理にメンバーを増やすつもりはありません。

 でも今後のことを考えれば、検討は進めておいた方がいいのかな、と」

「うん。そこまで考えてるならいいんじゃないかな」


 少し考えてから、ホアンさんは賛同してくれた。

 ポンは……


「ワフ?」


 うん。まぁ、今の段階で良いも悪いも分からないだろうし、実際に会った時の反応で考えよう。

 ホアンさんはそのやり取りに少し苦笑して、


「まぁ、ミレウス君もいい加減女の子との付き合い方を学ばないとね」

「…………は?」


 何か今、とんでもなく心外なことを言われた気がする。


「君、いい歳して全く女っ気がないだろう?

 この間、ファルファラちゃんと臨時パーティ組んだ時だって、ちっとも動きがなくてさぁ」

「いやいやいや。僕はパーティにそういう不純なものを求めているわけでは――」

「女の子の前に出ると緊張して態度が事務的になる癖、いい加減に直さないとね。

 パーティメンバーっていうのが、君の場合は一番手っ取り早いだろうし」

「何でそういう話になるんですか!?」


 真面目にパーティメンバーの話をしていたのに、何で僕の個人的な女の話になるのか。

 しかも何だその童〇くさい癖は。

 一々そんなの観察してるんじゃねぇよ!?


「……え? まさか君、男をパーティに加える気?」


 何故か正気を疑うような目で、ホアンさんが僕を見つめる。

 絶対に僕の方が正しいはずなのに、まるで僕が間違ったことを言っているかのようだ。


「男ならメンバー追加は反対だからね」

「何でだよ!?」


 僕のツッコミを無視して、ホアンさんはポンに話を振る。


「ポン君も、ミレウス君のお嫁さんが来たら嬉しいよね~?」

「ワフ? オヨメサン?」


 くっ! ホアンめ、えげつない攻撃をする。

 ポンは言葉の意味なんて分かっていないだろうけど、僕の何かというだけで期待に満ちた目をしている。

 絶対に僕は屈しないからな……!


 ――と、ごたごたはあったものの、パーティ増員の方向性は概ね了承を得られたわけだ。




「それでしたら、いくらでも紹介できると思いますよ?」


 顔馴染みとなったギルド嬢のルシアさんにパーティメンバー募集について相談すると、あっさりと前向きな返事を頂けた。

 つい数か月前の、全くパーティを組んでもらえなかった状態から考えると凄い進歩なのだが……


「大丈夫ですか?

 結構厳しい注文を付けてると思うんですけど」


 能力面、人格面について妥協することなく要望を伝えたつもりなのだが、本当に大丈夫だろうか。

 そんな『いくらでも』なんて太鼓判を押されると、かえって不安になる。


「大事なパーティメンバーですから、注文を付けるのは当たり前のことですよ。

 こちらとしても、合わない方を紹介して仕事が上手く行かない方が問題ですから」


 そこでルシアさんは何かに気づいた様子で僕らの背後にちらりと視線をやると、何故か冷ややかな声音で続けた。


「……それにミレウスさんの要望は、ごく常識的なものですから」

『――――?』


 突然の変化に僕はポン、ホアンさんと何事かと顔を見合わせる。

 そしてその答えはすぐにやってきた。


「おっ? ミレウスじゃん、久しぶり!」

「戻ってきてたのかよ」


 ぞろぞろと年若い四人組が近づいてくる。

 僕と同期の冒険者、ライルたちのパーティだ。


「ああ、久しぶり。

 三日前に戻ってきたばかりだよ」


 かつてパーティを組んだらどうかとギルドから紹介され、決裂した面々でもある。

 そのせいで死にかけたり、敵対していたこともあったが……まぁ、今は普通の関係だ。

 彼らも当時のことは反省しているし、罰も受けている。ギスギスしていてもいいことはない。

 特にライルやテッドとは歳が近いこともあって、偶に飯を食べに行くこともある。


「ポンちゃん」

「ワフ!」


 ウィザードの少女、ファルファラの呼びかけに応じてポンが彼女の胸に飛び込む。

 彼女はポンがお気に入りらしく、ポンも一度一緒に仕事を受けてから彼女に懐いていた。


「で、今日はどうしたんだよ? 早速仕事か?」


 ファルファラとポンを横目に、ライルが僕に話しかけてきた。

 彼ら相手にこの話題を出すのはどうだろうと、少し躊躇いながらも応じる。


「……いや。ちょっとパーティメンバーの相談をね」

「何だよ、お前らもメンバーを増やすのか?」


 お前ら、も?

 何故かテッドが慌てた様子で割り込んでくる。


「おいおい、俺らの方が先に募集かけてたんだぞ。

 ルシアさん、いい子見つかった!?」

「……ご希望の条件を満たす方は見つかっておりません」


 素っ気ない――どちらかと言うとゴミを見るような目をしてルシアさんがテッドに答える。

 僕らの時とえらく反応が違うが……


「君たち、どういうメンバーを募集してるんだい?」


 ルシアさんの反応を疑問に思ったのか、ホアンさんがライルたちに尋ねる。

 彼らの回答は簡潔だった。


『可愛い女の子』


 ルシアさんの視線が一層冷ややかになるが、彼らは至極真面目だった。

 僕は頭に手を当てて頭痛を堪えながら突っ込む。


「……いや、アタッカーとかタンクとか色々あるだろ?」

「は? そんなもんどうでもいいだろ」

「ああ。まず可愛い娘、それが大前提だろ」


 濁りのない澄み切った眼差しで言い切る馬鹿二人組。

 これはどう突っ込んだものかと頭を抱えていると、ホアンさんが真面目な顔で応じる。


「男として君たちの希望はよく理解できる。

 だが、僕らも女性メンバーを譲るわけにはいかないな」

「何を言ってるんだ、あんたは!?」


 ルシアさんの冷たい視線の巻き添えを食らって、僕は慌てて自分は違うのだとアピールする。

 しかし馬鹿どもは止まらず、僕を容赦なく巻き込んでいく。


「んだよ、やっぱりミレウスも女狙いか」

「だから俺らの方が先約なんだって!」

「はっはっはっ。先か後かなんて関係ない。選ぶのは女性さ」


 ホアンさんは若干悪ノリしている感はあるが、女性メンバーをという希望を曲げるつもりはないのだろう。

 ルシアさんに女性限定でと勝手に条件を追加してしまった。


「……ふ~ん。ミレウスもそうなんだ」


 ポンを胸に抱えたまま、ファルファラが蔑んだ眼差しで僕を見る。

 違う、違うのだと頭を振って否定するが、信じてくれそうにない。


(……くそ、ここに僕の味方はいないのか)


 と、今まで黙っていた戦神の神官、ギドが穏やかな表情で僕の肩をポンと叩く。

 おお、分かってくれる奴がいたかと希望に満ちた表情で顔を上げる、と。


「恋愛とは戦いです。応援しておりますぞ」


 僕はがくりと項垂れ、それ以上何も反論しなかった。

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