第63話 旅と人情、男と男⑥

「とまぁ、そういうことさ」


 サルトスに入国して最初の夜。

 夕食を終え、焚火を囲みながらゲイツ氏は今回の商売を取り巻く事情を説明してくれた。


 一瞬、かくかくしかじか的なものを幻視したのは気のせいだ。


「ワフゥ……」

「スゥ……」


 食後だったからというのもあるだろう。

 ポンとミンウは話の途中で僕の膝に頭をのせて眠ってしまっていた。


「昼間の襲撃はウォルト家に対する中央政府の嫌がらせ、ということですか?」

「そういうことだな。ここまでくると嫌がらせのレベルを超えてるがね。

 正直、多少どこかで足止めを食らうぐらいのことは覚悟してたが、ここまであからさまな妨害は予想していなかった」


 まぁ、そうだろうな。

 もしここまでの妨害を予想していたなら、もう少しマシな護衛を付けるはずだ。


「ウォルト家の状況はどうなんです?

 ゲイツさんから見て、ここから逆転の目はあるんですか?」


 ウォルト家が中央政府の圧力に屈すれば、森に住まう亜人たちは住処を失う。

 当然、そこに住んでいるはずのハーピー――ミンウの家族も同様だ。

 送り届けたはいいが、すぐに彼女が家族ごと行き場を失いましたじゃ話にならない。


「……正確なところはわからんね。

 以前に会った時の話じゃあ、近隣の貴族から取引を断られることが多くなっていたと仰っていた。

 あれから大分時間が経っている。この様子だと、かなり苦しい状況だろうな」

「ウォルト家の主産業は農業でしたよね?

 多少流通を絶たれても、すぐに困ることはないのでは?」


 ホアンさんの疑問にゲイツ氏が首を横に振る。


「人は食べるものだけあれば生きていけるわけじゃない。

 今まで外部との交流を前提に暮らしを構築していた以上、そう簡単にはいかんさ。

 それに、ウォルト領は塩の供給を外部に頼るしかない。

 塩は人が生きる上で必要不可欠だからな」


 言って、ゲイツ氏は自分が運ぶ積み荷を親指で示した。


「結構な量ですけど……領全体で考えればまるで足りませんよね?」

「そうだな。普段は俺以外にも近隣の貴族が穀物と引き換えに供給していたはずだが……」


 この様子だとそれも期待薄だろう。

 ふむ。なんというか……控え目に言って結構絶望的だな。

 そこまで聞いて、僕は中央政府の目的とやらが少し気にかかった。


「にしても、中央政府のやり口が少し強引すぎやしませんか?

 そこまでする必要があります?」

「ルスト王国と戦火を交えている中、武器を揃えるために鉄は喉から手が出るほど欲しいだろう。

 それ以上の理由が必要かな?」

「戦時下だからこそ、ですよ。

 いくら外部に敵がいるとは言え、そこまで強引な手口を使えば国内に不和の種を蒔いているようなものです。

 追い詰めすぎてウォルト家や、不満を抱いた貴族が暴発したら元も子もないでしょう。

 これじゃまるで、中央政府がそれを望んでいるようにさえ見えるんですけど」


 僕の疑問に、ゲイツ氏はあっさりと頷いた。


「鋭いね。実際、中央政府――この国の宰相はそれを望んでいるのさ」

「戦時下に、内乱を?」


 ホアンさんは信じられないと言った様子で呻く。


「もともとザクセン、ルストの二国と同時に戦っていた国だ。それぐらいの余力はあるさ。

 むしろ、国内をまとめるために、ザクセンと休戦協定を結んだんじゃないかと、俺は考えているよ」

「そこまでする理由は?」


 ゲイツ氏は、どこか悲し気にも見える表情で僕の問いに答えた。


「この国の宰相、ユリウス・ゼーンは貴族という存在を憎んでいるのさ」


 憎んでいる? 宰相は貴族ではないのか?


「彼は貴族とは名ばかりの下級貴族の出身でね。元は軍人だったそうだよ。

 他国との戦で輝かしい功績を上げ、そしてそれを足掛かりに中央政府に食い込み、宰相にまで上り詰めた。

 彼はね、何の実績も上げていないくせに、ただ生まれだけで特権を享受している貴族という存在を嫌悪しているのさ。

 そしてそれを隠そうとせず、敵対する貴族を悉く叩き潰して今の地位を得た。

 平民や地位の低い軍人からは圧倒的な支持を受け、英雄として祭り上げられている」

「それはまた……」


 軍記ものなら主人公間違いなしの経歴じゃないか。

 仮にウォルト家が反旗を翻しても、民や兵がついてこないのでは戦いになるまい。

 逆にウォルト家が政府に従って、結果領民の暮らしが悪化したとしても、それをウォルト家の失政として責任を押し付けるぐらいのことはやりそうだな。


 まさかとは思うが、ひょっとして僕ら、その宰相に敵対する流れか?


(……だとすれば、LV4ファイターに随分壮大なシナリオを用意してくれたもんだ)


 存在するかどうかもわからないGMに胸中でぼやき、僕はポンとミンウをそれぞれ両腕に抱えて立ち上がった。

 そろそろ二人をテントに運ぶとしよう。


「もういいのかい?」

「ええ。状況は概ね分かりましたから」


 ゲイツ氏の問いに、胸中で『これ以上聞いても頭痛くなるだけだっての』とぼやき、僕はその場を後にした。




「ゲイツさん。貴方この状況を予想していましたね?」


 ミレウスがポンたちを運んで離れたのを見計って、ホアンが口を開いた。

 その口調は、ゲイツを糾弾するかのようだった。


「……どうして、そう思うんだい?」

「ここまでの一連の出来事に対して、貴方は全く動揺を見せなかった。

 商人にとって情報は生命線でしょう。

 取引先の状況がここまで悪化しているのを予想していなかった?

 それがもし本当だとすれば、動揺しないはずがない」


 ホアンの指摘は正鵠を射ていた。

 ゲイツはウォルト家の窮状について周囲から情報を得ており、こうして直接的な妨害に遭うことさえ予想の範疇だった。


 そのリスクをミレウスたちに意図的に隠していたのだとすれば、それは立派な背信行為だろう。


「仮にそうだとして……どうするつもりだい?

 今からこの依頼を破棄するか、それとも依頼料の割り増しを要求されるのかな?」

「別に何も」


 ホアンの言葉に、ゲイツは肩透かしを食らって目を丸くした。


「ある意味において、貴方と我々の利害は一致している。

 実際、ウォルト家を支援したいという貴方の言葉に嘘はないでしょうしね」


 人情で商売をしているとの指摘に、ゲイツは無言で肩を竦めた。


「だが、一つだけ分からないことがある。

 何故、我々に護衛を依頼したんですか?」

「それは、彼女を乗せる代わりに安価で――」

「ええ。懐具合だけを考えればそうでしょう。

 しかし、ここまでのリスクを予期していたのであれば、我々は決して戦力的に充実しているとは言い難い。

 貴方ほど切れる方が、多少の護衛費用を惜しんだとは考えにくいですね」


 その真剣な表情に、ゲイツはホアンの懸念を理解した。


(あの坊やがおかしなことに巻き込まれてやしないか、それを心配しているわけか)


 ここで誤魔化すことは簡単だが、そうすれば自分はこのゴーストの信頼を完全に失うだろう。

 そう判断したゲイツは、嘘偽りなく事情を白状した。


「君たち――というか、ミレウス君を選んだ理由は、ロシュの推薦があったからだよ」

「ロシュさん?」


 つい先日も関わった、『星を追う者』と呼ばれる英雄の一人。

 飛び出してきたビッグネームに、ホアンは目を瞬かせた。


「あいつらのパーティとは若いころから付き合いがあってね。

 実は今回もあいつらに助力を頼んだんだが……忙しいからと断られた。

 で、代わりにとロシュが推薦してきたのが、彼ってわけさ」

「ちょっと待ってください……」


 つまり、自分たち――というかミレウス――はあの英雄たちの代役に選ばれたということか?

 わざわざこんな嘘をつく必要はないから恐らく事実なのだろうが、だとすればあまりに荷が重い。


 ホアンの心境を察して、さもありなんとゲイツは頷いた。


「言いたいことはわかる。

 実際俺もロシュの言葉とは言え彼に会うまでは半信半疑だったし、実力不足なら断ろうと思っていた」

「じゃあ、何故?」

「似ていると思ったんだよ――シュテルと」


 ホアンは初めて聞く名前に首を傾げた。


「シュテルってのは、ロシュたちのリーダーだった男さ」 

「だった?」

「ああ。今はパーティを離れてるらしい。

 若い頃はあいつらも今みたいに化け物染みた力こそなかったが、シュテルの奴は何というか……何とかなっちまう奴でね。俺も何度か助けられた」

「ああ……」


 なるほど、それは似ているとホアンは思った。

 ゲイツはミレウスが向かったポンたちを寝かしつけているテントを見やり、面白そうに笑う。


「ま、それでロシュの口車に乗ってみようと思ったのさ。

 実際今は、悪くない選択だったと確信しているよ」

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