第64話 旅と人情、男と男⑦

「何か、やたら魔物とのエンカウント率が高くないですか?」

「ワフゥ」


 オーク三体との戦闘を切り抜け、僕とポンは疲れを隠すこともせず溜息を吐いた。


 サルトスに入国してから今日で丁度一週間。

 ほぼ毎日のように、こうして何らかの魔物との遭遇戦が発生していた。

 ちなみに今日は午前中にグレイウルフの群れに襲われていたので、この戦いで二度目だ。


「確かに。この遭遇率は異常だな」


 ゲイツ氏も直接戦ってはいないが、襲撃と警戒の繰り返しで精神的な疲労がたまっているようだ。

 元気なのは二人だけ。


「Ω§ωΛν!」

「こらこらミンウ! そんな急に下りたら危ないよ!?」


 上空から興奮した様子のミンウと、それを追いかけてホアンさんが降下してくる。


「おっと! どうした、ミンウ?」

「Σδ!」


 胸に飛び込んできたミンウを受け止める。

 つい二日前に翼の治療が完了し、ホアンさんが付き添いながら少しずつリハビリしていたが、もうすっかり飛行に不安はないようだ。


「バウ? ミンウ、ドウシタ?」


 何時になく感情を露に興奮する彼女に、ポンが不思議そうに首を傾げる。

 その問いに答えたのはホアンさんだった。


「どうもあの山に見覚えがあるらしくてね。

 自分が住んでた場所だって言ってるみたいだよ?」

「へぇ……」


 我ながら間の抜けた声が漏れる。

 それはミンウの故郷が見つかったということ。

 やったな、と喜んでやるべきなのに、胸を突いたのはどうしようもない寂寥感だった。


 同じような顔をしているホアンさんと目が合い、苦笑する。


「良かったね、ミンウ。

 もうすぐ、お父さんとお母さんに会えるよ」

「ΣΠ!」

「バウ! ヨカッタ!」


 ポンもミンウと手を繋ぎ、一緒になってはしゃぐ。


「良かったな」

「ありがとうございます」


 その様子を微笑ましそうに見ていたゲイツ氏からの祝福に、僕とホアンさんは深々と頭を下げる。

 そんな僕らを見て、ポンとミンウも真似をして頭を下げた。


「おいおい、やめてくれよ」


 ゲイツ氏は照れ臭そうに頬をかいた。

 そして表情を少し真面目なものに改めると、


「このままミンウちゃんを送っていってやりたいところだが、こっちにも荷物がある。

 先にウォルト子爵の屋敷に向かわせてもらうよ?」

「もちろんです」


 僕らも護衛依頼を受けた身だ。

 用済みだから後は一人で向かってくれなどと言うつもりはない。


「僕らも先にウォルト家の状況は確認しておきたいですから」


 ウォルト家がどうにもならない状況であれば、家族がいようとこんなところにミンウを置いてはいけない。

 最悪、家族ごとミンウをどこかに連れていくことも考えねばなるまい。


「まぁ、そう言ってもウォルト子爵の屋敷もそれほど離れているわけじゃない」


 言って、ゲイツ氏は北に見える山々から少し離れ、東にうっすらと見える集落を指さした。


「ここまでくればもう少しだ」




「…………て!」


 ウォルト子爵の屋敷がある集落の全容がはっきりと見えてきたころ、進行方向の左手から何かを追い立てるような声が聞こえてきた。

 そちらに視線をやると、二つの人影とそれを追い立てる一〇名程の集団。


「何だあれ……って、ミンウ!?」


 僕が何事かと様子を伺っていると、横からミンウがそちらに向かって飛び出して行ってしまった。


「待ちなさい! 一人で飛び出すんじゃない!」

「バウ!」


 ホアンさんとポンが慌ててその後を追いかける。

 僕もゲイツ氏に視線をやると、


「ああ、もうここまでくれば危険はないから、大丈夫だ」

「すいません!」


 ゲイツ氏に了解を取ってから駆け出した。




「ΛνΣΦ!」

「何だぁ!? てめぇ、こいつらの仲間か!」


 ミンウは倒れ込んだ二つの人影を庇うように、それを追い立てていた集団の前に立ちふさがっていた。

 集団の人数はざっと十二、三名、見た目からして村の自警団といった様子だ。

 不揃いな武器でめいめいに武装しており、かなり興奮している。


「やっぱりハーピィも結託して邪魔してやがったんだ!」

「構やしねぇ! そいつごとやっちまえ!」

「Π……!」


 いきり立つ男たちに迫られ、ミンウは小さな身体を震わすが、それでも退こうとはしなかった。

 男の一人が剣を振り上げ、彼女に迫る。


「邪魔なんだよ、化け物が――だっ!?」


 飛んできた礫が剣を握る男の手に命中し、男は剣を取り落とす。


「バウ! ダイジョブ!」

「ミンウ! ケガはないかい!?」


 駆け付けたポンとホアンさんが更にミンウを庇うように男たちとの間に割って入った。


「コボルト、と――ゴーストだとっ!?」

「な、こんな化け物まで手を組んでやがったのかっ!」


 ポンと――特にホアンさんの登場に男たちは驚愕と恐怖を露にした。


「化け物って……」


 ホアンさんは心外そうに顔を歪めているが、うん。相手の気持ちはよくわかる。

 真昼間からゴーストに出くわしたら、それが普通の反応だよね。


「か、構うもんかっ! その化け物どもごとやっちまえ!」


 リーダー格らしき男が、震える声で槍を突き上げて叫ぶ。

 まずい。流石に攻撃されたらホアンさんも反撃せざるを得ない。

 そうなったら、手加減ができないからあんな連中死んでしまうぞ。


「ちょっと、待ってください!」


 少し遅れて追い付いた僕も間に割って入る。

 普通の人間の登場に、男たちの緊張が少し緩んだように感じた。


「何なんだてめぇら?」

「事情は分かりませんが、まず落ち着いてください」


 戦意が失われたわけではない。

 だが、明らかに素人ではない僕や、一般的にモンスターであるホアンさんに襲い掛かる勇気もないのだろう。

 男たちは顔を見合わせて押し留まった。


「大勢で寄ってたかってどうしたんですか?」

「事情も分からねぇ奴がでしゃばるんじゃねぇよ!」


 僕の言葉にリーダー格の男が反駁し、周囲からそうだそうだと追随の声が漏れる。

 実に分かりやすい反応でこちらもやりやすい。


「とは言われても、武器を持った人間が大勢で二人を追い詰めるなんて尋常じゃありませんよ。

 何があったって言うんです?」

「はっ! そいつらを見て分かんねぇのか?」


 言われて僕は改めて追われていた二人を見やる。

 年齢的にはおそらく成人している男性。

 あちこち傷だらけで、僕らのこともどう判断していいか分からない様子で、怯えた表情で身を縮めていた。

 そしてその頭部は人間でなくネコ科の動物――リカントだ。


「見ましたが、彼らが何か罪を犯したとでも?」

「そいつらは亜人だぞ!」


 僕は叫んだ男を冷めた目で見返す。


「それが何か? この国では――少なくとも公には――亜人だからという理由で差別することは認められていなかったはずですが?」


 僕の一般論に、男たちは一斉に理屈にならない理屈を叫びだす。


「俺たちがそいつらのせいでどれだけ迷惑を被ってると思ってるんだ!」

「そうだ! そいつらが森に居座ってるせいで、俺たちウォルト領の人間は国中から村八分にされてるんだぞ!?」

「そいつらさえ出ていけば、全て解決するんだ!」

「そうだ、出ていけ!」


 ふむ。何となく状況が掴めてきたぞ。


(要はこいつら、自分たちの領が苦境に陥ってるのは森に住む亜人のせいだから、そいつらを追いだせと喚いてるわけか)


 このリカントの二人組は、経緯は分からないが運悪くこの集団に遭遇してしまったのだろう。

 こんな連中が出てくるとは、ウォルト領の状況は想像以上に悪化しているらしい。


(しかし……何だろうね。

 こういう連中の思考が理解できないのは今更だけど、これはどうも……)


 彼らの動きに少し違和感がある。


 とは言え、まずはこの状況をどうにかしなければなるまい。

 冷静に。相手のペースに乗ることなく、冷静に対応しなければ。


「皆さんの考えをここで否定するつもりはありませんが、少なくとも彼らを傷つける権利は皆さんにもないはずです。ここは――」

「うるせぇ! よそもんが出しゃばるな!」

「そうだ! 関係ねぇ奴はひっこんでろ!」


 いかん。完全に頭に血が上っている。

 僕はホアンさんとポンに視線をやる――と、二人は落ち着いた様子で頷きを返してくれた。

 ここで僕らが彼らのペースに乗るわけにはいかない。

 あくまで冷静に。


「大体てめぇら、一体何なんだ!?」

「化け物引き連れて……こいつも実は亜人の仲間なんじゃねぇのか?」

「あいつら、こんな化け物とまで手を組んでやがったのか……」


 まてまてまて。

 ホアンさんはともかく、僕とポンまで化け物扱いは流石に容認できんぞ。

 少しこめかみを引きつらせながら、僕は反論しようと口を開き――


「構いやしねぇ! そいつらごとやっちまえ!」

「§νε……!」


 その言葉に反応して、男の一人が一番か弱いミンウに手を伸ばす。


「おい」


 ひどく冷めた声が僕の口から漏れた。

 同時にミンウに手を伸ばした男の身体が、僕の右手に殴り飛ばされる。


「ぐぁっ!?」

「て、てめぇ、やりやがったな……!」


 男たちが色めき立ち、武器を構えて僕らを取り囲んだ。


「…………」


 僕は無言で、怯えていたミンウの頭を優しく撫でる。


「……Π?」


 ミンウの身体の震えが少し和らいだのを確認して、僕は腰の魔剣を抜き放ち、振り返った。


「……おい。いい歳した男が、子供に手を上げるとは何事だ?」

「な、何を……」

「その手に持った獲物は何のつもりだ?

 俺の身内に手を出して――死にたいってことで、いいな?」


 男たちに向かって一歩踏み出す。

 それに応じて、彼らは一歩後ずさりした。


「な、あ……お、俺らの方が人数は――」

「なら試してみろ。

 お前らが死ぬのか、死なないのか、すぐにわかる」


 所詮、彼らはただの一般人。

 自分たちが安全だと思っていたから高圧的に出られたにすぎない。


 僕が更に一歩踏み込む、と。


「ひあぁっ!?」

「に、逃げろ! 殺される!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


 その様子を冷めた目で見やり、僕は――


「――――あ」


 我に返る。

 やべ。切れてこの領の人間と敵対しちゃった。

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