第62話 旅と人情、男と男⑤

「ミンウ、隠れて。

 ポンは馬車から離れないように援護を。

 ホアンさんは最初は隠れてて、状況に応じて突っ込んできてください」

「ΣΠ!」

「バウ! マカセル!」

「了解。殺さない方がいいのかな?」


 僕の短い指示に、皆慌てることなく答えた。

 ミンウもこれぐらいなら十分言葉の意味が通じる。


「無理に生かす必要はないです。

 運よく生きてたら、一応話を聞きましょう」

「わかった」


 ……この人本当にプリーストだよな?

 話が早くていいんだけど、普通もう少し殺生に忌避感を持ってるもんじゃないのかな。


「俺はどうすればいい?」


 ゲイツ氏も特に動揺した様子もなく、僕に指示を仰いでくる。

 こういう状況で出しゃばらないのはポイント高いね。


「そのまま自分の身を守ることに集中してください。

 ――ただ、少し大きな音がしますから、馬が驚いて暴れないように注意してくださいね」

「? わかった」


 僕の注意に少し怪訝そうな顔をしつつ、素直に頷く。


 さて、僕らに向かって駆けてくる野盗らしき集団との距離は一〇〇メートルを切っていた。

 全員が馬に乗っており槍と剣で武装しているのが見て取れる。

 雰囲気からして僕と同格か少し下、LV3~4程度のファイター、スカウトといったところか。


(……馬も裸馬じゃない。これはそっちのタイプの野盗かな?)


「ひゃはっ! てめぇら、命が惜しけりゃ荷を差し出せ!」


 先頭を走る男から実にテンプレな声が聞こえる。

 うん。これでああいう格好で荒野を駆けるのが趣味の若者たちという可能性は消えた。

 ギルティ。


「みんな~、耳を塞いで~」


 僕の呑気な言葉に、皆が言われるまま耳を塞ぐ。

 ああ、ミンウにはホアンさんが翻訳していた。


 数の優位を確信し、にやけ面で駆けてくる野盗の集団との距離、五〇、三〇、二〇――


「【風精・轟音】――『ワッ!』」


 風の精霊魔法によって音量が拡大され指向性を持たされた僕の叫びが、野盗の一団を襲った。

 この魔法はあくまで拡声器のようなもので、ゲーム上で直接的なダメージやデバフを与える効果はない。

 人に使っても、せいぜい一瞬ビックリするかな、といった程度のもの。

 だが――


「ヒヒィィンッ!?」

「うおっ!?」


 繊細な生き物である馬は、突然の大声に驚き、大きくのけ反る。

 そして高速で駆けていたことも災いし、野盗たちは五人中四人が馬から振り落とされ、地面に叩きつけられてしまった。

 もしこれが訓練された軍馬だったら、ここまで上手くはいかなかったろう。


 僕はその隙に距離を詰め、衝撃でまともに動けない彼らの身体を容赦なく剣で切り付ける。

 一人、馬上に留まっていた男が僕に襲い掛かってこようとする、が。


「て、てめぇ――がっ!?」


 意識の外からの攻撃。

 コボルトという無警戒の存在から飛んできた射撃に、彼も馬上から叩き落される。


 後はただの狩りだった。

 何とか起き上がろうとする者もいたが、僕の剣とポンの射撃にまともに反撃することも出来ず、あっさりと野盗は無力化された。




「ぐあ……っ!」


 縛り上げられ傷口がいたんだのか、野盗が悲鳴を上げる。

 僕はそれを無視して固く縛りながら、胸中でほっと安堵の息を吐いていた。


(集団で来てくれて助かった)


 あっさりと倒すことができたが、実のところまともに戦っていれば戦力的には拮抗していたはずだ。

 最悪はホアンさんを突っ込ませて爆破すればどうとでもなったが、あれをするとしばらくホアンさんが使い物にならなくなるし、ミンウの治療も遅れる。


 結局、楽に勝てたのは敵が無警戒で突っ込んできてくれたからに他ならない。

 僕らの戦力は、外観的には御者一人、護衛に僕とポンの一人ずつ。

 僕らの戦力が充実していれば、敵も警戒してこれほどあっさり倒すことはできなかっただろう。

 ちなみに、手番のなかったホアンさんはミンウと一緒にそのまま隠れてもらっている。


「いや、見事なものだ。噂以上の手際だな」


 ゲイツ氏からの感嘆の言葉を面映ゆく感じながら、僕は敢えて事務的に応じた。


「それより、こいつらどうします?

 今のところ全員生きてますけど」


 もちろん手加減はしていないので傷は深いが、しばらく放っておいても死にはしないだろう。


「どう、とは?

 普通に考えれば、この国の官憲に突き出すべきだろう。

 幸いにも、ここは関所からそう離れていないしな」


 これは本気で言っているのか――いや、こちらを試しているな。

 ちらり野盗に視線をやると、押し隠してはいるがゲイツ氏の言葉に安堵の気配が漂っている。


「別にそれでもかまいませんけどね。

 ただ、わざわざ手間をかけて運んで逃がしてやるぐらいなら、ここで処分した方が手間が省けませんか?」

『――――っ!』


 僕の言葉で野盗たちの表情に緊張が奔る。

 ここで叫びださないあたり、かなり軍に近い連中だなと感じた。


 ゲイツ氏は面白がるような表情で口を開く。


「その言い分だと、まるで彼らがサルトス王国と繋がっているかのような口ぶりだね?」

「ようなもなにも、その通りでしょう」

「ち、違う! 俺たちは――!」


 慌てた様子で口を開いた野盗の一人の肩を、僕は剣で突き刺す。


「ぎゃっ!?」

「うるさい。次、許可なく喋ったら、首を飛ばすぞ」


 熱のこもらない声音で告げた僕の言葉に、彼らがひっと息を呑むのが分かった。

 ゲイツ氏はその様子に苦笑する。


「なるほど。この焦りようからすると、君の言う通りのようだ。

 どうしてそう思ったんだ?」


 鬱陶しい。僕はいつまで試す気だとウンザリしながら、指折りして答えた。


「衛兵のいる関所の近くで襲ってきたこと。

 ゴロツキのくせして全員が馬を乗りこなしてたこと。

 まともな武装をしてたこと。

 あとは、それなりに戦い慣れていること」


 細かい点を上げればキリがないが、大まかにはそんなところだろう。


 この手の賊は二種類に大別される。

 完全な無法者と、国に存在を認められた略奪者だ。

 こいつらは明らかな後者。

 勿論、存在を認められたと言っても程度の差はある。

 自国で活動しているあたり、公式には認められていないだろう。


 これは推測だが、恐らく有事の際は軍に所属することとなる自由民。

 普段は一定のルールの下で略奪を認められているのではなかろうか。

 普通は他国で活動させるものだが、この国が一枚岩でないとすれば……


 今回は、関所の誰かから僕らを襲えと指示を受けたかな。

 そうでなければ、こんな彼らにとってリスクの高い場所でタイミングよく僕らを襲えるはずがない。


「それで、どうしますか?」


 僕は改めてゲイツ氏に問うた。

 彼らを衛兵に突き出せば、そのまま解放される可能性が高い。

 あるいは、さらに人数を増やしてもう一度襲撃されるかもしれない。


「猿轡でも噛ませて、どこか通りから見えにくい場所に転がしておこう」


 ゲイツ氏はあっさりと言った。

 僕はあからさまに安堵した様子を見せる野盗を脅すように確認する。


「いいんですか? 適当に痛めつけて、僕らを狙った理由を吐かせなくても?」

「いいさ。どうせ大したことは知らされてない」


 僕はゲイツ氏の言葉の意味を理解して、深々と溜息をついた。


「……ちゃんと説明してくださいね」

「ああ。もう隠す意味はない」


 つまり、彼らの口を割らせるまでもなくゲイツ氏は狙われた理由を理解しているのだ。


(何か、きな臭くなってきたなぁ……)


 依頼主の性癖以外は理想的だと思っていた依頼に暗雲が立ち込め、僕はポンの頭を撫でて心を落ち着かせた。

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