第61話 旅と人情、男と男④
結局、僕らはゲイツ氏の護衛依頼を引き受けた。
現実的に、隣国のサルトスまで行く商人は多くない。
その上、ゲイツ氏の商売の目的地とミンウが攫われた場所は同じ領内にあった。
ここまで好条件が重なれば、僕の個人的な問題でこの依頼を断ることも難しい。
既に今日は旅に出て二日目。
今のところ、特に大きなトラブルもなく、順調な旅程だ。
依頼人であるゲイツ氏の商売についてここで軽く触れておこう。
端的に言うと彼は貿易商だ。
レイヴァンを拠点に各地を転々としながら、その土地の物品を仕入れ、それが高く売れる場所へ旅して売りさばいている。
これで中々のやり手らしく、まだ二〇代後半と若いが、いくつかの貴族家の御用商人としての地位を確立しているらしい。
今回の商売はサルトスの貴族に対する定期的な塩の販売と、それに併せて鉄器や珍しい作物とその苗木の売りつけを目的としたものだとか。
前回、捕まえた三人組のものより一回り大きい二頭立ての幌馬車。
その後方を歩く僕に、荷台からミンウが楽しそうに手を振っていた。
ゲイツ氏が準備してくれていたクッションの上で上下しながら実に楽しそうだ。
契約とは言え、ハーピーであるミンウに対してもきちんと配意をしてくれるあたり、彼が懐の深い人物だというのは認めざるを得ない。
ちなみに、ゲイツ氏は御者、ポンが馬車の屋根の上で周辺の警戒、ホアンさんはふらふら飛んで伝達係のようなことをしている。
ゲイツ氏自身もそこそこの槍の使い手で、見た感じファイターLV3は有りそうだ。
基本的に戦わせるつもりはないが、有事の際に足手まといにならない護衛対象というのは実にありがたい。
(……本当、あれさえなければ理想的な雇用主なんだけどな)
御者台から僕のいる後方を覗き込んで手を振ってくる依頼主に引きつった笑みを返し、そっと見えない位置に移動する。
(夜が、怖いな……)
この依頼を受ける旨を伝えた際のギルド嬢の微妙な半笑いを思い出し、僕は澄み切った空を仰いだ。
「父上……中央の要求を突っぱねるのももはや限界です」
「…………」
切々と窮状を訴える息子ハインツの言葉に、老齢の当主ロートス・ウォルトは沈黙で返した。
「宰相の威光を恐れ、今まで付き合いのあった貴族が悉く取引を打ち切ってきました。
このままでは我が領は干上がってしまいます」
「……わかっておる」
「亜人どものことをどうでもいいとは言いません。
ですがそれも、我らウォルト家があってのことでしょう。
もういいではありませんか」
「…………」
「父上!」
詰め寄るハインツに対して、ロートスは苦悩の色を一層濃くした。
そして、絞り出すように口を開く。
「……ことは、亜人だけの問題ではない」
ウォルト家は貴族には珍しい、領民の生活に重きを置いた統治で知られていた。
そしてその領民には亜人さえも含まれる。
とは言え、ロートスも貴族。
時に切り捨てる決断が必要なことも理解していた。
「鉱脈の発見されたアルザス山脈は、我が領を潤す大水源でもある。
中央の要求通り開発を進めれば、水源を通じて我が領は鉄の毒に汚染されるだろう。
さすれば、農耕を主産業とする我が領は壊滅的な打撃を受ける」
ロートスは中央に対して、亜人たちの存在を理由に要求を断っていた。
だが、それ以上にロートスは領内の産業に与える悪影響を懸念していた。
「それは……やむを得ないことではありませんか?
農耕の代わりに鉱業を主産業とすることができれば、我が領の生産力は上がります。
領民に対し多少の補償は必要となりましょうが、十分に元は取れるでしょう」
ハインツの言葉は、一面においては正しい。
国家に奉仕するという意味では、決して間違いではないだろう。
「そしてその代償に、鉱業に疎い我が領はその利権を中央の連中に食い荒らされ、農地を失った領民は酷使されることになろう」
「それは……」
黙り込むハインツに、諭すようにロートスは続けた。
「それが宰相の狙いよ。
中央集権を進める宰相にとって、既に我ら地方貴族は邪魔ものでしかない」
自領の産業への悪影響を伝えたところで、中央政府が補償すると言われればそれまで。
そして政府の補償は利権への介入と一体だ。
ウォルト家の影響力は瞬く間に削ぎ取られてしまうだろう。
「今は耐えるしかないのだ」
「それは……それはわかりますが――」
ハインツは続く言葉を飲み込んだ。
いつまで耐えればいい。
そんなこと、誰にも分かるはずがないと理解していたから。
「積み荷は何だ?」
通行手形を検めながら問う関所の役人に、ゲイツ氏はにこやかに答えた。
「大半は塩と農具です。中を確認しますか?」
「……ふん。ウォルト領向けか。いや、通ってよし」
「ありがとうございます」
馬車と共に、その横を歩いて僕とポンが関所を通過する。
役人がポンに向ける胡散臭そうな視線に少し頬を引きつらせながら、僕は笑顔で頭を下げた。
サルトス王国に入国して街道をしばらく進み、関所が見えなくなってから僕は馬車の荷台に声をかけた。
「ミンウ。もういいよ」
「Θε§!」
ぷはっ、と擬音付きで塩の袋の間からミンウが顔を出した。
「な、言った通りだろう?
あいつらは金になりそうな積み荷にしか興味ないんだ。
袖の下も期待できない俺みたいなのを、一々検めたりはしないのさ」
ゲイツ氏が御者台から自慢げに言う。
ミンウを連れているところが見られれば、こちらに疚しいことがなくとも面倒なことになる。
そのゲイツ氏のアドバイスに従ってミンウには隠れてもらっていたのだ。
「よく我慢できたね?」
「ΣΠ!」
ぬっとホアンさんも姿を見せる。
ミンウは話すことはできないが、近ごろは僕らの話す言葉の意味を理解するようになっていた。
僕らよりよほど物覚えがいい。
僕らはホアンさんが辛うじて簡単なハーピー語をいくつか喋れるようになったぐらいだ。
「これで無事にサルトスに入国できたわけですけど、目的地まではあとどれぐらいあるんですか?」
僕は歩きながら御者台に近づき、この国に詳しいゲイツ氏に尋ねる。
旅を始めて今日で五日目。
僕もようやく、昼間明るい場所であればゲイツ氏と普通に喋れるようにはなってきた。
慣れたことが良かったとは思えないが。
「まぁ、順調に行ってもここから一週間はかかるだろうな。
目的地のウォルト領はサルトスの中でもかなりの田舎だからな」
「山脈沿いの領地でしたっけ。どんなところなんですか?」
「はは。何にもない、ただ麦畑と山が広がってるだけの田舎さ」
あっさり言うゲイツ氏に僕は首を傾げた。
「どうした? 何かおかしなところでも?」
「いえ。何でそんな田舎の儲けの少なそうな領地にわざわざ、と思って」
運べる商品の量が限られているなら、利鞘の大きな商品を扱いたいと思うのが普通ではないか。
にもかかわらず田舎に塩を運ぶだけとは、あまり儲かる商売とは思えない。
率直な僕の感想に、ゲイツ氏はむしろ感心したように笑った。
「何か?」
「いや、中々冒険者らしくないものの見方だと思ってね」
「そうですか?」
「ああ。冒険者ってのは普通、依頼人が儲かるかなんて気にしないもんだ。
例外はあるが……そうだな。
そういう意味じゃ、やはり君は有望なんだろうな」
「はぁ……?」
面白そうなゲイツ氏に、僕は再度首を傾げた。
「ああ。すまない。儲けの話だったな。
平たく言えば、俺みたいな若造にそうそう旨い儲け話は回ってこない。
だからこういう儲けの少ない話でも、実績を積み上げていく必要があるのさ。
案外、こういう取引相手が後々大きくなることもある」
「それだけ、ですか?」
相手が将来性のある新興の貴族ならそう言っていただろう。
特に発展性のない田舎貴族を取引先に選ぶ理由としては、ゲイツ氏の言い分は少し弱い気がした。
僕の視線に、ゲイツ氏は降参するように両手を上げて見せた。
「いや、色々理屈はつけてみたが、実のところはもっとシンプルな理由だよ。
ウォルト家のご当主は中々できた御仁でね。
どうせ仕事をするなら、ああいう気持ちのいい方と、ってことさ」
「なるほど」
今度は素直に納得した。
儲かるが嫌いな取引先より、儲からなくても人柄のいい取引先と、というのは営業なら誰しも思うことだ。
商売人としてはどうかと思うが、人としては正直な気持ちだろう。
「バウ!」
馬車の屋根から、ポンが鋭く吠え、僕の横に下りてきた。
僕たちはポンの視線の先を見やる。
「ああ。僕らの仕事みたいですね」
「の、ようだな」
遠くからこちら目掛けて駆けてくる馬に乗った五人の男。
それは遠目にもガラが悪く、堅気の人間には見えなかった。
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