第60話 旅と人情、男と男③
「ポン、ミンウ。行儀よくするんだよ」
「バウ!」
「ΣΠ!」
僕の注意に、二人は仲良く手を上げて返事をすた。
ミンウは僕の言葉の意味は分かっていないが、ポンの仕草を楽しそうに真似ている。
「ああ、ほら。ミンウ襟が曲がってる。
せっかく綺麗な服作ってもらったんだから、ちゃんとなさい」
大家のアニタさんに誂えてもらったハーピー用のワンピースの襟を直してあげると、ミンウは嬉しそうに微笑む。
うん。翼と足があまり目立たない作りで、一見すると普通の少女のように見える。
トラブルを避けるためには、こういう小細工も必要だろう。
本人が気に入ってくれて良かった。
「はいはい。三人とも、それぐらいにして。
依頼人が待ってるよ」
「は~い(バウ)(ΣΠ)」
ホアンさんの呼びかけに僕らはバラバラに返事をする。
今日はギルドから紹介された商人との事前の面通し。
予めギルドを通じてお互いの条件・事情は伝えているので、今回はあくまで最終確認という位置付けだ。
サルトス王国までの護衛依頼、長期間行動を共にするということもあり、互いに人柄は確認しておいた方がいいだろうとギルドが場をセッティングしてくれた。
僕らとしてもポンとミンウを抱えている以上、依頼人の人柄は非常に気にかかる点なので、非常にありがたい。
(ただ、何でルシアさんは僕をあんな目で見てたんだろう……)
僕はこの話を持ってきた馴染みの受付嬢から向けられた視線が酷く気にかかっていた。
まるで、市場に運ばれていく家畜を見るようなあの目。
そんなことを考えつつ、僕はギルドの応接室の戸を叩く。
「どうぞ」
若い男の声で返事がある。
「お待たせしてすいません」
僕らが中に入ると、二〇代半ばの体格のいい男が立って出迎えてくれた。
彼は人好きのする笑顔を浮かべ、僕に向かって歩み寄り手を差し出す。
「やあ! 初めまして、君がミレウス君か?」
「あ、はい……」
僕はこういう社交的な人種があまり得意でないこともあって、少し引き気味に手を握る。
しかし彼は気にした様子もなく、力強く僕の手を握り返してきた。
「噂は色々と聞いていたよ。
俺の名前はゲイツ。今回はよろしく頼む」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
実に好意的な態度だ。
うん。その非常に好意的なのはいいのだが、その……
「…………あの?」
「ん?」
「えっと、うちのメンバーを紹介したいんですが」
「……ああ、そうだな」
ゲイツさんは名残り惜しそうに僕の手を放す。
僕は自分が微妙な表情を浮かべているのを自覚しつつ、皆を紹介した。
「えっと、うちのスカウトのポンです」
「バウ!」
「よろしく。頼りにしてるよ」
「プリーストのホアンです」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「それで、パーティメンバーではないんですが、今回一緒に同行させてもらうミンウです」
「ΣΠ」
「ああ。事情は聞いている。
別に子供一人乗せるぐらい、どってことないさ」
うん。普通だ。
普通に常識的で好意的な態度だ。
コボルト、ゴースト、ハーピーの三点セットに対しても嫌悪感や見下した様子はなかった。
その点については、中々得難い依頼主と言えるだろう。
ギルドも僕らの要望と事情に十分配意してくれたようだ。
だが、その……
「しかし、話には聞いていたが、本当に若いんだな。
歳はいくつなんだい?」
「え、一五歳です……」
「そうか。いや、しかし見た目よりずっとがっちりしているな」
「いや、その、え?」
ゲイツさんは僕の胸筋の形を確かめる様に撫でる。
これは、その……僕のファイターとしての実力を確かめるためにやってるんだよな?
おい! ポンやミンウは分からないから仕方ないだろうが、何でホアンさん、あんたは顔を背けてるんだ!?
いや、ちょっとこれ、けっこうがっつり揉まれてるんですけど?
前回の成長で筋力伸ばしちゃったの失敗だった?
「ちょっと、その、距離が近いんですけど?」
僕は顔を引きつらせながら、ゲイツさんを引き離す。
彼はそれに対し、余裕のある表情で微笑み、
「ふふ、恥ずかしがりやなんだな」
「――――!?」
背中を突き抜けるような怖気が奔った。
これはアカン。ガチな奴だ。
「その……僕はそういうんじゃないんで!」
「大丈夫さ」
何が!? ねぇ、何が? いや、聞きたくもないけど!
「俺は、若くて才能のある人間が好きでね。
君の話を聞いて、ぜひ一度会いたいと思っていたんだ」
それは商人としての話ですよね? そうですよね?
(待て……まさか自分にこういう視線を向ける人間が存在するとは思わなかったけど。
“ミレウス”に対してなら、おかしくはないのか……?)
“俺”だった時の感覚で、まさか自分にそういう視線を向ける人間――まして男がいるとは信じがたいものがあった。
だが、このミレウスの外見は、金髪碧眼のやや中性的な面立ち。
そして脱いだらかなり筋肉質という、そういう趣味の方には実にフィットしそうなものだった。
ぞわぞわっと、再び形容しがたい怖気と寒気が僕の全身を奔り抜ける。
(この男と長期間にわたって旅をする……?)
僕の脳内アラートがけたたましく警鐘を鳴らしていた。
無理。駄目。あり得ない。
取り返しのつかない大事なものを失ってしまう。
この話はなかったことにさせていただこう。
護衛依頼なんて他にも幾らでもあるし、条件にあった依頼がなければ僕がミンウを背負っていくさ。
成人男性にのしかかられるリスクを考えればミンウなんて軽い軽い。
どこまでだって走っちゃうぞ。
僕は引きつった笑顔を浮かべ、断りを告げるべく口を開いた。
「ゲイツさん。今回のお話なんですが――」
「ああ! 残念なことに我々このあと少し予定がありまして。
早速ですが、日程などについて打ち合わせをさせていただいてよろしいでしょうか?」
僕の言葉を遮って、ホアンさんがゲイツさんに笑顔でそんなことをのたまう。
待って欲しい。今あなた、僕が断ろうとしたのを明らかに察してたよね?
「そうなのか……まぁ、話をする機会はいくらでもあるし、今日のところは仕方ないな」
ゲイツさんは少し残念そうな表情を浮かべ、僕から離れてホアンさんと話し始める。
え? ちょっと待って。
離れてくれたのは嬉しいんだけど、この依頼を受けるのってもう確定なの?
リーダーである僕の意向――っていうか、身の安全は!?
しかし僕の視線を黙殺し、ホアンさんは絶対口を挟むなよ、という圧を発してそのまま詳細を打ち合わせてしまった。
(……え? マジで? マジでこの依頼人と旅するの?)
茫然とする僕を、ポンとミンウが不思議そうに見上げていた。
「バウ?」
「Ψδ?」
「いい依頼人だったじゃないか」
「どこがですか!?」
面通しの帰り道、どういうつもりだと凄む僕に、ホアンさんはしれっと言った。
「異種族に対して偏見がなく、僕らに対して好意的。
彼自身も最低限身を守る術は持っているようだったから手もかからない。
ほら、これ以上ない条件だろう?」
「多少好意が行き過ぎてやしませんでしたかねぇ!」
「はは。君に対しては行為に及びそうではあったねぇ」
「上手くねぇんだよ!」
僕の抗議をホアンさんは柳に風とばかりに笑って受け流す。
出発は三日後、行程は最低でも往復一か月。
その間あれと寝食を共にするなんて冗談じゃない。
僕の恐怖と焦燥が伝わっているのかどうか、ホアンさんは真面目な表情になって諭すように口を開いた。
「僕らにとって、あらゆる面で都合のいい依頼人なんていやしない。
あれくらいは許容範囲というか、我慢すべきだと思うね」
「僕の貞操は許容範囲ですか!?」
「じゃあ、ポン君やミンウちゃんにそういう目を向ける趣味の依頼人だったら?」
その指摘に僕は言葉に詰まった。
更にマイナーではあるが、そういった性癖の人間が存在することを知識として僕は知っている。
「そこまででもなくても、二人を冷遇するような依頼人は珍しくないよ。
そして君なら自分で身を守れるだろうけど、二人はそうじゃない」
「…………」
確かに。僕ならどうとでもなる……はずだ。多分。
しかしミンウは抵抗の術を持たないし、ポンも性格的に僕らの立場を気にして依頼人に反撃はしにくいだろう。
そういう意味で、ゲイツ氏が許容範囲内の依頼人だというのは、理性では理解できる。
理性では理解できるのだが……
「ミレウス、ダイジョブ?」
「Ψδ?」
心配そうに僕を見上げる二人の視線が、この場合は追い打ちだった。
僕は微妙な表情のまま、力なく項垂れる。
「……だいじょうぶ」
とりあえず、ホアンさん。あんたは一回殴らせろ。
八つ当たりとは分かっているが。
僕はゴーストに物理ダメージを与える方法について調べようと心に決めた。
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