第59話 旅と人情、男と男②

「……結構、いいお値段がしますね?」

「ええ。たまに戻ってこないこともありますから、どうしてもこれぐらいは、ね?」

「なるほど……ちなみにギルド会員割引とかは?」

「ありません」


 冒険者なんてゴロツキ相手に割増料金請求しないだけありがたく思え、と言わんばかりのルシアさんの笑顔に僕は閉口する。

 僕は今、一人冒険者ギルドの受付で馬車のレンタルについて相談していた。

 馬車などどこに行けば借りられるのか分からなかったので、一先ず知っていそうなところに聞きにきたわけだが、なんと冒険者ギルドでも仲介をしているという。

 それで早速カタログを見せていただいていたわけだが、その値段に僕は桁を間違っているのではと目を疑った。


(……一月レンタルでこの値段って、購入代金の二割近いんじゃないか?)


 以前に荷馬の購入を検討した際、馬車の値段もついでに調べていたことがあるが、それを考えるとかなり割高に思える。

 確かに、この世界だと借主ごと事故で戻ってこないリスクはざらだろうが、それにしても……

 僕の言いたいことを察したのか、ルシアさんがすました顔で補足する。


「単純に購入代金と比べているなら、見積もりが甘いですよ。

 馬はレンタルされていない期間もその維持に相当な費用がかかります。

 馬車も悪路を走行すればすぐにガタがきますから、整備補修にはかなりの費用が必要なんです。

 業者の利益を考慮すれば、これは最低限の値段設定でしょうね」

「……そうですね」


 まぁ、そうか。

 ゲームでは一度購入した後の維持費については触れられていなかったが、現実なら当然それも必要か。

 装備も、冒険の都度メンテナンスに結構な額が飛んでいくわけだし。


 どうしたものかと溜息を吐く僕に、ルシアさんが不思議そうに首を傾げた。


「にしても、どうしたんです? 突然馬車のレンタルなんて?」

「……その、例の子をサルトスまで送り届けるのに、歩かせるのはどうかなって」


 ルシアさんも、僕らがハーピーの少女を保護したことについては知っている。

 僕の言葉に頷きつつも、なお疑問を口にする。


「なるほど。それでしたら、サルトスまで向かう隊商の護衛依頼でも受ければいいじゃありませんか?

 今のミレウスさんたちでしたら実績は十分ですし、多少依頼料を勉強すれば彼女一人馬車に載せるぐらいの融通は利かせてくれると思いますよ」


 何でしたら紹介しましょうか、と商売っ気を出すルシアさんに、僕は苦笑した。

 僕らも随分待遇が改善したものだ。

 冒険者になって三か月と少し。

 最初の頃はパーティも組んでもらえず、依頼もまともに受けられなかったのだが、今ではこうしてあちらから斡旋がくるまでになったか。

 ポンとホアンさんを連れて悪目立ちしていた分だけ、良い実績が広まるのも早かったのかもしれない。


 それはそれとして、ルシアさんの提案はもっともだし、僕も最初は考えた。


「でも、それって本当に大丈夫なんですかねぇ?

 ほら、ハーピーって地域によっては魔物と見做されることもあるみたいだし、サルトスも亜人に対してはあまり友好的じゃないと聞きます。

 色々トラブルにつながるリスクもあるから、商人の方も嫌がるんじゃないかなと……」


 まあ、ホアンさんは地域によらなくともゴーストなので魔物だが。

 彼の場合は消えたり、人間に偽装できるので大した問題にはならない。


「ミレウスさんのご懸念はもっともですね。

 ですが、もう少し自信を持っていいと思いますよ?」


 ニッコリと笑うルシアさんの言葉に、僕は首を傾げた。


「既にミレウスさんたちは、当ギルドでも十分な実績を上げてらっしゃいます。

 皆さんクラスの冒険者を雇えるなら、多少の便宜を図る商人は、いくらでもとは言いませんが、いると思いますよ。

 まぁ、大手の商人は難しいかもしれませんが、若手の懐に余裕のない商人なら特に」

「……そこまで言っていただけるのであれば、お任せしても?」

「はい。近日中にいいお話ができるかと思います」


 ポンやホアンさんには事後報告となるが、まぁ反対はされないだろう。

 あまりにおかしな雇い主なら断ればいいし、僕らのメンバー構成を考えればルシアさんもそのあたりは配慮してくれるだろう。


 じゃあ、お願いしますと立ち上がった僕に、ルシアさんはふと気になったように尋ねてきた。


「そう言えば、彼女の具合はその後いかがですか?」

「順調ですよ。そろそろ、話もできるんじゃないかな」




「λδΛΣΠζ!」

「おっと!」


 下宿に帰るなり、突然何事か叫んで僕の胸に飛び込んできたハーピーの少女を、僕はよろけながら抱きとめた。

 そして、遅れてふと気づく。


「……今、喋ってた? 喉が治ったのか?」

「ΘεδπΠ!」


 うん。実に元気そうでいい笑顔だね。

 何喋ってるのかさっぱりわからないけど。


(……ああ。すっかり忘れてた。これはひょっとしてあれか?)


 僕は助けを求める様にホアンさんに視線をやる。

 彼もまた僕と同じように苦笑を浮かべていた。


「お帰り、ミレウス君。

 ついさっき治療が終わって、喉が治ったのがよっぽど嬉しかったんだろうね。

 ずっとその調子だよ」

「ははぁ……で、分かります?」

「いや、僕もあいにく不勉強でね」

「いやぁ……盲点でしたね」

「だね」


 すっかり失念していた。

 ハーピーは独自の言語を持つ種族。

 成人なら稀に共通語を話せる者もいると聞くが、子供ではまず不可能だろう。

 僕は勿論、ホアンさんもハーピー語は習得していない。


 ちなみに僕はエルフ語なら喋れる。

 ドルイド出身だからと習得しただけで、決してエルフ好きだったからではない、念のため。


「帰ってきたばかりで悪いけど、辞書を借りて来てくれないかな?

 僕らじゃ流石に難しいから」

「了解です。どうせだから買ってきますよ。

 あとで報告しますけど、足が準備できそうなんで、その方が便利でしょう」


 僕の言葉にホアンさんが少し目を丸くし、そして喜ばしいような、少し寂しそうな表情を浮かべる。


「ΛΨμΣ?」


 不思議そうに僕らを見上げる少女の頭を撫で、お土産に買ってきたイチジクを渡す。

 彼女はこうした新鮮なフルーツが好みらしい。

 嬉しそうにそれを抱えてポンの元へ駆けていく少女を見送り、僕はもう一度外に出かけた。


(……ああ。なんだろう。いいことなんだけどな。

 僕、ちゃんと笑えてるよな?)


 出かけ際に見たホアンさんの表情が、何故か鏡のように見えて、少しだけ不安になった。




 その夜、僕らは買ってきた辞書を挟んで顔を突き合わせ、笑いながら彼女の言葉を翻訳した。

 まだ本格的な意思疎通は難しかったが、辛うじて、彼女の名前がミンウであることだけは分かった。




「ですので、これ以上の鉱脈の開発には課題が多く――」

「エントよ。私の言葉が理解できなかったようだな」

「はっ……?」


 エントと呼ばれた壮年の貴族は、目の前の男から放たれる威圧感に身を震わせた。

 サルトス王国宰相ユリウス・ゼーン。

 まだ四〇歳程でありながら、この国の実質的な全権を握る権力者。

 王であろうと、この宰相の意向を無視して政を行うことはできないと言われている。


「私は、迅速に開発を進めよと言ったのだ」

「はっ! お、仰ることは分かりますが、あの一帯には亜人どもが多く暮らしており――」

「エント」


 その一言で、エントはそれ以上言葉を続けることができなくなった。

 全身が気味悪く脈打ち、皮膚の穴という穴から油汗が溢れる。


 ――ユリウスが優しく笑う。悪魔のようだと、エントは感じた。


「エント。私は、亜人たちを追い払えとも滅ぼせとも言わん。

 ただ、迅速に開発を進めよと、言っておるのだ」

「……はっ。か、閣下の仰せのままに」


 エントの声は無様に震えていた。

 つまり宰相は、亜人などといった些末事で自分を煩わせるなと言っている。

 逆らうことはできない。エントはそれを改めて理解した。

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