第58話 旅と人情、男と男①

「あの連中はサルトスの方から流れてきたらしい」

「サルトス……ですか?」


 ギルド幹部から告げられた地名に、この世界の地名に詳しくない僕は首を傾げた。

 セージ知識を探り、辛うじてその単語を脳の奥から探り上げる。


 サルトス――山脈に囲まれた北の軍事国家。

 僕らのいるレイヴァンの町が属するザクセン王国とも数年前まで戦争をしていた聞く。

 今はルスト王国との戦争を優先し、ザクセン王国とは休戦協定を結んでいる。

 とは言え、いつまた戦争が再開するとも限らず、両国の国交はそれほど活発ではない。


「あの国じゃ、資源採掘のためにかなり強引な開発をやってるらしい。

 そのせいで魔獣やら亜人やらが住む場所を無くして、色々と問題が起きてるって話をよく聞く。

 で、それに紛れて奴らは色々違法な狩りをしてたようだな。

 この国に来たのは、やり過ぎたんで、少しほとぼりを冷ましたいってのもあったんだと」


 それでへまして捕まってりゃ世話ねぇな、と禿頭のギルド幹部は笑った。


 今僕とホアンさんは冒険者ギルドの一室で、前回の事件で捕まえた三人組が吐いた情報を教えてもらっていた。

 捕らえられていたハーピーの少女の故郷がどこかを知るために。


 ちなみに、この件に関して冒険者ギルドや官憲の助力は基本的にない。

 冒険者ギルドは慈善事業ではないし、官憲としても他国の亜人のためにわざわざ人員を割くことはできない。

 ただ、彼らとしても罪のない少女を見捨てるのも寝覚めが悪く、こうして僕らに情報は流してくれているというわけだ。


「あの子がどの辺りで捕まったとか、詳しい話は聞けましたか?」

「まぁ、大体のところはな。

 ただどうも親とはぐれたところを偶々捕まえたらしくて、正確なところはわからん」

「その辺りは現地に行って情報収集しますよ」

「僕も以前、あの国には行ったことがありますから、幾らか土地勘はありますし」


 ホアンさんの発言に、僕とギルド幹部が何とも言えない表情をする。


「……な、何ですか、その顔は?」

「いや……」

「ねぇ?」


 僕らは顔を見合わせ、異口同音に疑問を口にする。


『それ、いつの時代の話?』


 ゴーストとして彷徨ってきた時間の長い彼は、見た目以上に長くこの世に存在している。

 情報の鮮度は、もうカビどころか化石になっているかもしれない。


「ひ、ひどい言い草だね……そりゃ、確かに修業時代の話だから――」

「はい、アウト。もういいです」

「そ、そんな!?」

「だな。あまりおかしな先入観を持たない方がいいだろ」

「ええ……?」

「ちょっと待ってろ。今地図を持ってくるから」


 ギルド幹部は地図でもって件の場所を僕らに教えてくれた。

 ホアンさんの知識は、そこで伝えられた情報と全くかみ合わなかったことを、ここで報告しておこう。




「ただいま~」

「バウ! オカエリ!」


 下宿に帰った僕とホアンさんを、ポンとハーピーの少女が迎えてくれる。


「……ぅぁ」

「ただいま。無理しないでいいからね?」


 彼女を保護して約二週間。

 最初は怯えていた彼女も、大分僕らには慣れて、こうして笑顔を見せてくれるようになった。

 まだ傷は癒えていないが、喉の方は大分調子がいいらしく、先ほどのように声らしきものを発することができるようになっている。

 これも献身的なホアンさんの治療の成果だろう。


「さ、今日の治療を始めよう。こっちへおいで」


 ホアンさんが手招きすると、彼女は慣れた様子で椅子に座り、気持ちよさそうに神聖魔法の光を浴びる。

 この様子ならあと何日かすれば、会話ができるようになるかもしれないな。


(……ん? 今、何か見落としがあったような気が)


 一瞬だけ脳裏をよぎるものがあったが、すぐに消えてそれが何か分からなくなってしまう。

 まぁ、大したことではないだろうと、僕はすぐに気持ちを切り替える。


「ポンもお疲れ様」

「バウ」


 僕の隣によって来たポンの頭を優しく撫でる。


 当然のことだが、ハーピーの少女は最初は酷く怯えており、僕らにも心を開こうとしなかった。

 その唯一の例外がポン。

 ポンだけは最初から彼女に警戒されず、それどころかずっとポンから離れようとしなかった。

 まぁ、自分を傷つけた人間と、愛らしいコボルトがいれば、そういう反応も頷ける。

 今でこそ僕らにも慣れてくれたが、ポンへの懐き方は別格だ。

 ポンが自分から離れて出かけようとすると、軽くパニックを起こすほど。

 だからやむを得ず、ポンにはずっと下宿で彼女についていてもらっている。


(とは言え……ポンが彼女に手を取られると、仕事になんないんだよな)


 ここ二週間、全く仕事ができていない。

 まだ蓄えはあるし、前回の一件で多少報奨金が出たのですぐに生活に困ることはないが、退屈ではある。

 ああして献身的に彼女の世話をしているホアンさんの前では、そんなことは決して口には出せないが。


 ちなみに、彼女の中で僕らを好感度の高い順に並べると、


 ポン > 僕 > ホアン


 一番献身的に世話をしているホアンさんの好感度が低いのは気の毒だが、まぁそこはゴーストだし仕方あるまい。

 ああして怖がられずに近づけるようになっただけ、相当な進歩だ。


(あの様子なら、あと一週間もすれば旅に出れそうだけど……ホアンさんがどう言うかな?)


 もともと喉と翼以外はほとんど負傷がなかったため、彼女はもう日常生活には支障がない。

 ただ長時間の旅に耐えられるかというと、体力面からホアンさんが反対しそうだ。


(でも……早く送り届けてやった方がいい気がするんだよな)


 僕はホアンさんが入れ込んでいる分だけ、少しだけ客観的に状況を見ている自覚がある。

 だから、あまり彼女に情が移る前に、故郷に送り届けてやった方がいいだろうな、と思うのだ。


(サルトス王国まで歩きで一週間程度、か……)


 確かに幼い少女を連れていくには少し厳しい旅路だ。

 単純に食料や装備を整えるだけでは足りないかもしれない。


(馬車のレンタルって、どれぐらいかかるものなんだろう?)


 まずはそこから調べてみようか、と僕は疲れて眠ってしまったポンを撫でながら、やるべきことを整理する。

 その横に、今日の治療を終えた少女がトテトテとやってきて、ポンにもたれかかって嬉しそうに笑う。彼女の頭を軽く撫でて、僕は胸中で嘆息した。


(……ま、もう手遅れかもしれないけど)


 情が移る前に、などと、そんなことを考えている時点で。




 暖かい。ポカポカする。

 久方ぶりの安らぎに、少女の心はゆっくりと癒されていく。

 白いワンちゃんはかわいいし、金色の人は美味しいゴハンを食べさせてくれる。

 透明な人は少し怖いけど、優しい光は暖かくて好きだ。

 同い年ぐらいの友達も出来た。

 ワンちゃんを取り合って喧嘩もするけれど、とても楽しい。

 優しい人たちと美味しいゴハン、暖かい寝床。

 こんなに満たされた気持ちになったのはいつ以来だろう。

 不安な心が、どんどん癒されていく。

 だけど、何故だろう。

 こんなに幸せなのに、時々どうしようもなく不安になる。

 思い出さないようにしていたのに。

 悲しくなるから。

 だから、考えないようにしていたのに。

 ――お父さん、お母さん――




 眠る少女の眼尻に光るものを見つけ、僕らはほうと息を吐いた。


「……早く、親元に帰してあげましょう」

「そうだね」

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