第50話 恩返しと怪しい奴ら③
「クゥ~ン……ダメ、ニゲラレタ」
ポンが悲しそうな声音で呟く。
何度目かになるやり取りに、僕らは思わず顔を見合わせた。
二日目、森に入って本格的な狩りに着手して初日のこと。
朝から僕らはポンを先頭に何度も獣の足跡を見つけ、その後を追っていたが、近づこうとするとするりと獣が逃げていく。
それも僕らが近づく前、まだ視認すらできない距離でだ。
「……クゥ~ン」
「ああ、ほら落ち込まない。ポンはちゃんと獲物を見つけてくれてるんだから」
しょげてしまったポンの顎の下を撫でて慰めながら、僕はホアンさんに視線をやる。
「……う~ん。想像以上に難しいね。
多分、足音とかを察知して逃げられてるんだと思うけど」
「ということは、僕の問題ですね」
ポンはスカウトとして忍び足も得意だし、ホアンさんはそもそも足がない。
スカウトとして未熟な僕のせいで、獣に逃げられているということだろうか。
(もう少し簡単にこなせると思ったんだけどな。
この森の獣、警戒心高過ぎじゃないか?)
少し八つ当たり気味にそんなことを思い、天を仰ぎ見る。
「となると、罠とか待ち伏せに切り替えた方がいいんですかね?」
「それはそうだけど、準備してきたの?」
「してないですね」
僕らは顔を見合わせ溜息をつく。
「仕方ないじゃないですか。
今まで獣なんて、森に入れば自分から襲い掛かってきてたんですから。
この森の獣、警戒心強すぎですって」
言い訳するように僕は抗弁した。
この間の巨鬼族の依頼の時だって、肉食獣は嫌というほど襲ってきたし、草食獣も姿さえ見えないなんてことはなかった。
パーティ全員、忍び足に熟達してないとできない狩りなんて、ハードルが高すぎるだろう。
「元々野生の獣は警戒心の高い生き物なんだ。
わざわざ人の気配に近づいて来るなんてことは普通ないさ。
僕も長いこと旅をしてきたけど、獣に襲われた経験なんてほとんどないよ」
「むぅ……」
したり顔で言い切るホアンさんに僕は顔をしかめる。
襲われた経験がほとんどないって、僕らが会った時もあなた襲われてたじゃ――
(――うん? そう言えば、ホアンさんに初めて会った時、僕はてっきりホアンさんが襲われると思って助けに入ったけど、実際に襲われてはいなかったような)
思い返せば、ホアンさんと旅をしだしてから獣に襲われたことが一度もない。
例外は、別行動をとった巨鬼族の森の時ぐらい。
そう言えばポンも、初めてホアンさんに会った時は怯えていたような。
僕はある可能性に思い至ると、半眼でホアンさんを見つめ、人差し指で天を指して告げる。
「ホアンさん。フライ」
「…………へ?」
(ポン、息を合わせて……せーの!)
僕はポンの射撃とタイミングを合わせ、標的に向けて矢を放つ。
スキルこそ持たないが、LV4のファイター技能で補正された矢は誤ることなく標的であるウサギの胴を射抜いた。
同時に、ポンの放った礫も頭蓋に命中する。
「よし、やったぞ!」
「バウ!」
ポンが歓喜して仕留めた獲物に駆け寄っていく。
そろそろ夕方が近くなってきたが、無事に二体目の得物を仕留めることができた。
ちなみに一体目は中型のイノシシ。
一番の目的である鹿はまだ仕留めれていないが、これで何とか格好がつきそうだ。
「バウバウ!」
「ポン、そんなはしゃぐと危ないよ」
トテトテと短い歩幅で森を進むため、躓きそうになるポンを笑いながら注意する。
いやぁ、原因を排除してからというもの、順調な狩りだな。
「る~るる~……る~」
上空から不気味な風の音が聞こえてくるが無視する。
全く、獣が怯えて逃げてしまったらどうするつもりだ。
本当に常識のない風だな。
「る~るる~る~!」
僕のすぐ近くまで下りてきて、恨みがましく不気味な歌を歌うゴーストに耳を塞ぎながら、僕は鬱陶し気に顔を顰めた。
「……何ですか? また獣が逃げ出したら困るんですけど?」
そう。獣が近寄って来なかった原因はゴーストのホアンさん。
そういった気配に敏感な獣は、ホアンさんに怯えて逃げてしまっていたのだ。
試しに彼を上空に追いやった途端、まぁ狩りが順調に進むこと進むこと。
二度ほど仕留めそこなったが、初挑戦で成功率五割なら上等だろう。
「ミレウス君! 最近僕に対する扱いがあまりにぞんざいじゃないかい!?
邪魔もの扱いしたり、爆弾扱いしたり、都合よくあちこち透過させたり!」
うん、それはまぁ……実際便利だし。だが、
「扱いがぞんざいなのは最初からでしょ?
一応最近は、パーティの一員だってことを認めてないこともありませんし」
「あ! まだそういうことを言うんだ!?」
「だから最近は二人パーティだって言ってないでしょう?
実際、ホアンさんが憑いてきたばかりのころは大変だったんですから」
うん。彼を祓おうとするプリーストに囲まれて、何故か僕までエクソシスト的な拷問にあいそうになった。
このゴーストとは無関係だと主張した僕は悪くないと思う。
「ふん、だ。僕一人除け者にして……」
いじけるおっさんのゴーストは、いくら元がイケメンでも可愛くない。
僕は嘆息して、仕方ないなと頭を振った。
「この仕事が終わったら、次の仕事はホアンさんの希望を聞きますから。
だからそんなにいじけないでください」
「……本当?」
「ええ。だから今回は我慢してください。
どこか行きたいところとかありますか?」
僕が尋ねると、ホアンさんは顔を輝かせて口を開いた。
「えっとね、実は一度でいいから星神の総本山に行ってみたかったんだ」
「今まで行ったことなかったんですか?」
「うん。ユーリといたころは、ユーリが祓われちゃうんじゃないかって避けててさ」
なるほど。同じくゴーストだった娘のユーリちゃんと旅をしていた時はそうだろう。
しかしそうなると、だ。
「……それ、ホアンさんも祓われちゃうんじゃありません?」
「うえぇ!? それは困るな……」
困るな。そこは神の御許に行けると喜べ、プリースト。
「ほう。初めてで、しっかり獲物を確保してきたか」
「やるっすね」
猟師小屋へ帰った僕らを、先に戻っていたガスさんとアルトさんが出迎えてくれる。
ホアンさんは気を遣ってそっと小部屋に入っていった。
その様子に、ガスさんたちが苦笑する。
「すまんな。理屈じゃ分かってるんだが、どうにも落ち着かなくてな」
「そうっすね。町で噂には聞いてたんすけど、現物はまた別モノって言うか……」
「仕方ありませんよ」
この二人は普段はレイヴァンに住んでいるらしく、僕らの噂を聞いていたらしい。
だから比較的すんなりとホアンさんの存在を理解はしてくれた。
とは言え、実際ゴーストに近寄られて一般人が平然としていられるかというと、それは別の話。
「あの三人組の方はまだ?」
「ああ、あいつらは結構奥の方まで潜ってるみたいだからな」
この二人はそれぞれソロの猟師だが、姿の見えない残る三人はチームを組んでいるようだった。
「森の浅い場所は大丈夫だが、ここは奥に行くと魔獣も出てくるからな。
お前らも用心しろよ」
「魔獣ですか? 例えばどんなのが?」
「俺、前にグリフォンを見たことあるっす」
グリフォン。それはまたビッグネームが出てきたものだ。
もし遭遇したら今の僕らでは一たまりもあるまい。
ガスさんが苦笑しながら付け加える。
「グリフォンはこの森の主だから、よっぽど奥まで潜らなきゃ襲われることはねぇよ。
そうだな、出くわすとすればリンクス、ヒポグリフ、ペガサスあたりか」
「ペガサス!」
それはまたファンタジーな。
「見てみたいね、ポン?」
「バウ?」
ポンにはペガサスが何か分からないらしく、首を傾げている。
「おいおい。実際奴らは結構気が荒くてな、迂闊に近づくと蹴飛ばされるぞ」
「そうっす。俺も前、前歯を折られたっす」
「うわ、痛そう……」
その日僕らは、夜遅くまで魔獣や狩りについての話で盛り上がった。
放置していたホアンさんがいじけてしまったのは、別の話。
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