第49話 恩返しと怪しい奴ら②

「いやぁ、盲点だったね?」


 悪びれた様子なく頭をかくホアンさんを僕とポンが呆れたように見つめる。


「盲点かなぁ……?」

「クゥ~ン」


 まあ確かに、ついうっかり失念していた、という意味では盲点だし、僕らも同罪だから文句を言うつもりはないが。

 僕らは猟師小屋の四人部屋に荷物を降ろして、つい数分前の阿鼻叫喚に溜息をついた。


「ゴーストを普通の人が見たらそりゃパニックになりますよね。

 ここ最近、あまり驚く人がいなかったから感覚がマヒしてましたけど」

「だねぇ。最近じゃ君、町で馴染みの大道芸人か何かみたいに思われてるもんね」

「…………」

「……はい。すいません」


 調子に乗って軽口を叩いたホアンさんを冷たい目で睨みつけると、彼は少ししゅんとして少し姿を薄くした。

 誰のせいだと思ってるんだという僕の言葉は、言わずともしっかり伝わったようだ。


「……まぁ、いいですけど。

 ここで分かって良かったと思うべきなんでしょうし」

「そうだね。これから先、別の町に移動することもあるだろうし、気を付けるよ」


 真面目な顔でホアンさんは頷く。


 今は別室にいるが、この猟師小屋には先に五名の猟師が休んでいた。

 この部屋を出てすぐの大部屋で情報交換をしていた彼らは、新たに小屋に踏み入った僕らを見て悲鳴を上げた。

 正確には、ゴーストであるホアンさんの姿を見て。


 気を失った人もいれば、弓矢で攻撃をしようとした人もいる。

 僕まで死霊遣いか何かだと疑われるし、誤解を解くまでにかなりの労力を必要とした。


(……誤解が解けたわけじゃなくて、単に僕らから逃げただけなのかもしれないけど)


 怯えた様子でコソコソとそれぞれの小部屋に退散していった彼らを思い出し、僕は頭痛を堪えた。

 少なくとも、先輩猟師に狩りのイロハを教わるといったイベントは間違いなく消滅したはずだ。

 この件に関しては、全面的にこちらに非があるし、相手を責めることもできない。

 こう言ってはホアンさんを責めるようで気分は良くないが、ゴーストだという時点で、彼は社会通念上よろしくない存在なのだ。

 ホアンさん自身もそのことを弁えており、今更どうこう言うつもりはないが、気が緩んでいたのは確かだろう。


 僕は気を取り直し、パンと手を叩いて口を開いた。


「さて。反省はこれまでにして、今回の予定を確認しましょう」

「うん」

「バウ!」


 二人の視線が僕に集まるのを待って、僕は話を続けた。


「今回の狩りは、明日、明後日の二日間です。

 成果の有無に関わらず、三日後の朝にはここを発ってレイヴァンに戻ります」


 僕らは狩りに関してはほとんど素人だ。

 期限を区切り、成果がでなければその時点で見切りをつける必要があるだろう。


「獲物の保存はどうするの?

 一応、僕が死体の腐敗を遅らせる魔法を使えるけど」


 そしてあまり時間をかけられないもう一つの理由が、獲物の保存だ。

 よくあるチートもののように、入れた物の時間経過が停止するマジックバックなど持ち合わせていない僕らは、いつまでも狩った獲物をそのままにはしておけない。

 ホアンさんの言った様に、神聖魔法には死体の腐敗を遅らせる魔法も存在するのだが……


「獲物は血抜きだけして、そのまま持ち帰ります。

『遺体保存』は高位魔法だから消耗も馬鹿にならないでしょうし。

 よほど特殊で高く売れそうな獲物でもない限り、そこまでする必要はないでしょう」

「わかった」


 解体も持ち帰ってドルトさんに任せる予定だ。

 多少かさばるが、その方が保存がきくし、無駄も少ないとドルトさんから言われている。


「方針としては、ポンに獲物を探してもらって、僕とポンの二人がかりで遠距離から仕留める。

 いつも以上にポンの負担が大きくなるから、疲れたらすぐに言ってね」

「バウ! マカセル!」

「ホアンさんは基本、何かあった時に備えて精神力を温存しておいてください」

「わかった。ケガをしたらすぐ僕が治してあげるからね」


 二人とも良い返事だ。

 何ら気負う必要のない仕事だから、僕も含めてリラックスしているのがわかる。


「僕らは狩りに関しては素人だ。

 ポンにしたって森で獲物を探すなんて初めての経験だろうし、僕も逃げる獲物を射た経験なんてない。

 最初から上手くいくはずがないし、駄目だったらその時考えよう。

 何か気づきがあれば、その都度言って欲しい」

「バウ!」


 僕の言葉に、ホアンさんが早速挙手して口を開く。


「一つ気になったんだけど、夜の見張りはどうする?」


 ふむ、と僕は口元に手を当てて考え込んだ。

 この猟師小屋に泊まる以上、ホアンさんが気にしているのは獣ではあるまい。


「……警戒が、必要でしょうか?」

「どうだろう。見ず知らずはお互い様だし、安全の保証はできないかな」


 言いながら、ホアンさんもあまり強く言っている様子はなかった。

 彼自身、あまりこうした経験はなく、判断しかねている様子だ。


「正直、明日から森の中を歩き回ることを考えれば、極力体力は温存しておきたいんですが……」

「わかった。なら、夜の見張りは僕に任せて」

「構いませんか?」

「ああ。その分、日中はのんびりさせてもらうから」


 夜の長い時間を一人で過ごさせることは申し訳ないが、本人が言い出してくれたこと。

 ゴーストのホアンさんは睡眠も必要ないし、お願いするとしよう。

 僕は改めてホアンさんに頭を下げると、よし、と立ち上がった。


「それじゃ、僕は薪を集めて、ついでに他の人たちに改めて挨拶しておきます。

 さっきはバタバタして名前も聞けなかったので」

「ポンモ! ポンモ、テツダウ!」


 ポンがぴょんぴょん跳ねながら僕に纏わりついてくる。


「うん。ポンも一緒に行こう。

 ホアンさんは――」

「ああ。僕はここで休ませてもらうよ」


 ホアンさんは行ってらっしゃいと手を振った。

 除け者にするようで少し気が引けるが、もう一度ここでトラブルを起こすわけにもいかない。

 今度、何かホアンさんの希望を優先して上げようと心に決め、僕はポンを連れて外に出た。




 暗い。寂しい。怖い。

 彼女は狭い檻の中で、静かに涙を流した。

 もうここに閉じ込められて、随分と経つ。

 お母さんに会いたいと大声で叫びたいのに、それさえできない。

 身体が痛いのはもう我慢できるけれど、胸の痛みはいつまで経っても消えない。

 羽をむしられ、喉を潰され、満足に動くことも、歌を歌うこともできなくなってしまった。

 例えここから出られても、もう前のように自由に空を舞うことはできない。

 母の名を呼び、抱きしめてもらうことはできない。

 だから彼女は暗闇の中、涙が枯れるまで泣き続ける。

 それだけが、唯一、彼女に残された自由だった。

 助けて。怖い。嫌だ。会いたい。お母さん。苦しい。寂しい。助けてよ。誰か――


 救いの手は、まだ来ない。




「バウ?」


 森の近くで枯れ枝を拾っていると、突然ポンが立ち止まり、あらぬ方向を向いた。


「どうしたの、ポン?」

「…………」


 僕の呼びかけにも反応せず、じっと立ち尽くしている。

 その視線の先には僕らが泊まる小屋があるだけだ。


「……ポン?」


 僕が近づいて顔を寄せても、ポンはしばらく反応しなかった。

 しかしやがて、どこか不安そうな表情で僕に鼻先をこすりつけ、ないた。


「クゥ~ン」


 まるで何故自分がないているのか、ポン自身にも分かっていないような声音で。

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