第48話 恩返しと怪しい奴ら①
「ふむ……」
「まだ悩んでるのかい?」
下宿で腕組みしながら考え込む僕に、どこか呆れた様子でホアンさんが声をかけてくる。
ロシュさんの依頼を終えてそろそろ一週間が経過した。
冒険者になって今まで走りどおしだったので、僕らは休息も兼ねて、買い物やDIYで身の回りを充実させながらのんびり過ごしていた。
「いや、どうしても少しバランスが悪いというか……」
僕が今悩んでいたのは、恩返しの話だ。
僕らもある程度冒険者としてやっていけるようになり、生活も安定してきた。
将来を考えればあまり贅沢も出来ないけど、それほど生活を切り詰める必要もない。
だからふと思ったのだ。
今までお世話になった方に恩返しをすべきではないか、と。
僕らが今まで特にお世話になった人は三人。
レザークラフト職人でドワーフのガルツさん。
大家で裁縫師のアニタさん。
食堂を経営しているドワーフのドルトさん。
この三人のほかにも『星を追う者』の皆さんにも命を救われたりしたが、彼らはどこにいるのか分からないし除外する。
ガルツさんには装備だけでなく、色々人を紹介してもらったし、アニタさんには生活全般お世話になっている。
ドルトさんには仕事がない時にバイトをさせてもらって、ボリュームたっぷりの賄いにお腹を満たしてもらった。
そうして思い返すと、ガルツさんに対してはあの店で装備を新調したり、結構上客になりつつあるのでトントンだろう。
アニタさんに対しても、この間娘のニアちゃんに縫いぐるみをプレゼントしたし、たまに甘味を差し入れている。
残るドルトさんなのだが……これが中々難しい。
よくドルトさんの食堂には食事をしに行くのだが、あの店は元々薄利多売なのであまり恩返しになっている気がしない。
忙しそうなら手伝いに入ることもあるのだが、そうするとバイト代を握らされてしまう。
つまりドルトさんに対してだけ、どうにも恩返しができていないのだ。
「そういうのは気持ちの問題で、向こうは別に気にしてないと思うよ?」
「分かってますよ。これはあくまで僕の自己満足です」
言われるまでもなく、彼らが見返りを期待していないことぐらい分かっている。
だが、自己満足だからこそ妥協したくないのだ。
「よし!」
立ち上がり身支度を整え始めた僕に気が付いて、ポンがトテトテと近づいて来る。
「ミレウス、ドコカイク?」
「ポンも準備して。悩んでても仕方ないから、ドルトさんのところに行ってみよう」
「どうした、いきなり? 最近困ったことはないかだと?」
昼下がりの暇な時間帯を狙ってドルトさんの店にお邪魔し、手土産の火酒を渡しつつ、僕は単刀直入に切り込んだ。
「いや、冒険者の仕事も落ち着いてきて少し暇なんですよ。
それでまあ、何かないかなぁ、と」
流石に、恩返しがしたいとは言えない。
ちなみに、ホアンさんはドルトさんがゴーストを苦手としているのでお留守番。
ポンはドルトさんに貰ったおやつを美味しそうに頬張っていた。
ドルトさんは、しばらく天井を見つめ考え込んでいたが、ああ、と気が付いたように口を開く。
「そういや、最近知り合いの猟師が引退してな。
いい獣肉が手に入らなくなってきてるんだ。特に鹿肉。
他の猟師を紹介してくれと頼んではいるんだが、少し時間がかかりそうでな……」
「へぇ? 猟師から直接仕入れてるんですか?」
「ああ。その方が安く済むし、余った皮やらはガルツの奴に回せるからな。
仕方ないから今は業者から仕入れてるんだが、どうにもな……」
ふむ、と僕はドルトさんの悩みを脳内で精査する。
猟場自体はこの町からそう離れてない場所にあったな。
経験はないけど、ファイター技能で弓は使えないこともない。
解体は……ミレウスの記憶を掘り返せば、血抜きとか一次処理ならできそうだ。
獲物を見つけられるかどうかはポンがいればどうにかなるかな?
(……うん。狩りの経験ってのを積んどくのも悪くないかもしれない)
その場で素早く決断した僕は、ドルトさんへの提案を口にした。
「ドルトさん。じゃあ、僕らが――」
「なるほどね。まぁ、たまにはこういうのんびりしたのもいいかもね」
猟場への道を、空の荷車を引きながら歩く僕の横でホアンさんが気楽そうに言った。
長閑で平穏な道のり。
いっそゴブリンぐらい出てくれても構わないぞ、とさえ思うが、出てくる気配はない。
まぁ、はた目から見れば僕らゴースト連れの得体の知れない三人組。
サル並みの知性があれば、普通ちょっかい出したりしないよな。
ポンは荷車に興味津々で、僕の歩みで上下する荷台に釣られて視線が上下している。
後で乗せて上げようか、いやそれは甘やかし過ぎかと悩みつつ、僕はホアンさんに答えた。
「狩りも冒険者の仕事の一つだし、ちょうどいいでしょ?
最初から魔物はハードルが高いので、まずは普通の獣で練習するっていうのも」
「まあそうかもね。
普通の獣だから簡単ってわけじゃないと思うけど、何事も経験だ。
やってみて、初めて足りないところが見えてくるものだからね」
それはそうだ。
新品の弓と矢筒を背負いながら、僕はホアンさんの言葉に同意する。
狩りなら弓は必須だろうと新たに購入したのだが、これが案外邪魔だった。
剣を振るうことを考えると、どうにもバタバタ揺れて気になって仕方がない。
今回は仕方がないにしても、普段から装備に組み込むのは難しいかもしれないな。
(まあ、こういうのも経験だよな。
邪魔なら戦闘の時だけ外して地面に落とせるようにするとか、色々やり方はあるかもしれないし。
先輩冒険者に話とかが聞ければいいんだけど……)
そもそも僕は基本コミュ障なので、親しくない人に話しかけるとか無理だ。
用事とか仕事なら別だけど、ちょっと話を聞かせてくださいとか、絶対に無理。
何だこいつみたいな目で見られたら、その日一日ブルーになって動けなくなる自信がある。
知り合いのパーティと言えば『星を追う者』とライルたちぐらい。
『星を追う者』は大物過ぎてとても話かけられないし、ライルたちは僕以上に頼りないし。
もう少し横のつながりを広げる必要があるんだろうな、とそのハードルの高さに溜息を吐いた。
(異世界に来ても、人づきあいの面倒臭さってのはなくならないもんだなぁ……)
と、そんなことを考えながら進んでいくと、道の先に広々とした森と、その手前に小屋が見えてきた。
「お。あれが、話にあった猟師小屋かい?
遠目だから少しサイズ感分かりにくいけど、結構しっかりした建物みたいだね」
「ですね。季節によっては二〇人以上の猟師が寝泊まりするらしいですから」
事前に情報収集していた猟師たちの拠点。
誰でも自由に利用することができるらしく、僕らも今日のところはそこで一泊して、明日から猟にかかる予定だ。
(ひょっとしたら、あそこで猟師さんから色々話を聞けるかもしれないし)
狩場とか狩りのコツとか。
それとも皆ライバルだからそういう話を聞くのは難しいのだろうか。
だったら自分たちで工夫してやらなきゃいけないよな。
とまあ、僕はそんな風に気楽に考えていたわけだ。
ここ最近、冒険者だったり、比較的懐の広い人たちとばかり会っていたから、そのことをすっかり忘れて。
自分たちに関する、ある意味最も致命的な問題。
数十分後、僕らは改めてそれに直面することとなる。
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