第51話 恩返しと怪しい奴ら④

「いいじゃないか、少しくらい」

「そうそう、ちょっと見るだけだって。別にちょっかいかけたりしないよ」

「ダメだ。下手に刺激して暴れられでもしたらどうする」


 朝僕らが身支度をして小屋を出ると、ガスさんが三人組の猟師と言い争いをしていた。

 いや、言い争いというよりは、ガスさんが一方的に絡まれている感じか。


「何なんです、あれ?」

「……ああ、おはようっす。ミレウス君とポン君」


 少し離れた場所でその様子を呆れたように見ていたアルトさんに声をかける。


「バウ! オハヨ!」

「おはようごさいます。それで……」


 間に入った方がいいのか、という意味を込めてガスさんたちに視線をやる。

 アルトさんは苦笑しながら手を横に振った。


「大丈夫っすよ。あれ、初めてのことじゃないっすから」

「そうなんですか?」

「そうっす。あの三人組、俺らも初めて見る余所者なんすけど、情報よこせってしつこいんすよ」

「へぇ……」


 余所者。この近辺の猟師ではないということか。

 僕はその言葉に違和感を覚えた。


「わざわざこんな――って言ったら失礼ですけど、この森に遠征ですか?」


 狩りをするなら近場の方が都合が良いはず。

 わざわざ遠くから来てどんな獲物を狩ろうというのか。


 アルトさんは僕の疑問を正確に理解して、小屋の近くの樹に鎖で係留された頑丈そうな馬車を指さす。

 荷台も鎖と錠前で厳重に施錠されていて、何が積まれているのか外からは全くわからない。


「いかにも何かありますって感じっしょ?

 多分あいつら、魔獣とか幻獣専門のハンターっすよ」


 それはつまり、昨晩話題に出たペガサスとかリンクスを狩ろうとしているということか。


「……それって、いいんですか?」

「どういう意味っすか?」

「ペガサスとかって、狩っても問題ないんですか?」


 密猟とかにあたるんじゃないのか。

 僕の疑問を、しかしあっさりとアルトさんは否定した。


「問題ないっすね。そりゃ、あまりいい顔する人はいないけど、ペガサスぐらいは普通に肉とか出回ってるっす」


 僕は思わず目を丸くした。


「そうなんですか?」

「そうっすよ。まあ、大抵は乗用で調教して、乗れなくなったのをバラす感じっすけど」


 元の世界では馬肉も食べたことのない身としては、正直食べる人間がいるとは想像できない。


「まずいのはせいぜいユニコーンとかの聖獣。

 あとは、ハーピーとかマーマンとかの亜人種ぐらいっすね。

 あいつらは独自の国を形成してるから、手を出すと外交問題になるっす」


 そこでふと、ポンと目があったアルトは、ポンの頭を撫でながら付け加えた。


「ポン君も大丈夫っすよ」

「バウ?」


 多分、この場合の大丈夫は、コボルトはどこにでもいるから、わざわざ狩る奴なんていないって意味なんだろうな。

 コボルトに国を作るような文化はなかったはずだし。


「俺らも命が惜しいし、無茶はしねぇって」

「そうそう。逆に何も知らない俺らがそこに迷い込んだりする方が問題だろう?」

「だから駄目だと言っとるだろう!」


 結局あのやり取りは、地元の猟師であるガスさんに魔獣の住処を教えろと言っているわけか。

 何となく状況を察するが、ガスさんの態度が多少頑なな気がするな。


「あいつら、グリフォンの住処を教えろって言ってるんすよ」

「……正気っすか?」


 動揺して思わず語尾がうつってしまった。


「どうっすかねぇ?」

「とても、グリフォンを相手どれるような腕があるようには見えませんけど」


 ゲーム上では相手の力量を推し量る判定は、冒険者として最も高いジョブLVに依存する。

 僕もLV4になって、大まかに力量を察することができるようになったが、彼らはせいぜい僕らと同格か少し上。

 鎧も薄いから、構成的にスカウト、アーチャー、ビーストテイマーあたりかな。

 グリフォンとぶつかれば間違いなく一蹴されて終わりだ。

 多少の小細工や道具が通用する相手ではない。


「多分、グリフォンそのものを狙ってるんじゃないっす。

 狙ってるのは、グリフォンの縄張りに住んでる他の魔獣っすよ。

 この森の魔獣は、大抵森の最奥、グリフォンの縄張りを住処にしてるっす」

「グリフォンが、他の魔獣を守ってる感じですか?」

「どうっすかねぇ……グリフォンだって他の魔獣を襲うことはあるみたいだし。

 単にそこが魔獣にとって過ごしやすい環境だってことなんじゃないっすか?」


 アルトさんはよく分かっていない様子で、曖昧に言った。


「ま、とにかく、そんな場所であんな連中にごちゃごちゃ動かれて、グリフォンを刺激されたらたまったもんじゃないってことっすよ」




「どうしたの? 何か浮かない顔だね」

「……そうですかね?」


 三日目の昼。

 僕らは一旦森の外に出て昼食をとっていた。

 メニューはジャーキーとドライフルーツ、硬い黒パン。

 お世辞にも上等とは言えない食事だが、ポンは美味しそうに食べている。

 また“俺”も元々食事には全くこだわりのない人間だったので、よくある異世界ものの、食に対する不満は全くと言っていいほど感じていなかった。

 何しろ、好きなものは単純な味のもの、嫌いなものは食べ慣れていないものという、実に貧相な舌の持ち主。

 慣れてしまえば、この世界の食生活に特に不満は持たなかった。

 ちなみに、味覚が鈍感な者でなく、鋭敏な者ほど、こういった感性を持つことが多いらしい。


 それはともかく。

 ホアンさんに指摘されて、僕は自分の顔をムニムニと揉む。

 特にそういった自覚はなかったのだが……


「狩りは順調だし、何か気になることでもあるの?」


 そう。ホアンさんの言葉通り、午前中に待望の鹿を一頭、そしてウサギを二羽仕留めることができた。

 持ち帰りのことを考えれば、昨日の分と合わせて既に十分な成果を上げている。


「う~ん……多分、朝のやり取りが引っかかってるんですかね?」

「あの魔獣専門のハンターのこと?」


 朝のやり取りの際はホアンさんは姿を消していたが、経緯は後から僕が伝えている。

 ホアンさんは何をそんなに気にする必要があるのか、といった表情だ。


「聞いた限りだと、特別揉めてたってわけでもなさそうだけど」

「そうですね。遠征してきた連中が地元の猟師に情報を聞くってのは普通のことだし、多少しつこかったみたいですけど、非難されるほどのことじゃない」

「だね。遠征までしてるなら、手ぶらじゃ帰れない。

 少し拒まれたぐらいで引き下がってちゃ、話にならないだろうからね」


 そう。ごく普通のやり取りだ。

 あの三人組の行動に後ろ暗い様子があったわけでもない。

 また、何かスカウト的な直感が働いたとかそんな話でもないのだ。


(……これがゲームのシナリオだとして、あんなあからさまなやり取りが僕に無関係なんてことが有り得るんだろうか?)


 単にゲームのシナリオだったら、あのやり取りはきっと何かの伏線だよね、というゲーマー的な発想に過ぎない。

 これは非常に良くない考え方だと、僕は自分を戒める。


(いや、ここはゲームシステムが働いてはいるけど、確かに存在する現実の世界なんだ。

 何でもかんでもゲームと同じように自分に関わりがあると考えるのは違うよな)


 この世界は僕を中心に回っているわけではない。

 その時は確かに、そう思ったのだ。




 数時間後。

 さらに一頭の鹿と、二羽の野鳥を仕留めて僕らは意気揚々と猟師小屋へ帰還した。

 小屋には既にアルトさんの姿があり、僕らに声をかけてくれた。


「お。今日はどうだったっすか?」

「良かったですよ。取り敢えず、目標には十分です。

 アルトさんはどうだったんですか?」

「いつも通りっす。俺らは決まった量の獲物がとれりゃ、その日はすぐに上がるっすから」


 ガスさんとアルトさんはあくまで獲物をとる役。

 数日に一度、獲物の運搬役が来るので、獲物はそちらに渡しているらしい。

 だから毎日、必要量の獲物だけを確保したら仕事を終えているそうだ。


「ってことは、まだガスさんは今日のノルマが終わってないってことですか?」

「そうっすね。あの人にしちゃ珍しいっすけど、こればっかりは運もあるっすから」


 その内帰ってくるっすよ、とアルトさんは気楽そうに笑った。


 しかし。その日、いつになってもガスさんが猟師小屋に戻ってくることはなかった。

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