第29話 ダンジョンとライバル②

「情報をよこせ。そうすりゃ、お前も俺らのダンジョン攻略に連れてってやるよ」

「…………」


 ニヤニヤと笑いながらリーダーのライルが指でちょいちょいと、僕に封書をよこせと指図する。


 彼らは以前、僕らがパーティを募集していた際にギルドから紹介された四人組だ。

 リーダーでファイター、まだやんちゃが抜けていない雰囲気の少年ライル。

 スカウト兼アーチャーで、いかにも優男といった風体のテッド。

 ウィザードで、とんがり帽子が特徴的な赤毛の少女、ファルファラ。

 戦神の神官戦士で立派な髭が特徴のドワーフ、ギド。


 絵に描いたようなバランスの良いパーティで、最初紹介された時は、素直に僕も喜んだ。

 彼らが口を開くまでは、だが。


 僕は無表情で彼らを見返すと、足元で威嚇しているポンの頭に手を置いた。


「行こう、ポン」

「……バウ」


 無視して僕らはギルドを出て行こうとする。

 が、その行く手をテッドが回り込んで遮った。


「おいおい。こっちが親切で話しかけてやってるのに、何無視してんだよ」


 自分たちの優位を疑っていない顔だ。

 ちらりと周りを見渡すが、周囲の冒険者もギルド職員もこちらに無関心だ。

 これぐらいのいざこざは日常茶飯事、自分たちで解決しろ、ということか。


 ちょうどいい。僕はニコリと笑って口を開いた。


「ああ、悪かったね。

 羽虫の言葉は分かりづらくて、まさか話しかけられているとは思わなかったんだ」


 僕の皮肉に、彼ら――ライルとテッド――の表情が歪む。


「何だと……? 羽虫ってのは、まさか俺らのことか? ああ?」


 怒気を込めたライルの言葉に、僕は笑みを深くした。


「ああ。甘い餌があればそれにホイホイたかることしかできない、品のない君らにはピッタリだろう?」

「……おい。コボルト野郎が、ちょっと上手く行ってるからって調子に乗ってるんじゃねぇぞ」


 ライルが僕に詰め寄り、顔を寄せてメンチを切ってくる。

 本当にチンピラだな、と僕は失笑した。


「息が臭い。その汚いツラ、人様に近づけんじゃねぇよ」

「っ!」


 僕に掴みかかってきたライルを、流石にここで暴力沙汰はまずいと思ったのか、ギドが止めに入る。


「ちっ! 離せ! こいつ俺のことを……!」

「やめんか! こんな場所で血を流す気か!」

「……くそっ」


 ライルが忌々しそうに吐き捨てる。

 その間に、僕の後ろからテッドが馴れ馴れしく僕の肩に腕を回してきた。


「おいおい。あんまり粋がるなよ。

 まさかお前らだけでダンジョンを攻略できるなんて考えてるわけじゃないだろ?」

「さぁ? 少なくとも、そこに辿り着けない連中よりはマシじゃないかな」

「……ああん?」

「情報が欲しけりゃ、自分たちで買ったらどうだ?

 どうせその金もないから、こうして人様にたかることしかできないんだろ? 羽虫野郎」


 僕の指摘が図星だったのか、テッドの顔が怒りと羞恥で赤く染まる。


 ルシアさんが最初から僕らに情報を売ろうとしたなどと、僕は思っていなかった。

 新米だろうと、実力で言えば僕らより頼りになるパーティはいくらでもある。

 恐らくライルたちにも事前に話を持ちかけていたのではないか。

 だが、僕ら以外の駆け出し冒険者は、ダンジョンの情報を買う資金がなかった。

 恐らく、先般の行方不明事件の影響で依頼が受けられず、懐具合が厳しかったのではないだろうか。

 ダンジョン内の危険の排除が目的なら、ギルドもタダで情報を渡せばいいと思うかもしれないが、そこはギルドも商売だ。

 期待度は低くともダンジョンの情報であり、財宝が眠っている可能性がないわけではない。

 安価、ましてやタダで情報を渡すことは、他の案件への波及を考慮すれば難しいだろう。

 

「……コボルト野郎が、あんま調子乗ってると痛い目見るぞ?」


 テッドが僕の肩に回した腕に力を籠め、凄んでくる。

 僕はそれを無表情で見返し、吐き捨てた。


「何度も言わせるな羽虫。息が臭いんだよ」

「……っ!」


 一触即発の空気が漂う。


「も、もう! ライルもテッドも止めなよ!」


 ウィザードの少女が慌てた様子で止めに入る。


「二人とも、何でそんな失礼な物言いしかできないの?」

「……ちっ」


 テッドが舌打ちして僕から離れる。

 ライルは不満そうにファルファラに反論していた。


「ファル。お前だって、手伝ってやろうって言ったら賛成してたじゃねぇか?」

「そ、それは……ほら、三人だけでダンジョンとか危ないから……」


 ちらちらと僕とポンを見ながらファルファラはしどろもどろになって言う。

 その様子だけ見れば非常に愛らしいのだが、『三人』と人数カウントを間違えている時点で僕の好感度はストップ安だった。


「前も二人が失礼なこと言って怒らせちゃったし……お詫びが出来れば、って……」

「だから手伝ってやるって言ってるんじゃねぇか」

「も、もう……だからもう少し言い方ってものがあるでしょ?」

「何で俺らが、あんなコボルト野郎に下手に出なきゃならないんだよ」

「コボルト野郎って、そんな言い方止めなよ……あっ」


 彼らが言い合いを始めた瞬間、僕らは踵を返してギルドを出て行った。

 後ろから寂しそうな声、そして罵声が聞こえた気がしたが無視だ。

 これ以上あんな連中に付き合ってられるか。




「…………」

「…………良かったの?」


 ギルドを出て通りを暫く歩いたところで、空中を漂っていたホアンさんが口を開いた。

 ゴーストがこんな場所で出てきていいのかとも思うが、町の人たちは特に気にしていない。

 彼がこの町に来た初日こそ多少驚かれていたが、今では町の人も慣れたものだ。

 レイヴァンの住人、懐が広すぎだろうと思わなくもない。


「……何がですか?」

「……まぁ、君がいいならいいんだけど。

 君、ポン君が絡むとホントに沸点が低いね」


 ねー、とポンに同意を求めるホアンさん。

 ポンは意味が分からず、バウ、と首を傾げていた。


 ホアンさんの指摘に思うところがなかったわけでもないが、反論すれば泥沼なので黙り込む。

 ホアンさんは少し面白がるように聞いてきた。


「で、彼らは知り合いなの?」

「……一応。前、ギルドからパーティを組んでみないか、って紹介されました」

「ああ。それで、ポン君を見てコボルトなんかと組めるか、って言われて決裂したわけだ。

 コボルト野郎ってのは、コボルトと組むような軟弱者、って言いたいのかな?」

「…………」

「ああ、分かった。分かったからそんな怖い目で睨まないでよ」


 改めて人から言われると腹が立つ。

 僕はポンの頭を撫でて、湧き上がる怒りを宥めた。

 ポンの何も分かっていなさそうな円らな瞳が僕を癒してくれる。


 ホアンさんは、そんな空気を読まず、更に呑気な声音で続けた。


「でも、あの男二人はともかく、とんがり帽子の女の子は可愛いかったじゃない?

 男の子としては、ああいう可愛い子と冒険してみたいとか思わない?」

「思いません」

「あれ? でも君のこと意味ありげにチラチラ見てたし、脈有りかもよ」

「ないですね。そういうモテない男の勘違いみたいなの、やめてくれません?」

「え~? でも僕が妻と出会ったときは、あんな感じで僕の方を見ててさ」


 何かムカつく昔語りが始まったので無視する。

 女のそういう仕草なんて一〇〇%男を勘違いさせるためにあるんだ。

 それとも何か、モテる男だったら勘違いじゃないってことか?

 結局顔が良ければ許されるのか?


「……とっとと消滅すればいいのに」

「え!? 今なんでいきなりガチな声でそんなこと言うの!?」

「……ポン、頑張ろうね?」

「バウ! ガンバル!」

「ねぇ! 無視しないでよ!?」


 爆発したところでゴーストは消えない。

 それが酷く鼻についた。

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