第28話 ダンジョンとライバル①
「ミレウスさん。ダンジョンの情報、購入してみませんか?」
「……ダンジョン、ですか?」
ギルドの受付で、ギルド嬢のルシアさんからされた提案に、僕は首を傾げた。
「ええ。実は初心者向けのダンジョンで、ちょうどいいのがあるんですよ。
古代オルステラ帝国時代の遺跡で、地震の影響で埋まっていた建物の入り口が見つかったそうなんです」
「……はぁ」
「あら、反応が鈍いですね」
僕の食いつきが悪いことに、ルシアさんは少し不満そうに頬を膨らませた。
だが、いきなりダンジョンと言われても、正直どう反応していいのか分からない。
「いくつか分からないことがあるんですけど、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
「じゃあまず、発見者はどういった方なんですか?」
「その遺跡の近くに住む、農家の方です。
その方からギルドに情報提供があって、ギルドの調査員が現地を確認して未発掘のダンジョンと認定しました」
なるほど、そういった経緯なら入ってみたら既に攻略済だったという可能性は低そうだ。
「じゃあ、初心者向け、というのはどこで判断したんです?
未発掘なら、当然中は確認してないんでしょ?」
「入り口の様子などから、貴族の屋敷のような価値の高い施設ではなさそうだった、ということです。
危険度ではなく、期待される実入りからの判断ということですね」
「なるほど。じゃあ、入ってみたら中に狂暴な魔物が住み着いてました、って可能性も?」
「ありますね」
笑顔で、それが何かと言わんばかりに肯定するルシアさん。
少々乱暴な気もするが、それが怖いなら冒険者などするなと言うことだろう。
現実問題、都合よくプレイヤーのLVに合わせたダンジョンなど、ゲームならともかく現実にそうそうあるはずがない。
古典のRPGなら、LV1でも一定確率でドラゴンとランダムエンカウントすることもあるわけだし。
「これ、ギルドが情報を提供する目的は、遺跡内の危険の排除ってとこですか?」
「冒険者の方々に適切な情報を提供し、有益な活動をして頂くことが、ギルドの目的です」
笑顔のまま即答したルシアさんだが、これは実質僕の質問を肯定したようなものだな。
恐らく、ギルドはその発見者から遺跡に危険がないか調査して欲しいと依頼を受けたのだろう。
だが、その遺跡は調査してもそれほど実入りの良さそうなものではなく、中堅以上の冒険者は相応の金銭を払わないと動かせない。
そこで、駆け出し冒険者に情報提供して、調査及び危険の排除をさせようといったところか。
僕としては、それなら情報料を安くしろと、この後の話に繋げたかったのだが、中々言質を取らせてくれない。
「この話を僕らに持ってきた理由は?
僕ら、まともにギルドから依頼も受けさせて貰えない半端者なんですけど?」
僕の足元でキョロキョロとギルド内を観察していたポンの頭を撫でて、少し嫌味っぽく言う。
しかしその質問は予想していたのか、ルシアさんはむしろ待っていたばかりに微笑んだ。
「その状況を変えたいと、思いませんか?」
「……ああ。つまりはダンジョンを攻略したという実績を作れ、と?」
僕の回答に、ルシアさんはよくできましたと言わんばかりの表情で頷いた。
「先日のソートの村の一件で、ギルド内でミレウスさんたちの評価は高くなっています。
単純な成果ではなく、その過程も含めて。
搦手が使える冒険者というのは、案外貴重ですから。
ですが、依頼を受けるとなると、三人組というパーティ構成が――」
「二人です」
「えっと……」
ルシアさんの視線が困ったように僕の頭上のゴーストを捉えるが、僕は改めて言い切る。
「二人です」
「……そんな邪険にしなくてもいいじゃないか」
ホアンさんのいじけた声が聞こえるが無視する。
この人のせいで僕はギルド内で『憑かれた男』だの『魔物使い』だの不本意な二つ名で呼ばれてるんだ。
ルシアさんはこほんと咳払いし、気を取り直して続けた。
「つまり少人数のパーティ構成がネックとなっているわけです。
それに、ポンさんがコボルトだということも――」
「要点をどうぞ」
強い口調で先を促す。
僕の視線を受けて、ルシアさんは何事もなかったように続けた。
「そうしたネックがあろうと、問題なく仕事をこなせるという実績さえあれば、それは解決します」
「つまり、このダンジョンを攻略することが、僕らにとっての試験のようなものだと?」
「そう考えていただいて結構です」
「……ちなみに、お値段は?」
ルシアさんが告げた金額は、僕らの懐具合からすれば出せなくもない、絶妙な金額だった。
上手くいけば十分元が取れそうだし、そうでなくとも今後への投資と考えれば決して高くない。
仮に攻略を失敗したり、実入りがなかったとしても、すぐに生活に困ることもない。
(いや、考えるポイントがずれてるな。
考えるべきは、僕らにダンジョンを攻略する能力があるか。
そして、これを断ることができるかだ)
能力については、ダンジョンの難易度も分からないし、やってみないと分からないというのが正直なところだ。
ただ、リスクを最小に抑える方法はあるし、試してみる価値はあるだろう。
問題はもう一つ。
この話を断った場合、今後このギルドでの活動に支障がでないか、という点。
あからさまに冷遇されることはないと思うが、そもそも僕らは地位を向上させていかなければならない立場だ。
ギルドに非協力的な姿勢をとって、今後ギルドが僕らに仕事をくれるとも思えない。
となれば、ここで冒険者として活動していく以上、これは避けて通れない話なのではないか。
ポン、ついでにホアンさんに視線をやる。
二人とも僕に任せるといった表情だ。ポンは何も分かってないだけかもしれないが。
「……もう一度確認させてください。
このお話を受けて、ダンジョン攻略を成功させたとして。
その場合、ギルドは僕らを一定の能力を満たした冒険者と判断して、依頼を与えてくださる、と?」
敢えてあからさまな表現で確認を取る。
ルシアさんは少し驚いた表情をして、しっかりと頷いた。
「分かりました。情報を買わせていただきます」
「ありがとうございます」
それでは、とルシアさんは封書をそっとこちらに差し出してきた。
「こちらがダンジョンの情報になります」
「代金は?」
「ギルドに預けていただいている口座から引き落とさせていただきます」
現代日本と違ってハンコもサインもいらないらしい。
いや、組合の口座なんて、あっちでも似たようなものか。
僕が封書を受け取ると、ルシアさんは真面目な顔で付け加えた。
「ダンジョンは何が起こるかわかりませんから、くれぐれも無理はなさらないでください。
仮に攻略を失敗したとしても、ミレウスさんたちの評価が下がることはありませんから」
「そりゃ、下がるほどの評価がないですからね」
「まぁ」
僕が冗談めかして言うと、彼女は口に手を当てて笑った。
「無理はしませんよ。ポンもいますからね」
「バウ?」
不思議そうに首を傾げるポンの頭を撫でながら、ダンジョンへの期待に思わず笑みがこぼれる。
「いったん帰ってこいつの中身を確認しよう。
それから必要な物資の買い出しだ。忙しくなるぞ」
「バウ! ガンバル!」
「うんうん。僕も多少は経験があるから、協力できると思うよ」
僕はルシアさんに軽く頭を下げ、ギルドを出ようとした――その時。
「おい、お前! お前じゃダンジョンは荷が重いだろ。
俺らが手伝ってやるよ」
突然背後からかけられた声に、何事かと振り返り――僕とポンは嫌悪に表情を歪めた。
特にポンは、珍しく牙を剥き出しにして威嚇している。
そこにいたのは四人組の冒険者。
メンバーの大半が若く、また装備から駆け出しだというのが見て取れた。
「コボルト連れの雑魚じゃ、お遣いで精一杯だろうからな」
リーダーの戦士が、厭味ったらしく僕らにそう告げる。
「……ライル」
顔見知りだった。二度と見たくもないと思った顔ではあるが。
以前、パーティを募集していた際に、ギルドから紹介を受けた僕らと同じ新人パーティ。ポンを侮辱した連中だ。
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