第30話 ダンジョンとライバル③

 目的のダンジョンはレイヴァンから徒歩二日ほどの距離にある。

 カルネという、村とさえ呼べない小さな集落。その近くにそびえ立つ岩山でそれは見つかった。

 ある日地震で岩山の頂上が崩れ、近くに住む農夫が様子を見に行くと、そこには岩山の中へと通じる階段があった。

 中の様子は暗くて分からず、またこの階段がどこかに通じていて、おかしなものが棲みついていても困る。

 そう考えた農夫は冒険者ギルドに通報した。


 派遣された調査員の報告では、遺跡自体は使われている技術や劣化の具合から見て三〇〇年ほど前のもの。

 地形の変化などで岩山の中に埋もれてしまっていた遺跡の一部が、地震で顔を出したのだろう。

 それなりの広さはありそうなのだが、一方で遺跡の造り自体はその年代の建物としても荒い。

 要は、調査に手間がかかる可能性が高く、分かりやすい財宝は期待できないだろう遺跡。

 いい点と言えば、その分、罠や魔法生物のガーディアンなどが仕掛けられている可能性も低いことぐらい。


「まあ、重要度が高い遺跡は、その分だけやはり危険度が高いものだからね」


 ダンジョンへの道すがら、何度か冒険者と臨時パーティを組んでダンジョンへ潜ったことがあるというホアンさんが解説をしてくれる。

 退屈な道のりなので、こうした話が案外気晴らしになって助かっていた。


「しかし、埋もれた遺跡ってことは、少し厄介ですね」

「そうかい?」

「ええ。ホアンさんに透過して中の様子を調べてもらうっていう裏技が使えない」

「……そんなこと考えてたの?」


 呆れたように僕を見るホアンさんの視線を無視して、僕はわざとらしく嘆いた。


「まさかとは思いましたが、ゴーストなのに暗視ができないとか」

「いや、ユーリの時も思ったけど、君はゴーストを都合よく使い過ぎじゃないか?」

「やっぱりポンだけが頼りか。ポンは暗視できるもんね~?」

「バウ! マカセテ! ポン、タヨリニナル!」


 ホアンさんを揶揄いながら、和気あいあいとした旅程。

 ふと、ホアンさんが前を向いたまま何気なく呟く。


「そういえば、放っておいていいの?」


 何を、とは口にしない。

 僕もポンもとっくに気づいていた。


「早めに対処した方がいいと思うけど?」


 試すような口ぶり。

 僕は面倒くさそうに嘆息した。


「ここじゃ惚けられて終わりですよ」

「ま、それもそうだね」


 僕は少し冗談めかして付け加える。


「それに、いざとなればホアン爆弾がありますから」

「爆弾って……まぁいいけど」


 失礼な物言いに反論もしないあたり、ホアンさんも少し怒っていたのかもしれない。




「バウ! ココ! ココ、イリグチ!」

「はぁ……ポン、元気だね」


 情報にあった岩山の頂上から少し下った場所で、ポンがいち早く入り口を見つけ僕を呼んでいた。

 一方の僕は、それほど大きくはないが荷物を背負っての岩場有り、藪ありの登山に少し息切れしている。


「もう少し、小さな、裏山的なものを想像してたんだけど……」

「これは、結構深い遺跡かもしれないね。

 ……この辺りは旧帝国時代、町があったって話は聞かないんだけどな」


 体力を消費しないゴーストは涼しい顔だ。

 僕はポンに近づくと思い切り耳の下をわしゃわしゃと撫でた。


「よーし、よし! ポン、偉いぞ~」

「バウ!」

「さて……ああ、階段だね」


 僕は息を整えながら、足元に覗く石造りの階段を見下ろした。


「結構深いな……全然先が見えない」

「ミレウス君、ちょっとここ掘ってみてくれる?」


 ホアンさんが少し離れた地面を指さしている。

 何事かと思ったが、経験者の言葉。素直にロープを固定するための杭を使って、その場所を掘ってみた。

 すると数センチも掘らないうちに、階段と同じ石積みが顔を出す。


「あれ、ここも……遺跡の上ですか?」

「そうだね。しかもこれ造りは荒いけど、かなり頑丈そうだよ」

「どういうことです?」

「う~ん。いくつか想像できることはあるけど、まだ判断するには情報が少ないかな。

 あまり先入観を持たせてもよくないし、まずは潜ってみようよ」


 そう言って彼は僕をじっと見る。

 何事かと思うと、ポンも同じように僕をじっと見ていた。


(……あ。そうか、リーダーなんだから、僕が指示を出さないと)


 このメンバーでのダンジョン攻略法は予め考えていた。


「隊列はポン、僕、それからホアンさんの順で。

 基本は前列でポンが罠の有無、索敵をしながら進んで、敵がいれば僕がスイッチします。

 ホアンさんは後方の警戒をお願いします」


 僕はしゃがみ込み、ポンと視線を合わせて続けた。


「ポン、君がこの探索の要だ。一番危険な役割だけど、頼めるね?」

「バウ! マカセル!」


 ポンは尻尾をはち切れんばかりに振って、力強く答えた。

 その様子をホアンさんがニヤニヤしながら見ている。


「……何ですか?」

「いや~。ここでも過保護を発揮するようなら、一言言わなきゃと思ってたけど」

「……無駄な危険に晒すつもりはありません。

 でも、頼るべきところで頼らないのは、ポンに対する侮辱でしょう」

「……へぇ。いや、ちゃんとわかってるならいいんだ」


 偉そうに言ったが、そのことに気づいたのは、ここ最近、張り切って動き回るポンを見てからだ。

 役に立ちたい、自分に頼ってくれと言うように、全身でアピールしていた

 これで気づかなかったら、僕はポンを馬鹿にした連中と変わらない。


「それより、ホアンさん。後ろは任せますよ?」

「ああ。君たちは遺跡の攻略に全力を注いでくれればいい」


 ホアンさんはちらりと視線を山の麓の方に向ける。


「それじゃ、ポンこれを」

「バウ!」


 僕はランタンに火をつけてポンに手渡し、僕自身も松明を左手に持つ。


「じゃあ、慎重に行こう。

 無理する必要はないし、危険は極力避けて行こう。いいね?」

「バウ!」

「うん。命あっての物種だからね」


 ホアンさんのブラックジョークにクスリと笑って、僕らは一歩一歩慎重に遺跡の階段を下りて行った。




「あいつら、この辺りで……」

「おい! こっちだ!」

「見つけたか!?」

「へへ、見ろよ……ここだ」


 テッドが得意げに発見した遺跡の入り口を指し示す。


「よし、ダンジョンさえ見つかれば、コソコソする必要はない。

 とっとと行こうぜ」


 勢い込んでそのまま階段を下りようとするライルに、ぐずる様にファルファラが訴えた。


「ね、ねぇ……いいのかな? こんな横取りみたいなことして」

「へっ。大丈夫だよ。どうせあいつらじゃ攻略なんてできやしないんだ」

「そうそう。どうせ失敗するんだから、俺らが攻略してやった方が世のためだろ?」

「でも、ギルドの人にこんなこと知られたら……ねぇ、ギドさん?」


 常識人のドワーフに望みをかけて訴える。

 だが、ファルファラは、この件に関するギドのスタンスを見誤っていた。


「あの薄汚い犬っころがうろつき回っては、遺跡そのものが腐ってしまう。

 早く排除せねばな」

「ああ~、もうドワーフは……!」


 コボルトは銀を腐らせる魔力があると言われ、ドワーフに忌み嫌われていた。

 実際、それはただの迷信に過ぎないのだが。

 ファルファラからすれば、どうしてあの可愛い生き物を嫌ったり馬鹿にしたりできるのか理解できない。


「行こうぜ!」

「あっ、ちょっと待ってよ! まだ準備も……もう!」


 準備もそこそこに、先を争うようにダンジョンに入っていくライルとテッド。

 ファルファラは『光源』の魔法を唱え杖の先に明かりを灯し、ギドと共に慌てて後を追った。




※一般的な駆け出し冒険者パーティは、ダンジョン攻略のノウハウなど持ち合わせていない。

 自分たちで何度も失敗を繰り返し、試行錯誤の末に学んでいく。

 先人たちの経験談に触れる機会など、そう多くはないのだから。。

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