第24話 幽霊少女の憂鬱⑥
「ミレウス! アシアト、マガッテル!」
地面を四つん這いになって確認していたポンが、こちらを振り返って言った。
僕も地面に顔を近づけ、ポンが示す足跡を確認する。
「……確かに。ここから森に向かってるな。
よく見つけたね。偉いぞ、ポン」
「バウ!」
ポンの頭を撫でながら、僕は視線で足跡の先、森の奥を見据える。
(……ここまで平地を歩いてきてるってことは、敵のアジトは近いんじゃないか?)
「ユーリちゃん」
僕の呼びかけに、ユーリちゃんが上空から降りてくる。
「上から、あっちの方角に何か見えないかな?」
『――――』
ユーリちゃんは僕の言葉を理解して、再び上空に昇って僕が指さした方角を確認してくれる。
数秒で彼女は戻ってきた。
表情を見るに、少し興奮している。
「何か見えた?」
『――――!』
こくこくと頷いて肯定している。
「よし、じゃあ僕の質問に手で〇か×を作って答えてくれるかな?」
ユーリちゃんは両手で大きく〇を作ってくれた。
「アジトみたいなものが見えた?」
手の形は〇だ。
「うん、じゃあそれは洞窟とか自然物?」
おや、×か。
「じゃあ、小屋か何か?」
〇か。ということは誰かが放棄した小屋か何かがあったのだろうか。
わざわざこんな場所に建物を建ててまでアジトを作ったりはしないだろうし。
「その建物の外には人がいた?」
〇だな。
「見張り役か。じゃあ指を立てて教えてほしいんだけど、それは何人?」
二本、二人か。
外にいるのが二人だけなら、仮に見つかったとしても逃げ出すぐらいなら何とかなるかな。
(さて……ある意味、最低限の役割はもう果たしたわけだけど……)
ここで引き返して、村からの救援に場所を伝えるのが、リスクの少ない方法だろう。
だが、それでこの面倒な同行者が納得するとは思えない。
僕はその場の三人に視線を巡らし、どうすべきか思考を巡らせた。
(まずは偵察……見つからないことより、見つかってもリカバーできる方法を考えるべきかな。
そう考えると、ポンだと足が遅いから逃げきれない可能性がある。
で、この状況で一番厄介なのが……ホアンさんだ)
「……まず、僕とユーリちゃんで偵察に行きます」
僕は方針を三人に告げる。
それを聞いたホアンさんとポンの表情は不安そうに歪んだ。
「ユーリと、君だけで? それなら僕も――」
「あなたは斥候の訓練を受けてないでしょう?」
まずこの時点で、ホアンさんは偵察の役に立たない。
「僕とポンは初歩ではありますが斥候の心得があります。
ユーリちゃんなら姿を消せるし、物音も出ない」
「だけど……」
「僕の指示に従うという約束でしたよね?」
「…………わかった」
ポンが僕の袖をくいくいと引いて、不安そうに首を傾げる。
「ポンハ? ツイテクノ、ダメ?」
斥候役が増えれば、敵に見つかる可能性が高くなる。
それに万が一見つかれば、足の遅いポンでは逃げ切れないだろう。
素直にそう言ってもポンは納得しないだろうし、下手をすれば着いてきてしまうかもしれない。
だから僕はしゃがみ込み、視線の高さをポンと合わせてお願いする。
「ポンには大事な仕事があるんだ」
「シゴト?」
「そう。そこのホアンさんが、ついてこないように見張っててほしいんだ」
「お、おい。僕はそんなこと――」
抗議するホアンさんを、僕は一睨みして黙らせる。
「人助けって大義名分があると何するか分からない人だからね。
ついてこられると僕らが危険だから、ポンに見張っててほしいんだよ」
「ウウ……」
ポンは不満そうに上目遣いでこちらを見る。
僕はその理由が分かっていた。
「もちろん、ホアンさんには近づかないようにね。
万が一、彼が森の中に入ったり、ポンに近づいてきたら大声で僕らを呼んで」
「……バウ、ワカッタ」
観察していて気付いたことだが、ここ数日、ポンはホアンさんには近づこうとしなかった。
僕と離れること以上に、彼と二人きりになることを嫌がっているのだ。
ホアンさんは僕らのやり取りを心外そうに、目を白黒させながら見ていた。
「ということです。ここで叫べば恐らく賊にも聞こえるでしょうし、人質の身の安全も危うくなります」
「き、君という奴は……」
「わかったら、大人しくしておいてくださいね」
「…………」
黙り込むあたり、やはりコッソリ付いてくることを考えていたのか。
「じゃあユーリちゃん、よろしくね」
『――――』
彼女の表情は、僕らのやり取りに苦笑しているように見えた。
実のところ、僕は自分のスカウト技能に全く期待していない。
LV1で何か専業スキルを取得しているわけでもなく、本当に全くの素人よりはましといった程度のもの。
それでも偵察を試みたのは、こんなすぐ見つかる場所にアジトを構える賊は、警戒心もそれほど高くないだろうという希望的観測。
そして何より、ユーリちゃんの存在が大きかった。
森の中、姿勢を低くし、敵と遭遇しないよう聞き耳を立てながら慎重に進む。
「……ユーリちゃん。アジトが見える位置が近づいてきたら、合図してくれる?」
小声でユーリちゃんにお願いする。
アジトが見えるということは、相手からもこちらが見える可能性がある。
そこからはより一層慎重に行動する必要があるだろう。
体感的に二〇〇メートルほど進んだ辺りで、ユーリちゃんが僕の前を手で遮った。
アジトが近いという合図だろう。
「……ありがと」
『――――』
どういたしましてと笑う彼女に笑みを返し、僕はより一層体勢を低くして――と。
(……何だこれ? 紐、か?)
立ち止まり視線を下げたタイミングで、ちょうど目の前、膝ほどの高さに細い紐が張られていた。
紐に沿って視線を横に這わすと、そこには木の板が吊られている。
(――って、あぶな。これ鳴子じゃないか……!
うわ、しまった。僕、罠感知宣言するの忘れてた!?
これそのまま進んでたら完全に引っかかってたぞ……)
胸中で冷や汗を流し、思わぬ幸運に胸をなでおろす。
僕は改めて、鳴子を作動させないよう慎重にまたぎ、進んだ。
(これがユーリちゃんが言ってた小屋か……)
森の中に、ぽっかりと開けた空間が広がっていた。
僕は森の端ギリギリまで近づき、その場所の様子をうかがう。
そこには木製の粗末な、けれど比較的大きな小屋が二つ、並んでいた。
手前の小屋の前には、武装した男が二人、地面に座って談笑している。
距離があるので何を言っているのかは分からないが、あまり警戒している様子はない。
奥の大きな煙突のある小屋は、手前の小屋よりボロボロで、既に使われていないのではないだろうか。
(放棄された炭焼き小屋と、その休憩所ってところかな?)
使わなくなり、忘れられた小屋に賊が住み着いた、といったところだろうか。
さて、ここからが偵察の本番だ。
僕は小声で主役に声をかけた。
「……ユーリちゃん。あの小屋の中の様子を見てきてほしい。
人数とか、中に女の人がいるかとか……いいかな?」
『――――』
彼女は予め予想していたのか、力強く頷いて姿を消した。
(おお……分かってはいたけど、ゴーストの偵察とか防ぎようがないな
これ、ゲームだったら間違いなくバランスブレイカーの禁じ手だぞ)
改めて彼女がこの場にいた幸運に感謝する。
僕は息をひそめて、小屋の周りの地形を確認しながら、彼女の帰還を待った。
『――――』
ユーリちゃんが戻ってくるまでにかかった時間は、恐らく二分ほどだったろう。
再び姿を現した彼女に、僕は小声でおかえり、と言った。
「……早速だけど、手前の小屋の中に敵は何人いた?」
ユーリちゃんは両手で指を六本立てる。六人、見張りの二人と合わせて敵は八人か。
「女の人は中にいた?」
〇か。うん、ここで間違いなさそうだな。
「……ん? 何、三本指って……女の人が三人いるってこと?」
こくこくと頷くユーリちゃん。
ということは、他にも攫われた女性がいたということか。
あとは……聞きたくはないが、聞いておこう。
今更だが、これもあるからあまりユーリちゃんに見せるべきではなかったのかもしれない。
「女の人は大丈夫そうだった?
元気だったら〇、その……ひどいことをされてるようなら×で」
僕の予想に反して、ユーリちゃんは力強く大きな〇を作った。
おお……この反応は、乱暴はされていないということか。
(乱暴されてないってことは……どこかに売りつけるつもりなのかもな。
ということは、あんまりのんびりしてると、どこかに移動する可能性もあるわけだ)
最悪、別動隊がいてそれと鉢合わせする可能性まであるな、と思考を巡らせる。
「そうだ。奥の小屋に人はいた? 人が使ってる様子はあった?」
×か。うん、とりあえずこの場にいる敵は八人と。
(……乱暴されてる形跡がないのは重畳。
ただ、攫われた人が三人ってことは、救援がきて人数が揃うと、攫われた人を盾にされる可能性が高い。
さて、どうしたもんかね……)
僕はユーリちゃんを連れて森の外に戻りながら、決して良いとは言えない状況に思考を巡らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます