第25話 幽霊少女の憂鬱⑦
森の外まで戻った僕は、ポンとホアンさんに情報を共有した。
また、それと同時に僕はあの場では聞けなかった細かな点についてユーリちゃんに確認を取る。
ホアンさんは、ひょっとしたら女性にとって悲惨な光景が広がっているかもしれない場所を、ユーリちゃんに確認させたことについて微妙な表情を浮かべていたが、話がこじれると判断したのか文句は口には出さなかった。
「女性が無事ということは、状況はそれほど悪くないようだね」
ホアンさんにとっては、まずそこが第一なのだろう。
だが、彼女たちを救出する側としては、そうとばかりも言っていられない。
「ええ。でも他に攫われた人がいるとなると、余計救出が難しくなりますね。
救援がきても、単純に戦力が揃えばどうにかなるという話じゃなくなってしまう」
「……確かに。こういう時はウィザードでもいれば便利なんだけどなぁ」
呪文の多様性では群を抜く叡智魔法の使い手を引き合いに出し、ホアンさんは溜息を吐いた。
確かに広域制圧型の呪文と言えばウィザードだが、いないものは仕方ない。
村からの救援に都合よくそんな人間がいるとも思えないし。
「それと、どこかに売り飛ばすつもりなら、攫われた人は近いうちに別の場所に連れていかれるでしょうね。
救援がくるまで、最低でも一日以上あるでしょうから、間に合わない可能性もあります」
「しかし……敵は八人、しかも人質が三人か」
圧倒的に不利な現実に、救出推進派だったホアンさんもどう動くべきか分からないでいる。
しかし僕はあっさりと宣言した。
「夜を待って救出に向かいましょう」
「……は? ちょ、ちょっと待ってくれ!?
戦力的に僕らじゃ厳しいと言っていたのは、君だろう?」
「それは正確な戦力が分かる前の話ですよ」
困惑するホアンさんに、僕は肩をすくめて続けた。
「攫われた人間が三人もいれば、仮に見つかったとしても敵は全員では追ってはこれないでしょう。
それに彼女たちを売り飛ばすつもりなら、奴らが追い詰められない限り、彼女たちが傷つけられる可能性は低い。
やりようによっては、リスクは最小限で済みます」
「だ、だが、現実的に八人もの敵をどうやって……」
「そこはホアンさんの出番です。ホアンさん『――――』の魔法は使えますか?」
「あ、ああ。使えるし、全力なら一度で無力化できるかもしれない。
だが、そもそも射程は短いし、人質を巻き込みかねない状況で使えるような魔法じゃないよ?」
「十分です」
僕は視線をユーリちゃんに移した。
彼女はわかっていますと言いたげに、可愛らしくふんすと鼻の穴を膨らませた。
『――――』
「この通り、僕らには誰よりも頼りになるユーリちゃんという切り札があります」
「ユーリ、が?」
「ええ、その実力はたった今、僕が確認してきました」
そう、勝ち目がないと判断したのは、正確な戦力が把握できる前の話だ。
彼女は僕の想像以上のカードだった。
単にゴーストであるというだけでなく、僕の意図を正確に理解し、実行してくれる。
彼女がいれば、作戦はいくらでも立てられる。
「いいですか、まず見張りのうち一人を僕と――」
僕は三人に自分の考えを説明する。
説明を聞き終えたホアンさんは、感心したような、呆れたような表情で僕を見ていた。
「……何ですか?」
「いや、正直、君がここまで積極的に救出に動いてくれるとは思わなかったというか」
「リスクを抑える方法があるならやりますよ」
何を言っているのだという目でホアンさんを見る。
「僕だって、救えるものなら救いたいんだ」
それ以上ホアンさんは何も言わず、僕らは準備に取り掛かった。
「ふぁ……」
夜半の見張り当番を任された男は、何の変化もない退屈な時間に思わずあくびを漏らした。
コンビを組んだ男が振り返りこちらを見るが、文句を言うことはない。
文句を言えば、倍になって返ってくるのが分かっているのだ。
(……明日には奴隷商と落ち合う段取りだ。
金が入れば、そのまま街に行って、久々にぱっと遊んでやる)
せめて楽しい想像をして眠気を堪える。
相棒は焚火を眺めていれば退屈しないなどと言うが、彼には到底理解できなかった。
「……ん?」
ガサガサと茂みを揺らす音が聞こえ、地面に置いていた剣を引き寄せそちらを見やる。
獣だろうか、と少し緊張が高まった。
「……バウ?」
ひょこん、とコボルトが茂みから顔を出した。
首輪はしていない……野生のコボルトが迷い込んだか。
緊張が一気に解ける。
「どうかしたか?」
「……あそこ、コボルトだ」
こちらの様子に気づいた相棒に、気の抜けた声で答えコボルトを指さす。
コボルトは何も分かっていないのか、舌を出してこちらを伺っている。
「追っ払ってくる。罠にかかって騒がれても面倒だ」
「……気を付けろよ」
剣を片手にコボルトに近づくと、コボルトはこちらから逃げる様に森の中に入っていった。
そのままいなくなったかと思えば、暗闇の中で虹彩の反射する光がまだこちらを見つめている。
「ちっ。おら、どっか行け!」
このままではまた戻ってくるだろうと思った彼は、威嚇するように剣を振りながら茂みの中に入る。
適当なところまで追いかけて、すぐに引き返すつもりだった。
夜の森で小柄で夜目のきくコボルトと追いかけっこをするなど馬鹿げている。
焚火の明かりが届くギリギリのところまで行ったらすぐに戻ろう、と考えていた。
「――――!?」
突然足元が崩れ、胸から下が地面に埋まる。
落とし穴か、と咄嗟に叫んで助けを呼ぼうとするが、声がでない。
「――――! ――――!?」
いや、これは声じゃない。
この辺りの音が全く聞こえなくなっている。
それを理解した瞬間、暗闇から現れた影が、静かに彼の喉に刃を突き立てた。
「……遅いな」
残された見張りの男は森の中に入っていった相棒が戻ってこず、どこまで追いかけて行ったのだと胸中で毒づく。
(まさか何かあったとも思わんが……念のため探しに行くか?
とは言っても、流石に俺まで持ち場を離れるわけにもいかんし)
しばし思考を巡らせ、仕方ないかと決断する。
寝ている奴らを起こして、見張りを替わってもらおう。
そう考えた彼は、全員を起こすわけにもいかないので、極力音を立てないよう注意して小屋の戸を開け、中に入った。
ここが彼が提示した作戦の分岐点だった。
仮にそのまま持ち場を離れるようなら、もう一度ポンで釣って見張りを二人とも始末する。
そうでなく、もう一人が仲間を起こすような行動に移れば、一気に最終段階に移行する。
彼から出た指示は明快だった。
躊躇なく全力を出すこと。
そして失敗したら一目散に逃げること、だった。
最後の一言を聞いた瞬間、思わず笑ってしまった。
だから彼の言う通り、僕は迷うことなく全力を出すと、決めていた。
「……おい、おい。すまんが起きてくれ」
「……んぁ?」
身体を揺すられる振動と声とで意識が覚醒し、寝ぼけ眼をこすりながら彼は目を覚ました。
「……もう交代の時間か?」
自分を覗き込む男に、不満げな声が漏れる。
「いや、そうじゃないんだが、少し見張りを替わってくれないか。
ルックの奴がちょっとな」
「はぁ? んだよ、眠いんだからほっとけ、あんな奴」
「おい、頼むから起きてくれ」
「だから、眠いって言ってるだろ!」
身体を揺する手を払いのけ、文句を言う。
そして彼の背後を指さし。
「見張りならそいつに替わってもらえばいいだろ」
「は?」
小屋の外に見えた人影にやらせろと伝える。
次の瞬間。
「【呪力拡大・聖光爆破】」
小屋の外から放たれた光が、凄まじい勢いで小屋の薄い壁ごと彼らを吹き飛ばした。
「おお……! 想像以上の威力だな」
僕は半壊した小屋にポンとともに駆け寄りながら、攫われてた女の人は大丈夫か、と呟いた。
まず今回の作戦だが、見張りの一人を釣りだして始末したのがポンと僕。
見張りが声を出せなかったのは、辺りに精霊魔法の『静寂』をかけていたからだ。
うん、シャーマンのレベルを上げてて良かった。
で、見張りがもう一人釣れるならそれでよし。
そうでなく仲間を起こすようなら、その見張りが一時的にいなくなる瞬間を狙って小屋に接近し、魔法で小屋ごと吹き飛ばせとホアンさんに指示した。
『聖光爆破』――神聖魔法における、ほとんど唯一の範囲攻撃魔法。
術者の半径一〇メートルに対する無差別爆撃だ。
ゲームでは味方を巻き込む可能性が高く、実質敵専用となっていた魔法。
今回は、予めユーリちゃんの偵察で攫われた人が小屋の奥に押し込められていることは確認していたから、魔法の射程に巻き込まないよう調整することができた。
また、小屋の壁が薄いことも、ユーリちゃんからの報告で確認済みだった。
使い勝手の悪い魔法だがその威力はすさまじく、寝込みにかませば一撃で無力化できるだろうという確信はあった。
(問題は……ゲームだと範囲外の対象はノーダメージなんだけど、あれ、余波で攫われた人もダメージ受けてたりしないよな?)
ゲームと現実とのギャップに、内心失敗したかと冷や汗を流す。
だが、近寄ってみれば、攫われた人たちは突然のことに何が起こったか分からず怯えているが、目立った外傷はない。
一方で賊は文字通り一網打尽にされたようだ。
うん。気絶しているのか死んでいるのか、死屍累々という言葉がピッタリの情景だ。
作戦自体は無事に成功したようだ。
僕は小屋の残骸の前にいるホアンさんに近寄り声をかける。
「お見事でした。とりあえず攫われた人の拘束を解きましょう」
「あ、ああ……そうだね」
魔法にありったけの精神力を注ぎ込んだのか、ホアンさんは少し放心状態だった。
だが僕の声に、攫われた女の人たちに向かって歩き出す。
「――ひっ!?」
女性の一人から、ホアンさんの姿に引きつったような悲鳴が漏れた。
ホアンさんが放った魔法の衝撃で怯えているのだろうか。
彼は大丈夫ですよ、と両手を広げながら歩み寄る
だが――
「お、お化けっ……!?」
その言葉に、ホアンさんは自分の両手を見下ろし気づく。
彼の身体は、焚火の明かりに背後から照らされ、うっすらと透けていた。
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