第23話 幽霊少女の憂鬱⑤
「…………」
「…………」
「……バウ?」
無言で見つめ合う僕とホアンさんを、ポンは不思議そうに首を傾げ見つめていた。
「……どうするつもりですか?」
「い、いや……当然これから賊のアジトを探りにいくしかないんじゃないかな?」
ファンさんは、既に助けを呼びに一人で村へ向かってしまった。
「……あの人、完全に僕らが娘さんを助けに行くものだと思い込んでましたよ?」
「ま、間違いでもないだろう? アジトを探るのは必要なことだし」
「……そうですね。その後、僕らが命がけで娘さんを救出するためにアジトに突入すると思ってなければ、なおいいですね?」
「さ、流石にそこまでは……」
「……英雄を見るような目で涙を流してたあの人に、『アジトは見つけて、ずっと監視しておきましたよ』とか、言えます?」
「…………それは、仕方ないというか」
「……この状況で、期待だけ持たせるのはかえって残酷なことじゃありませんかね?」
「…………」
僕の冷たい視線に、ホアンさんは視線を彷徨わせて項垂れる。
その様子をポンはいつも通り何も分かっていない様子で、ユーリちゃんは不安そうに見守っていた。
ちなみに、ユーリちゃんはファンさんがいる間は姿を消していた。
彼女なりに、ファンさんを驚かせないよう配意していたのだろう。
父親と違って、本当にできたお嬢さんだ。
うん、だからと言って父親に気を遣うつもりは全くないが。
「――すまなかった!」
勢いよく頭を下げたホアンさんに、僕は冷たく問う。
「何がですか?」
僕はこの点について、一切妥協するつもりはなかった。
この後のことを考えれば、なあなあで終わらせるわけにはいかない。
「あなたは攫われた娘さんをリスクを負って助けに向かうことが正しいと思って発言したんでしょう?
今更、何に対して謝ってるんですか?」
言いながら、これ、現代社会だったらパワハラとかモラハラとか言われるんだろうな、と思う。
ホアンさんは数瞬視線を彷徨わせ、考えを整理してから口を開いた。
「……君たちに対して、あまりに配慮にかける発言だった。
君は臆病なわけじゃなく、そのコボルト君を危険に晒したくなかったんだ。
ファンさんが娘さんを思うのと同じように、君はそのコボルト君を優先した。
僕の発言は、それを軽んじるものだった」
「…………」
「僕はファンさんに感情移入して、それが分かっていなかった。
いや、分かっていたけれどそれを無視してしまった」
ホアンさんは改めて深々と頭を下げた。
「だけど、僕はあの人の娘さんを助けてあげたいんだ。
個人的な感情だっていうのは分かってる。
君の言ったように、僕らだけで助け出せる可能性が低いことも。
それでも……お願いだ!
力を貸してほしい。君たちの協力が必要なんだ!」
「…………」
ユーリちゃんが彼の後ろで同じように僕に頭を下げているのが見えた。
アンバランスな親子だな、と思う。
保護者が被保護者に頭を下げさせてどうする。
それ以前に、憑かれた側が憑いた側に頭を下げさせてどうする。
(――――?)
その瞬間、僕の脳裏にある違和感と疑念がよぎった――が、僕はいったんそれを押し込めた。
一先ず、これからどうすべきかを考えるべきだろう。
少なくとも、ホアンさんは何故僕が怒ったのかは理解しているようだし、これ以上グチグチ文句を言っても仕方がない。
「……助けに行くにあたって、条件があります」
僕の言葉に、ホアンさんが顔を上げる。
「ここから先は、僕の指示に従ってください」
「それは……」
ホアンさんの言いたいことを察した上で、僕は続けた。
「あなたの方がベテランで経験も豊富だ。普通ならあなたの指示に従うべきなんでしょう。
ですが、僕とあなたの優先順位は違います。
僕はこの件でポンを危険に晒すつもりはない。
また、あなたが勝手な行動をして、僕らが危険に晒されることも許容できない。
これは最低条件です」
これが、僕が先ほどのやり取りを曖昧なまま流すわけにはいかなかった理由。
流されて、彼に協力することができない理由だ。
「…………そうだね。
いや、わかった。君に従うよ。
この件に関しては、君の方が冷静な判断が下せるだろう」
自分を納得させるように言うホアンさん。
「別に、逆らいたくなったら好きにしてもらって構いませんよ」
「……え?」
「その時は、すぐに見捨てて逃げ出しますから」
冗談めかして、だが本気でそう告げる僕に、ホアンさんは少し肩の力が抜けたようだ。
「それじゃ行きましょうか。
まずファンさんが教えてくれた場所まで行ってみて、そこからポンに跡が辿れるか試してみましょう」
気持ちを切り替えて僕は方針を宣言した。
僕だって、助けられるものなら助けてあげたいのだ。
こうなった以上、できるだけのことはやってみよう。
軽くポンの頭を撫でて、歩き出す。
「期待してるよ、ポン」
「バウ! マカセテ!」
何かが少しずつ、変わり始めた。
何年もの間、あるいはそれ以上の間、ずっと変わらなかったものが少しずつ。
期待は少しずつ、確信へ変わっていく。
この人ならひょっとして、変えられるのかもしれない。
自分にはできなかったことを、この人ならきっと。
喧嘩を始めた時はびっくりして、ドキドキした。
きっと相性は良くない。
この人たちは似た者同士だ。
頭がいいのに頑固で、不器用で、泣きたくなるぐらい優しい。
だからきっと喧嘩をする。
だからきっと分かり合える。
だからきっと――
わたしはそう、確信していた。
「ココ! ココ! チノニオイ!」
「お……確かに、もう固まってるけど、血の跡が残ってる。
ここがファンさんがやられたって言ってた場所かな」
僕はポンが示した茂みをかき分け、争いの痕跡が残る地面を確認した。
周囲を見回し、観察する。
(……山際、草原と森の境目……聞いた話だとファンさんの家はここから北だから、賊が向かったのはその逆)
賊が向かった方角は、山際に沿って背の低い草原が続いている。
地面を観察すれば、草の倒れ方などから辛うじて僕のスカウト技能でも足跡が確認できた。
(これなら多分、ポンなら十分追跡できる。
賊の住処があるとすれば、多分隠れる場所がある山側だよな)
思考を整理し、僕はメンバーに向けて指示を出した。
「ポン、ここから足跡を辿って、悪い奴らを追跡してほしい。できる?」
「バウ! ポン、ガンバル!」
「よし。足跡もそうだけど、物音にも注意しながら進んでほしい。
向こうのほうが数が多いから、突然出くわすのが一番怖いんだ。
僕も注意するけど、頼りにしてるよ」
頭をわしゃわしゃ撫でると、任せろというように尻尾を弾けるように振る。
「ホアンさんは山側の警戒をお願いします」
「わかった」
そして僕はユーリちゃんの方を向いて告げる。
「ユーリちゃん。君には空から警戒をしてほしいんだけど、できるかな?」
『――――』
ユーリちゃんは目をぱちくりさせ、そして嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。気になるのは視界が悪い山側だから、そっちを中心にお願いできる?」
『――――』
任せろという風に頷いて、彼女は上空に上っていった。
その様子を、どこか呆気にとられた様子でホアンさんが見つめている。
「…………」
「……何ですか?」
「い、いや、ユーリにできることがあるとは思ってなくてね」
「そりゃ、コミュニケーションは取れるんだから、これぐらいできるでしょ」
「そ、そうか……」
ホアンさんを無視して、僕は上空のユーリちゃんに視線をやった。
(……ユーリちゃんの存在には最初から違和感があった)
ホアンさんの言葉を信じるなら、この世に留まるほどの執着を持った幽霊で、にも拘らず何もできない。
(この世に留まるって相当な力とか想いがなけりゃできることじゃないはずだ。
なのに何の干渉力もないって、そんなこと在り得るのか?
仮に留まることで精一杯っていうなら、彼女はいつまでこの世に留まってるんだ?
あまりにアンバランスだ)
まるで、と僕は不安そうに上空を見つめるホアンさんに視線を移した。
(いや、これは後回しでいい。今は捜索に全力を注ごう)
頭を振って脳裏の想像を振り払い、僕は歩き出した。
「それじゃ慎重に行きましょう」
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