第22話 幽霊少女の憂鬱④

「お願いします! 娘を……娘を助けてください!」

「無理です」


 縋りついてきた男性に、僕はきっぱりと告げた。

 あまりにハッキリした物言いに、男性は聞き間違いかと目を白黒させる。


「えっと……娘を助けて――」

「無理です」


 かぶせるようにもう一度告げた。

 どこからともなく非難の視線を感じるが、無視する。

 無理なものは無理なのだ。


 ホアンさんの治療で意識を取り戻した男性――ファンと名乗った――は、目を覚ますなり僕に縋りついてきた。

 多分、この中でまともな武装をしているのが僕だけだったからだろう。

 事情を聞くと、彼は僕らが目指すソートの村の近くに住む木こりで、娘と二人で暮らしていたそうだ。


「娘は――」

「ああ、事情はもう分かってますので、説明は一度で結構です」


 僕はファンさんの事情を確認するように繰り返す。


「昨日、あなたたちの住まいに突然、六人組の男が押し入り、娘さんを攫っていった。

 あなたは後を追ったが、その途中で返り討ちにあった。

 辛うじて命を取り留めたあなたは、なんとか助けを呼ぼうと必死にここまで這ってきた」

「そ、そうです、だから一刻も早く娘を助けてください!」


 僕は制止するように両手を上げて続けた。


「で、あなたの見立てだと、娘さんを攫ったのは、最近村の近くに住み着いた賊ではないか。

 人づてに噂を聞いただけだが、傭兵崩れがこの辺りをうろついている――でしたね?」

「は、はい」


 僕はファンさんの肩に手を置いて、ゆっくりと言い聞かせるように告げた。


「娘さんを助けたい、というあなたの気持ちは分かります。

 ですが、それには二つの問題があります」

「問題……ですか?」

「ええ。一つは賊の居場所が分からない、ということ。

 あなたは具体的に奴らの住処を知っているわけじゃありませんよね?」

「はい。それは……」


 ファンさんは途中で返り討ちにあったということだし、そもそも賊の居場所が分かっていれば、とっくに村から討伐依頼がでていただろう。


「それはどうにかなるんじゃないかい?」


 ホアンさんが口を挟む。

 僕は彼がそういう態度に出る可能性を予期していたが、それでも頬が引きつるのを抑えられなかった。


「賊が向かった方向はファンさんが見ているんだ。

 そこのコボルト君なら、臭いや足跡から賊のアジトを探し出せるんじゃないのか?」

「おお……!」

「…………?」


 突如視線が集まったポンは、何事か分かっていない様子だった。

 僕は流れを断ち切る様に頭を振り、それは希望的観測だと否定する。


「確かに、ひょっとしたら上手く見つけることができるかもしれません。

 ですが、見つかるという保証はどこにもありません」

「そ、それでも可能性があるなら――」


 僕は指を二本立てて、敢えて冷たい声音を作ってファンさんの希望を遮った。


「仮に運よく見つかったとしても、僕らじゃ娘さんを助け出せません。

 端的に言って、戦力不足です」


 そう。少なく見積もって六人以上の傭兵崩れを、僕とポンだけで相手をするのは不可能だ。

 ここにホアンさんが加わっても同じことだろう。

 彼はプリーストとしては熟達しているが、装備や身のこなしを見るに、ファイターとしては僕とどっこいか、それ以下だ。

 攫われたお嬢さんは気の毒だが、僕は見ず知らずの他人のために自分と、そしてポンを危険に晒すつもりは毛頭ない。


「そんな、それじゃ娘は……!」


 うん。ファンさんの気持ちはよくわかる。

 だが別に僕は、娘さんを見捨てろと言っているわけではないのだ。


「落ち着いてください。一先ず助けを呼びに村へ行きましょう。

 焦って僕らが失敗すれば、それこそ娘さんを助けることはできなくなります。

 救出は、戦力をきちんと整えてからでも遅くありません。

 攫われたということは、すぐに殺されることはないでしょう」

「そんな、それじゃあ娘は……早く助けないと……」


 理屈では僕の言葉の正しさを理解しているのだろう。

 だが、その間に娘の身に起こる事態を想像しているのか、ファンさんはわなわなと身体を震わせ、涙を流した。


(殺されないからといって、無事だとは限らない。

 まぁ……もう一晩過ぎてるなら、とっくに手遅れかもしれないけど)


 それは僕が口にするまでもなく、ファンさんも理解しているだろう。

 だが、僕らがここで感情に流されて救出に動いたとしても犠牲者が増えるだけだ。

 賊が移動する前に、一刻も早く助けを呼びに行くのが正しい選択だ。


 そう、思っていたのだが。


「では、こうしよう。ファンさんは急いで村に救援を呼びに行ってください。

 僕らは先行して娘さんの捜索に向かいます」

「――は?」


 突然口を挟んできたホアンさんを僕は表情を歪め睨みつけるが、彼はすました顔だった。


「救援を呼ぶだけならファンさんだけで十分だ。

 僕らはその間に賊のアジトを捜索しておく。その方が合理的だろう?」

「……ケガが治ったとはいえ、一晩中動き詰めだったファンさんを一人で村まで行かせるんですか?

 彼に何かあれば、救援を呼ぶのが遅れ、救出そのものが遅れる可能性もありますよ。

 それに、わざわざ捜索を先行させるメリットは?

 万が一、僕らだけで賊と出くわせば二次被害を被るだけです」


 僕の指摘に、ホアンさんの頬が引きつった。


「……君はリスクばかり口にするね?

 そんな臆病で、果たして冒険者としてやっていけるのかな?」


 僕の喉から、堪えそこなった感情が震える吐息となって漏れた。


「勇敢と蛮勇を履き違えたバカより、よほどましでしょう。

 少なくとも、通りすがりの誰かにどんな評価を下されようと痛くもかゆくもありませんね」

「君には人の情がないのか?

 もし我々が動けば、何の罪もない少女が救えるかもしれないのに」

「僕の言ったことが理解できませんか?

 見捨てようって言ってるんじゃない。確実な方法で救出しようって言ってるんです」

「可能性を言うなら、運よく賊の守りが手薄で、僕らだけで救出できるかもしれないじゃないか?」

「どこの妄想ですか、それは?

 もしそんな都合のいい状況があれば、罠を疑いますよ」

「何故そんなに悲観的なんだ? 何故僕らの力を信じようとしない!?」

「さっきから僕ら、僕らって、別に僕はあんたらと仲間でも何でもないんだ!

 勝手にくっついてきたくせに、何偉そうに指図してるんだ!?」

「指図してるのは君の方だろう!? 大体君は年長者に対する――!」

「はぁ? フラフラあてもなくぶらついてる人間が――!」

「――――!!」

「――――!?」


 そこから先は完全な罵り合いだった。

 自分でも何を言ったか覚えていないし、何を言われたか思い出したくもない。

 その場で冷静だったのはポンだけだった。

 僕らが何を言い合っているのか理解していないのか、間でキョロキョロ視線を漂わせている。


「お願いしますっ!!」


 僕らの罵声を遮ったのは、ファンさんの必死の訴えだった。

 彼は恥も外聞もなく土下座し、僕らに訴える。


「私に出来ることなら何でもします!

 助けを呼んで来いというなら、這ってでも必ず連れてきます!

 だから娘を、娘をどうか助けてください……!」


 僕らはバツが悪くなって顔を見合わせる。


「いや、僕らは別に助けないと言ってるわけじゃなくて、どうするのがベターかを話し合ってただけで」

「そうです。僕も感情的になってしまったが、彼の言うリスクにも一理あるのは確かで……」


 僕らの弁解を、ファンさんは全く聞いていなかった。

 だって、一度も顔を上げず、ひたすら僕らに向けて叫んでいる。


「お願いします! お願いします!」

『…………』


 再び、僕らは顔を見合わせた。

 これはひょっとして、僕らで娘さんを助けに行かないと収まらない流れじゃあるまいな。

 おい。ホアンさん。ある意味あんたの望み通りだろうに、今更何で気まずそうな顔しているんだ?

 それはちょっと、ないんじゃないかい? ん?

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