第21話 幽霊少女の憂鬱③

「…………」

「…………」


 目的地までの道のりを、街道沿いに僕らは黙々と歩く。


 突っ込むべきかどうかは、難しい判断だった。

 突っ込んだら負けのような気はしていたし、そうすることで現状を肯定してしまう懸念もあった。


「……ミレウス?」


 だが、困惑するポンを無視するわけにもいかないし、まして彼に突っ込み役を任せるのは荷が重い。

 仕方はなし、僕は立ち止まり背後を振り返った。


「何でツイテきてるんですか?」


 言葉のニュアンスに妙な含みを持たせてしまったことは、やむを得ないだろう。


「や、ユーリがそちらのコボルト君を気に入ってしまってね」

『――――』


 悪びれることなく、朗らかに笑みさえ浮かべて、ホアンさんは言った。

 ユーリちゃんは僕の言いつけを守って、ポンから一定の距離を保ち、その動きを見守っている。


 娘さんはこの際、良いのだ。いや、良くもないのだが。

 素直ないい子だというのはなんとなくわかったし。

 ポンも慣れてきたのか、極端に近づかれなければ怯えることもなくなった。

 問題なのは……


「どこか目的地があったんじゃないんですか?」

「いや、元々目的地のある旅ではないからね。

 ユーリには興味を持ったものを見せて、したいことをさせてやりたいんだ」


 こめかみが引きつりそうになるのを堪え、努めて冷静に続ける。


「……そんな適当なことでいいんですか?

 僕らが向かってる先は、しばらく町とかありませんよ。補給とか、色々あるでしょう?」

「はは、心配してくれてありがとう。

 でも大丈夫だよ。僕らはこうして旅をするのは慣れているからね」


 心配してるわけじゃねぇよ、という言葉を飲み込んだ僕は、多分とても偉い。


(わかった。この人、物腰は柔らかいけど、人の話を全然聞いてないんだ)


 多分、ユーリちゃんが全てに優先していて、それ以外のものには本質的に興味がないのだろう。

 何を言っても無駄だな、と諦めた僕はポンの頭を撫でで心を落ち着かせ、再び歩き出した。


「僕らが向かってるのは、ここから四、五日ほどいった所にあるソートの村です」

「ああ、それはいいね。あそこは昔行ったことがある。

 この季節、アブラナの花が一面に咲いていてとてもきれいなんだ。

 ユーリもきっと喜ぶと思う」


 そこまでツイテくるつもりかよ、というツッコミはもはや今更だった。

 沈黙が続くのも嫌だったので、なんとなく思いついたことを口に出す。


「ユーリちゃん……心残りを晴らすために旅をしてるんですよね?

 何が心残りなのか、心当たりとかないんですか?」

「……いや。何せユーリは言葉を発することも、ものに触れることもできないからね。

 この子が何を思っているのかさえ、僕にははっきりとは分からないんだ」


 ホアンさんは後ろにいるので表情は見えない。

 淡々とした声音に、少しだけ苦いものが混じった気がした。


「ひょっとしたら、この子自身、答えなんて持ち合わせてないのかもしれない。

 ユーリはまだ一〇歳だった。

 心残りがないはずがないんだ」

「…………そうですか」


 最後の言葉が彼の本音なのだろう。

 生前ユーリちゃんが経験するはずだったたくさんのものを与えてあげたい。

 きっとそれが彼の全てなのだ。


「ミレウス! オヤツハ?」

「さっき食べたでしょ。夜まで待ちなさい」


 歩き出してすっかりいつもの調子を取り戻したポンに苦笑して、僕は顔を上げ前を向いた。




 初めて彼らを見た時、思ったのは可愛らしいワンちゃんだな、ということ。

 少し怯えられたのは悲しいけれど、慣れてもいた。

 思い切り撫でることができればいいのに、と自分の身体が残念でもあった。

 もう一人のお兄さんの第一印象は、怖い人、だった。

 多分、ワンちゃんのことがとても大切なのだろう。

 自分が悪いことをしないか、注意深く見張っていた。

 自分にそんな力はないけれど、ワンちゃんに悪さをしたら、退治されてしまうのだろう。

 それでもいいかな、と思ったのはここだけの秘密。

 そうすればひょっとして、何もかも解決するかもしれないなんて、いけないことも考えた。

 お父さんとずっと二人で旅をしている。

 解放してあげたいのに、自分には何もできない。

 だから、すこしだけ期待した。

 こんなにお父さんが話をするのは、珍しいことだったから。

 ひょっとして彼らなら、と。

 だから私は、彼らについて行ってみようと決めた。




 それから、旅は何事もなく順調に三日が経過した。

 景色は徐々に平地から山々が目立つようになり、街道も少し道幅が狭く、荒れたものとなってきた。

 懸念していた魔物や賊の襲撃はなく、明日には目的地に到着するだろう。


「バウバウ!」

『――――』


 思いがけず同行者となったホアンさん、ユーリちゃんは、今もそのまま着いてきている。

 ポンも今ではすっかりユーリちゃんに慣れ、触れ合うことはできないが、時折元気に追いかけっこさえする仲だ。

 ホアンさんは、その様子を眺めて時折満足そうに微笑んでいるが、この人も良く分からない。


(……改めて思うけど、この人、良く一人で旅なんかできるよな)


 三日間旅を続けての、それが僕の感想だった。

 僕とポンは、日が暮れだすとすぐ夜営の準備に入り、食事を終えると先にポンが眠る。

 そして夜半になるとポンが起きて僕が替わりに眠る。

 そうして僕らは交代で見張りをしているわけだが、ホアンさんは実質一人だ。

 いつ眠っているのか、それどころかいつ食事をしたり用を足しているのかさえわからない。

 高レベルの冒険者が一人旅をするシーンというのは時々見るが……


(僕らもレベルが上がればこんな風になれるのかね?)


 今一つ想像がつかない。

 単純に強くなる、技術を習得するだけで、自分がこうなるとは思えなかった。


「ミレウス!」


 と、少し前を行っていたポンが立ち止まり、鼻をひくひくさせている。

 僕はまた何か見つけたか、と警戒感を高めた。


「どうした、ポン?」

「チノニオイ」


 また剣呑な単語が出たものだ。


「どっちから――いや、他に何か分かるか?」

「……アシオト……ヒトリ!」


 街道の先――少し外れた方角を見据えながら、ポンが耳をひくひくさせる。

 何て頼りになる斥候役だと、僕はポンの頭をよしよしと両手で撫でまわした。

 嬉しそうに尻尾を振るポンを褒めながら、僕は思考を巡らせる。


(……血の臭いがする人間が一人、か。

 敵、だとすると血は返り血かな……でも、だとすると一人っていうのは違和感があるか。

 賊だとすれば、何人かで待ち伏せしてるだろうし。

 となれば可能性が高いのは……)


 僕が後ろを振り返ると、察していたようにホアンさんが頷いた。


「何かトラブルに巻き込まれたケガ人の可能性があるね」

「……ですね」


 脳内で更に可能性を精査し、方針を口に出す。


「ただ、他に隠れている人間がいる可能性もあります。

 少しだけペースを上げて、慎重に近づいてみましょう」

「そうだね」


 僕らは早歩きで先を急いだ。

 しばらく行くと、やはり感覚の鋭いポンが最初に気づく。


「ミレウス! アソコ!」


 ポンが指さした方を見ると、人影らしきものがゆっくりとしたペースで動いている。

 あれは、歩いているというより……這っているといった方が近いのか?

 ――あ、こけた。


「急ぎましょう」


 僕らは駆け足で人影に近づく。

 その間も、僕は周辺への警戒を怠らなかった。

 だが、結果としてその警戒は不要だった。


「……ああ、これは重傷だね」


 ホアンさんの見立てがそれ。

 辿り着いた時、そこには倒れながらも必死に地面を這い続ける中年の男性の姿があった。

 服装からして、旅人というより、村人といった方が近いのか。

 全身傷だらけで、服もボロボロだから確信は持てないが。

 これだと、ケガ人を装った釣りの可能性も低そうだ。


「ホアンさん、お願いできますか?」

「まかせて」


 ホアンさんは神聖魔法の祝詞を唱えると、男性の治療を始める。

 僕も出来なくはないが、せっかく専門家がいるのだから任せるべきだろう。


「ポン、僕らは周りを警戒しよう」

「ワカッタ!」


 ケガ人がいるということは、この周辺にその原因があるということ。

 漂う事件の気配を探って、僕らは頭を巡らせた。

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