第9話 コボルトとの邂逅②
「パーティ募集の件はこちらであたってみますから、少しお時間をください。
依頼の方は……パーティを組んでからでないとちょっと難しいですね」
冒険者ギルドでパーティ募集と僕でも受けられる依頼について相談したところ、帰ってきた答えはこれ。いくらか覚悟していたとは言え、ほとんど即答だ。
「新人がソロで依頼を受けるのが難しいのは分かるんですが、どうにかなりませんか?」
僕も簡単に引き下がるわけにもいかず、食い下がる。
「以前相談した時は、依頼票を確認するぐらいはしていただけたんですけど」
「以前は、ですよね」
苦笑いしながら、受付のルシアさんは僕に事情を説明した。
「実は先日のミレウスさんの一件があってから、ちょっと」
「あ~」
なるほど、僕が原因なわけか。
僕が先輩パーティと組んで護衛依頼に臨み、囮として切り捨てられた一件。
「あれがあって、こちらで冒険者同士を組ませることを極力避けるように上から言われてまして」
「……すいません。なんか、色々ご迷惑をおかけしてるみたいで」
文句を言ったことが恥ずかしくなって頭を下げる。
「いえいえ、ミレウスさんは被害者ですから。
あれから調査が入ったんですけど、ギルド側でパーティを組ませてトラブルになったケースって実は多かったみたいで。
ミレウスさんの件が無くても、いずれは何か起きてたと思いますよ」
ルシアさん自身は僕に対して特に含むところはないようだ。
しかしそうなると、前のように適当なパーティに混ぜてもらってというのは難しいだろう。
「新米でソロでもいいなんて依頼、あるわけないですよね?」
「まず、ないですね。
仮にあったとしても、最近はソロでの行動は極力控えるようにお願いしてますから」
ソロでの依頼でなく行動、という言葉に僕は首を傾げた。
「ソロでの行動を控えるように、ってどういう意味です?」
「ああ、そう言えばミレウスさんはこの町に来たばかりだからご存じないかもしれませんね」
ルシアさんは人差し指を立てて、注意するように言った。
「実はこの町、半月ほど前から行方不明者が何人も連続して出てまして。
行方が分からなくなったのが一般人だけならそこまで警戒しないんですけど、冒険者さんも三人ほどその中に含まれてるんです」
「冒険者が、ですか?」
「ええ。みなさん、夜一人で行動していて行方がわからなくなってるんですよ。
だからギルドからもみなさんに、ソロでの行動は控えるように、と」
なるほど。そうした事件が起きているのなら、簡単な仕事があってもソロでは難しいだろう。
僕の落胆を見て取ったのか、ルシアさんは人のいい笑顔を浮かべて付け加えた。
「パーティの方は紹介できそうな方がいればすぐミレウスさんにお伝えしますから」
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
そう言ってお願いすることしかできず、僕は深々と頭を下げた。
「マスター、食材の仕込み終わりました」
「じゃあ、皿洗いやっとけ!」
「終わってます!」
僕の返事に、頑固そうなドワーフの店主は刻み終わった野菜と、洗い終わった食器を睨みつける。
学生時代バイトに明け暮れた“俺”の手際に、店主のドルトさんも文句を付けられなかったようだ。
「裏のゴミでも片付けてろ!」
「わかりました!」
裏の掃除はもう終わってるから、これは呼ぶまで休んでていいってことかな。
僕は夜の営業に向けた食堂の準備を一通り終え、一休みするために店の裏手へと周った。
ここはガルツさんの同郷のドルトさんが営業している食堂で、僕はそこでバイトをさせて貰っている。
意図せずして生えた『調理』スキルを活かせないかガルツさんに相談したところ、ここを紹介してもらったのだ。
あの人、ちょっと知り合っただけの僕に親切過ぎるだろう。
今度まとまった報酬が手に入ったら、何かお礼でも持って行った方がいいのか?
でもそれだと却って気を遣わせそうだから、ガルツさんの店で装備を整える方が無難かもしれない。
路地裏の酒樽に腰掛けて、大きく伸びをする。
「う~ん、大分慣れてはきたけど……どうなんだろうな?」
このバイトを始めて四日目。
ほとんど蓄えはできないが、賄い付きなので何とか食べてはいける。
逆に言えば、何一つ前に進んでいないということでもあった。
「ギルドからは全くパーティについて音沙汰ないし。
まあ、ギルドの人も正直僕とか薦めにくいだろうから、仕方ないと言えば仕方ないけど」
仮に僕をどこかのパーティに推薦するとして何て紹介する?
本業ファイターだとしても、スタイル的には中途半端だ。
アタッカーというには片手剣一本では火力的に心もとない。
タンクというには装甲がぺら過ぎる。
大体、ファイターなんてものは冒険者の中で一番ありふれている。
何か持ち味がないと、わざわざ仲間に加えようなんて思わないだろう。
「あ~、やめやめ! 暗いこと考えても仕方ない!」
ドツボに嵌まりそうな思考を頭を振って切り替える。
何か面白いことでもあればと思うが、こんな飲み屋街の裏路地になかなかそんなもの――
「バウ!」
「うおっ!?」
突然の声に、驚いて酒樽から落ちそうになる。
「な、え? あ……ポン?」
「バウバウ!」
僕のすぐ横に、いつの間にか見覚えのあるコボルトが何かを抱えて立っていた。
僕を見つけて寄ってきてくれたのだろうか。
尻尾をすごい勢いでブンブン振っている。
僕は酒樽から降りてしゃがみ込み、視線の高さを合わせた。
「今日はこんなところでどうしたの?」
「マエ、アリガト! イタクナイ!」
どうやら以前傷を治したことを感謝してくれているらしい。
「はは、どういたしまして」
「アリガト! ナマエ! ナマエ!」
「名前? 僕の?」
「バウ!」
ポンの共通語はおぼつかないが、感情表現が豊かなので意思疎通に不便は感じない。
「僕の名前は、ミレウス」
「ミレウス! ナマエ! ミレウス!」
ポンは嬉しそうに息を荒くして、僕に抱えていた包みを差し出した。
少しカビの生えたパンだ。
「ミレウス! オレイ! アリガト!」
どうやら、お礼にこのパンをくれるらしい。
正直食べたらおなかを壊しそうではあるし、そもそもこれは……
「いいの? これってひょっとしてポンのゴハンじゃないの?」
「オレイ! オレイ!」
我ながら随分感謝されたものだ。
これは受け取らないと収まりが付かないだろう。
「ありがとう。じゃ、これはお返し」
僕はポンからパンを受け取って、代わりに懐から後で食べようと残していた賄いのサンドイッチを渡した。
「バウ?」
ポンは戸惑っていたが、僕は強引にポンにそれを渡し、もらったパンを少しだけ齧った。
うん。すごく硬くてジャリジャリする。
ポンはしばらくじっとサンドイッチを眺めていたが、恐る恐るそれを一口齧る。
「バウ!?」
一瞬目を丸くすると、あっという間にサンドイッチを食べきってしまった。
僕はその隙に、そっとポンに貰ったパンを懐の中に入れる。
「オイシイ! オイシイ!」
「そりゃ良かった」
ポンの頭をゴシゴシ撫でながら、ふと気になったことを尋ねる。
「ポンは何でこんなところにいるの? この辺りで働いてたりする?」
「クゥ~ン?」
少し質問が難しかったらしい。
質問の内容を少しだけ変える。
「ポンは今、何をしてたの?」
「ゴハン! ポン、ゴハンサガス!」
言って思い出したのか、ポンは僕のズボンのすそを引っ張って路地の奥へ案内しようとする。
「ゴハン! コッチ!」
推察するに、どうやら路地裏で残飯を漁っていたらしい。
確か奥にはゴミ捨て場があったはず。
「こらこら、あんまり引っ張らないで」
苦笑しながら、引きずられるままに僕はポンについて行った。
「ゴハン! ココ! ゴハン!」
「ああ、ここでご飯を探そうとしてたわけね……」
異臭漂うゴミ捨て場も、ポンにとっては宝の山なのだろう。
さっきのパンもまさかここから、と僕は苦笑を深くしながら視界を巡らせる。
「――――え?」
ゴミの山に埋もれて、人が倒れていた。
腰には剣を差し、一般人とは思えない風体をした男。
恐る恐るつまさきでその身体をつついて、声をかける。
「……もしも~し、生きてますか~?」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
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