第10話 コボルトとの邂逅③
「遺体の身元の確認が取れました。
発見されたのは、行方不明になっていたファイターのハクロウさんです」
ルシアさんが事情聴取のためにギルドを訪れた僕に説明してくれる。
「死因は恐らく出血死と思われます。
遺体の首元には噛み傷があり、そこから血を吸われた痕跡が残っていました」
「血を吸われたって……吸血鬼みたいですね?」
僕は口にしてぞっとする。
ヴァンパイア――ファンタジーでは名の知れたボスモンスターの筆頭格。
その能力は個体による差異が大きいが、いわゆるレッサー種であっても小さな町なら滅ぼしてしまいかねない化け物だ。
ルシアさんは頭を振って僕の懸念を否定する。
「念のため司祭様に確認していただきましたが、そうしたアンデッドのオーラは確認できなかったのでその心配はないかと」
「そうですか」
きちんと確認していたらしい。
それはそうだ、死体がグール化して暴れだしたらリアルバイオハザードだもんな。
「ただ、何らかの魔物がこのレイヴァンの市中に紛れ込んでいるのは間違いないでしょう。
ギルドでは、昨今の連続行方不明事件にその魔物が関わっていると考えています。
もう一度確認しますが、ミレウスさん、現場で遺体を発見した時、何か不審な人影などは見かけませんでしたか?
そもそも、何故あのような場所に?」
疑われているかのような言葉だが、むしろ逆だろう。
ルシアさんは僕のような新米が一人で人気のない場所をウロウロしていたことを咎めているのだ。
「人影なんかは何も見てません。
そもそも、僕が見つけた時には遺体はもう完全に冷たくなって固まっていましたから」
いわゆる死後硬直というやつが起こっていた。
探偵ならそこから死亡推定時刻を割り出せるのだろうが、知識もスマホもない僕にそんなことはわからない。
「あそこに行ったのは、すぐ近くの食堂でバイトをしてたんです。
仕事がないので」
最後の言葉に少し力を込めるが、ルシアさんは無反応だ。
「で、休憩中にコボルトの子と会って、あそこに連れて行かれたんです。
あれ多分、僕に食事場所を案内してくれたんじゃないかな」
「コボルト……ですか?
ギルドの人間が現場についたときには、その姿はなかったようですが?」
「僕が人を呼んでる間に……というか、人が増えたらいなくなってました」
僕がドルトさんや他の人たちを呼んでいる間に、ポンは姿を消していた。
初めて会った時、ポンは体中に小さな傷があった。
これは推測だが、ポンは急に人が増えて、その人たちに暴力を振るわれると思ったのではないだろうか。
ゴミ漁りをしているコボルト、それを見た心無い人間がどういう行動に出るかは容易に想像がつく。
ポンを探したい気持ちもあったが、僕はそのまま現場に到着した憲兵に連れていかれ事情聴取。
それが終わると今度はギルドに呼び出され、今に至るというわけ。
「そうですか。もし、そのコボルトを見つけたら教えてください。
何か見ている可能性もありますから」
「気にかけておきます」
何かを目撃している可能性は低いとは思うが、どちらにせよ気になっていたのでそう答える。
ルシアさんは僕から一通りの事情聴取を終え、最後に僕に今回の件についてのギルドの方針を教えてくれた。
「ギルドは今回の件を受けて、中級以上の冒険者に対して緊急の調査依頼を出す予定です。
魔物による被害が疑われる以上、ギルドとしても無関係ではありませんから。
憲兵との調整が済み次第、恐らく明日には依頼が発令されるでしょう」
そしてこれが本題だ、というように彼女は人差し指をピンと立てて僕に告げた。
「ミレウスさんも、一人で人気のない場所に行かないよう、注意してくださいね」
暗い寝床に身を預けながら、彼女は穏やかな気分で腹部をさすった。
幸せを噛みしめるように、何度も、何度も。
初めてそれに気づいた時は、ただただ憂鬱だった。
望んでいたわけではない。
事実、自分の能力は大きく制限され、活動にも大きな制約がかかった。
何で自分がこんな目に。そう思った。
次第に身体が丸みをおびていき、動きはますます制限され、食欲だけが増していく。
倦怠感と吐き気も断続的に襲ってきた。
かなうことならこの臓腑を切り裂いてやりたいとさえ思った。
だが、ある日。
ドクン、という自分以外の鼓動が身体の中から聞こえた時。
世界が一変した。
守らなければ。
自分はそのためにこの世に生を受けたのだと、理解した。
どんなことをしても、必ず守り切る。
どんなことをしても、必ず産んでみせる。
わたしは――母なのだから。
「――ふっ! はっ!」
大家のアニタさんの家の庭をお借りして、僕は一人で剣を振っていた。
きちんと鎧も着込んで、実戦を意識しながら身体の使い方を確認する。
ギルドの事情聴取から解放されて時刻は夜。
本来ならバイトが入っている時間だったが、気を遣ってくれたドルトさんが今日は休めと帰らせてくれた。
死体が見つかって客がこないからとっとと帰れ、とツンデレ気味の表現で。
しっかり賄いはいただいたので、実質有給のようなものだ。
「はっ! やぁっ! はぁ……はぁ……」
ミレウスの身体に染み付いた型を一通りこなして、一息つく。
こんな訓練をしてLVが上がるとは思わないが、やらないよりはマシだろう。
あまりに冒険から離れていると戦い方を忘れそうな気がする。
何よりTRPGではLVが下がるということが実例としてあるわけだし。
(――いや、あの魔剣使いは例外だったか?)
あれはLV以外にも色々下がっていたようだし、あくまで例外だとは思うが。
何にせよ、腕が鈍ることは十分あり得るから訓練して無駄になることはあるまい。
「当面、まともな冒険はできそうにないしな……」
もともと新人で目立った強みのないソロ冒険者なんて受けられる依頼がなかったわけだが。
あんな事件が起きている最中に、新人へのパーティの斡旋とか話が進むはずもない。
しばらくは腕が鈍らない程度に訓練をして、バイトで食いつなぐしかないだろう。
「これがゲームのシナリオなら、殺人事件の犯人を追うシティアドベンチャーが始まるんだろうけど。
どう考えても僕の手に余るLVの敵だしな」
どうせ暇なのだから、少しこの町について調べ物でもしてみるか。
あるいはポンを探してみるのもいいかもしれない。
余裕のない自分があまり関わるべきではないのだろうが、事件の参考人を探すという大義名分もあることだし。
そんな風に自分に言い訳しながら、息を整えた僕は素振りを再開した。
※プレイヤーは往々にして敵のLVから、それが自分のシナリオで戦うべき敵かどうかを判断する。ただし、LV1で魔王を倒して世界を救った先人たちも多く、あくまで目安に過ぎないが。
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