第8話 コボルトとの邂逅①
「おにーちゃん、あさですよー!」
ドンドン、とドアを叩く音と舌ったらずな可愛らしい声に脳を揺さぶられ、僕の意識は覚醒した。
ゆるゆると毛布から這い出し、寝ぼけ眼のままドアを開ける。
「おはよーございます、おにいちゃん!」
「はい、おはよー」
僕の腰ほどの背の高さの少女が笑顔でそこに立っていた。
パンとスープをお盆に載せている彼女は、大家さんの娘のニアちゃんだ。
「はい、あさごはんですよー」
「ありがとう」
僕がお盆を受け取り、屈んで頭を撫でると、えへへとはにかんで走り去っていった。
その様子を微笑ましく見送って、僕は間借りしている納屋の戸を閉めた。
初めて受けた護衛依頼は結果的に当初予定していた何倍もの報酬を得ることができたのだが、支出も相応に大きかった。
まずボロボロになっていたレザーアーマーの補修費用。
破損したパーツが多く、交換に結構な金額がかかった。
次にかかったのが、新しい盾の購入費用だ。
ファイターとしてやっていく以上、防御力の向上は必須だが、金属鎧へのグレードアップは技能に制限がかかる上、恐ろしく高い。
しかし盾であれば比較的安価な上、技能への制限もない。
必要最低限の投資とはいえ、この二つで報酬のおよそ八割が吹き飛んだ。
「やっぱり序盤の資金繰りは厳しいね」
真新しいラウンドシールドの縁をなぞりながら、ぼやく。
しかしダスティさんたちへの謝礼を惜しんでいるわけではないので、楽しい苦労というやつだ。
朝食の硬いパンをスープに浸しふやかしながら今日の予定に思いを巡らせる。
(朝一でギルドに行って、パーティ募集と依頼のチェック。
昨日の感じからすると、この間みたいな都合のいい依頼はそうそうなさそうだし、暫くはバイトで食いつなぐか)
幸いというべきが、初日とは異なりバイト先にも心当たりがある。
(ここも紹介してもらえたし、ガルツさんにはホント感謝だな)
レザーアーマーの補修をお願いした際に知り合った、ドワーフの職人に心の中で礼を言う。
ボロボロだった鎧を一日で綺麗に補修してくれただけでなく、この宿――というか納屋を紹介してくれた。
大家のアニタさんは娘のニアちゃんを女手一つで育てる未亡人で、ガルツさんとは仕事上の知り合いらしい。
ちょうど家の納屋が空いているからと、格安で貸してもらっている。
まだ安定収入がない以上、固定費は極力節約していかなければ。
ちなみに、若い男が未亡人の住まいに、納屋とはいえ間借りするのはどうなのか気にしたところ、ガルツさんは大笑いしていた。
もし手を出せば、アニタさんに新しい旦那ができて万々歳、だそうだ。
(この間みたいな依頼を受けて死にかけるのは御免だ。
何か急ぐ目的があるわけでもないし、のんびり確実にやっていこう)
僕は塩味のスープを喉に流し込み、よしと気合を入れて身支度に取り掛かった。
(しかし、改めて見てみると、この町結構色んな種族が集まってるよな。
ミレウスのセージ知識だと、普通はエルフ、ドワーフ、ホビットとかをたまに見かけるぐらいのはず。
あの人とか……ハーフオークか?)
普通の人間の町では迫害の対象にもなりかねないオークとの混血や、オーガ、リザードマンといった種族も、決して多くはないが見かける。
そしてそれらの種族に対して、この街の人たちの態度はとても友好的だった。
(確か門番が“集いの町”って言ってたし、そういう融和的な街なのかもな)
ギルドへの道を歩きながらそんな思考を巡らせる。
やはり生活の基盤が安定してくると、ものを考える余裕も生まれる。
僕はわざと速度を緩めて、町の景色を楽しみながら進んだ。
――ポスン
「っと、すいません?」
わき見をしながら歩いていたせいか何かにぶつかってしまう。
反射的に謝るが、目の前には誰もいなかった。
「……え?」
「バウ!」
下から犬の鳴き声がして見てみると、身長一〇〇センチ程の毛深い二足歩行の犬が舌を出して僕を見上げていた。
(……コボルト?)
「えと、大丈夫だった?」
「バウ! ポン、ダイジョブ!」
キラキラとした目でこちらを見上げながら、彼(?)は片言の共通語でそう言った。
文脈からすると、ひょっとして“ポン”が名前なんだろうか?
僕はしゃがみ込んでポンの頭を撫でながら謝罪した。
「ごめんね? 僕が前を見てなくて……ケガとかない?」
「ポン、ダイジョブ!」
いきなり撫でたのは失礼だったかもと思ったが、ポンは嬉しそうに尻尾を振ってくれた。
(にしても……この子、随分ボロボロだな)
一般的なコボルトを知っているわけではないが、ポンは随分汚れていて、あちこちに擦り傷があった。
服らしきものも着ているが、ほとんど襤褸切れだ。
異種族に対して寛容な雰囲気のこの町の人たちでさえ、この汚さにはどこか距離を置いている。
(コボルトっていうと、確かゲーム中で最弱の知的種族)
一部モンスターもプレイアブルキャラクターとして選択できるゲームシステムにおいて最弱の存在。
比較的人間社会にも受け入れられやすいが、それも概ね愛玩動物か小間使いとして、だ。
ポンがどういう立場かは分からないが、あまり恵まれた境遇にはないのだろう。
(せめて……)
僕はポンの頭に手を置いたまま、軽く意識を集中した。
「【光精:軽傷治癒】」
淡い光がポンの身体を包み、みるみる間にその傷を癒していった。
身体が小さい分、効きがよかったのかもしれない。
「バウ? カラダ、イタクナイ?」
ポンは何が起こったのか分からず目をパチパチさせていたが、僕がやったのだと気づくと尻尾を激しく振って破顔した。
「アリガト! アリガト!」
「どうしたしまして。
本当はシャーマン技能を伸ばしてれば、身体も綺麗にしてあげれたんだけど……」
「……バウ?」
不思議そうに首を傾げるポンの頭をクシャクシャと撫でて、僕は立ち上がった。
「じゃあね」
少し名残惜しかったが、僕自身人に構っていられるほど余裕のある立場ではない。
「バウバウ! アリガト! アリガト!」
ポンのお礼を聞きながら、僕は少し歩を速めてギルドへと向かった。
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