第6話 ゴブリンと一緒⑤
「で、何があったんだ?」
パーティリーダーのダスティさんが、僕が落ち着くのを待ってから口を開いた。
彼らのパーティにゴブリンの襲撃から救出された僕は、暫く使い物にならなかった。
いや、元々大して使い物にならなかったんだけど、安心して感情が溢れて泣き出して……やめよう、思い出したくない。
横でニヤニヤ僕を見ているハーフハイトのロンさんと、ロシュさんのことは無視だ。
ちなみに、身体の傷はロシュさんが魔法で直してくれている。
ああ、彼らの名前は、僕が……な間に彼らが教えてくれた。
戦士でパーティリーダーのダスティさん。
大地母神の神官で女性のロシュさん。
聖騎士のヴィルヘルムさん。
エルフの女性でシャーマンのフィーアさん。
ハーフハイトでスカウトのロンさん。
ヴィルヘルムさんとフィーアさんは火を起こして、僕に無関心そうだった。
(……あ、僕まだ名乗ってないや)
気が付いて、まずダスティさんたちに頭を下げる。
「助けていただいてありがとうございました。
僕はミレウスと言います。つい四日前にレイヴァンの冒険者ギルドに登録しました」
「知ってる知ってる。僕がギルドの場所教えてあげたんだもんね」
ロンさんが口を挟む。僕のことを覚えてくれていたらしい。
逆にダスティさんたちは訝しげな顔だ。
「ロン、お前こいつのこと知ってるのか?」
「てゆーか、みんなもチラッとだけど見てるよ。
ほら、レイヴァンで僕らのことジロジロ見てたお上りさんがいたでしょ?」
「……ああ、いたな」
別に忘れていただいても良かったのだが、思い出してしまったらしい。
「で? なんで登録したばっかの新人が一人でこんなとこウロウロしてんだよ?」
「バッカだな、ダスは。そんなの決まってるよ」
「んだよ? お前にはわかるってのか、ロン?」
「え~、それ聞いちゃうの~?
『俺様の実力なら一人で魔物でもなんでも一撃さ』って飛び出して、迷子になって、ゴブリンに追いかけられて、泣いてたなんて、恥ずかしくて彼も答えられないでしょ?」
「違いますっ!」
揶揄われているのは分かったが、否定しないわけにもいかない。
ロシュさんもそれに乗っかり、ポンと僕の肩に手を置いて、
「うんうん。そうだよね~。泣いてないよね~。
私たちは見てないことにしてあげるからね~」
「うう……いや、そこは……その、泣きましたけど!」
やけくそになって叫ぶと、ロンさんとロシュさんは面白そうにケラケラ手を叩いて笑った。
「お前らなぁ……」
ダスティさんは呆れたように額に手を当てて頭を振る。
僕が顔を真っ赤にして黙り込んでいると、エルフのフィーアさんが涼やかな声で割って入った。
「ロシュ、ロン。子供で遊ぶな。話が進まないだろう」
『は~い』
二人は素直に返事をして、どうぞどうぞと僕に話をするよう促した。
僕は大きく深呼吸して、頬の紅潮が収まるのを待ってから改めて口を開いた。
「実は――――」
ギルドで依頼を受けたこと、ゴブリンに襲われたこと、そしてケインに捨てられたこと。
一通りの経緯を彼らに説明する。
ケインに馬車から蹴り落されたことを説明する際は、怒りよりも恥ずかしさで言葉に詰まった。
「……ふん。なるほど」
一通り僕の説明を聞き終えたダスティさんたちは、一見冷静だが怒っているように見えた。
ロンさんとロシュさんも、あのニヤニヤとした笑みを消している。
「ヴィル、どうだった?」
「……嘘は言っていない」
「そうか」
ダスティさんがヴィルヘルムさんに確認を取る。
(どういう意味だろう? 何でヴィルヘルムさんに……そうか!
ロウ属性のパラディンの特殊能力――『真偽判定』か)
パラディンはプリースト以上に行動に数々の制限が課されるが、その対価として幾つかの特殊能力を得る。
その一つが『真偽判定』のスキル。
これを持つものは、他者の言葉の真偽を判定不要で見抜くことができる。
「ケインの野郎……最近、ちょっと態度が目に余るとは思ってたが」
「ついにやっちゃった感じだね~」
薄ら笑いを浮かべるロシュさんが、怖い。
「てゆーか、さ。ケインたちがアレなのは分かってたことでしょ。
どっちかというと、新人をあの連中と組ませるギルドの方がどうなのかな~」
ロンさんも一見笑顔だが、どこか声音が冷たい。
――パン、パン
「そこまでだ」
手を叩いて、フィーアさんが場の空気を切り替えた。
「追及は町に戻ってから、当事者がいる場所ですればいい」
その言葉にダスティさんたちから漏れていた怒気が収まっていく。
フィーアさんはそのまま無言で紫に色が変化し始めた空を見上げた。
「そうだな、そろそろ夜が明ける。ボチボチ出発するとするか」
ダスティさんの言葉で、各々荷物をまとめ始めた。
ポンと、ロシュさんが僕の背中を叩いて促す。
「さ、疲れてると思うけど準備して」
そしてニッコリと笑い、言葉を続けた。
「馬鹿どもはしっかり〆て、がっつり搾り取ってあげるから、期待しててね」
その後の展開は、正直なところ急展開過ぎて僕はほとんどついて行けなかった。
レイヴァンに戻ったダスティさんたちは、僕を連れてその足で冒険者ギルドに乗り込んだ。
どうも彼らは『星を追う者』と呼ばれる有名な冒険者パーティだったらしく、ギルドの職員は大慌てだった。
ケインたちは必死に弁解していたがヴィルヘルムさんの前で偽りが通用するはずもなく、どこかへ連行されていった。
やはり僕を蹴落としたことは冒険中の出来事とは言え問題らしく、それなりの罪に問われるらしい。
彼らが受け取った今回の報酬は、全額僕に支払われることになった。
またダスティさんたちはケインたちだけでなく、ギルドの責任も追及した。
冒険者は自己責任が原則とはいえ、今回の件の責任の一端はギルドにもあると。
ギルドとしては突っぱねても良かったのだろうが、ダスティさんたちの機嫌を損ねるのは得策ではない、と判断したのだろう。
治療費として僕にかなりの金額が支払われることになった。
それが僅か半日ほどの出来事。
今僕は、一息ついてダスティさんたちと昼食を取っている。
「本当に良かったのか? これはお前に支払われた金だぞ?」
「はい」
ダスティさんの確認に、僕は迷うことなく答えた。
僕は今回僕に支払われた報酬の半額と、ギルドから支払われた治療費の全額をダスティさんたちに渡すことにしていた。
「みなさんからすれば微々たる金額でしょうけど」
「でも君にとってはそうじゃないでしょ?
そう思うなら、素直に受け取ればいいんじゃない?」
ロンは笑いながら、けれどどこか真剣な顔で言った。
僕はそれに感謝しながら、きっぱりと首を振る。
「ありがとうございます。でも実際、僕はそのお金をいただくようなことはしてませんから」
ロシュの方を見て続ける。
「ギルドから頂いた治療費も、治療してくださったロシュさんに支払うのが筋ですよね」
ロシュは少し困ったように笑った。
「何より、残ったお金だけでも、僕への報酬としては多すぎるぐらいです。
正直、これ以上のお金を貰ったら、身を持ち崩しそうなんですよね」
せっかくだから自分が自信を持って稼いだ報酬で、少しずつ装備は整えていきたい。
こんな実感の湧かない棚ぼたの報酬で装備を整えてもありがたみがない。
そんな僕の本音を正確に見抜いたわけでもあるまいが、ヴィルヘルムさんが少し笑ったように見えた。
「そうか。なら、こいつはお前を救出した報酬としてもらっとく」
ダスティさんはそれ以上何も言わず、お金を受け取ってくれた。
彼らは食事を終えると、一人ずつ無言でポンと僕の肩を叩いて店を出て行った。
最後にフィーアさんが少しだけ笑ってくれたように見えたのは、僕の気のせいだろうか。
(……うん。セッション終了、と)
一人店に残り、宙を見上げるようにして独り言ちた。
昨晩から動きっぱなしで眠気が酷いことになっている。
だが、それを補って余りあるほどの感動が僕の胸に満ちていた。
初めての冒険を終えた達成感、生き残った安堵、そして何より――
(――入ってる。経験点が入ってる!)
脳裏に浮かぶ僕のキャラクターシート。
その『未使用経験点』の欄に表示された数値に、僕は眠気を吹き飛ばすような興奮を覚えていた。
(TRPG最大の醍醐味……キャラクター成長の時間だ!)
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