見回るほどの名所はありや

 秋になっても秋サなったばってこうも涼しくならないんじゃなんも涼しくなんねっきゃ本当にどうしようもないねたげまいねの夜になると涼しくなるから晩サなればすンずしばって寝付けないってことはないけど寝やすくてあるけどもだからってんだばって布団を薄くすると布団薄くすれば寒くていけないしさンびくてまいねし、毛布出すと朝方暑くて寝起きが嫌だし出せば朝ぬけくてうだでっきゃ君も風邪とか引くんじゃないよおめも風邪だの引くでねよ面倒だからたいぎだはんでの


 気、済んだか。

 満足してもらえたんならいいけども、何が楽しいんだか何にも分からないなもわかねじゃ……おまけだよ。叔父さん方言とか喋れるんですかって聞かれたから喋ったけど、動機が全く分からない。君は普段からどうかと思うくらいに真面目に話を聞いてくれるけど、そんな顔して聞いてたことはあんまり記憶にないな。何がどう琴線に触れたんだ。私としてはこのくらいでお茶淹れてくれるっていうならいくらでも喋るけども。こう、対価として不釣り合いじゃないのかこういうのは。不健全な取引ってのは後が怖いものだよ。


 普段は使わないのはどうしてですって、使ったら君分からないだろう。……ああ、違う。気を使ってるってほどじゃない、そんな殊勝なものじゃないな。

 単純に私たちぐらいの世代はほら、テレビやなんやで方言以外も聞く機会が多いからね。どちらも喋れる。あとは使い分けの機会があるかどうかってだけの話だ。君がこっちの言葉を話せないなら、話せる方が合わせるのが道理だろう。

 厚宮なんかはほら、あいつ役場勤めだからね。そんなもん地元の人間しか来ないし、この辺の地元の人間ったら六割ぐらいは年寄りだ。君も爺さん生きてた頃に会っただろ、そのときに──ああ、だろうね。子供からすれば何喋ってんだか分からないから怖いだろうね。懐けないのも当たり前だ……責めてはないよ。納得できるというだけのことだ、そうだろ。


 そりゃあね、君からすればここに住むのなんて気の長い観光みたいなものだろうから、土地特有のものなら物珍しくて面白いだろうけども。そういう物ってつまりは私にとっては生まれてこの方の日常なんだから、何にも面白いものでもない。


 有名人いるじゃないですかったら、まあ。どっちのつもりで話してる。作家の方ならまだ話せることがあるけど、どうだ。

 母さん婆ちゃんの実家がそこだからね。馴染みがあるといえばそうなんだけども、うん……。建物がいいのは確かなんだよね。地元の名士だからさ、お金には困らないだろ。世の中、大前提としては金さえきちんと出せてその相手を見誤らなない程度に見識と美学があれば、結構なものが作れるからね。うちの父さん爺様はその辺が甘かったから、うちの階段があんなんなんだよ。バリアフリーどころか誰にでも平等に危ないからね、あの角度。年一くらいで私も落ちかける。今年は夏の頃に君が先に落ちてくれたからもういいんじゃないかね。ノルマ制ですかったら、知らないけど。


 家じゃなくて作家の方が有名ですよねってのは、そうだね。……そうだね以上に言うことがないんだよ。何だその目は。

 県代表の作家に対して辛辣じゃありませんかって言われてもね。高々生まれた土地が同じくらいで何か思うところがあるものでもないだろう。私の母さん君の婆ちゃんだったらまだ何かしらあるかもしれないけどね。ただあの人は土地の人間だから、家に対しては敬意があるけど作家個人には好意も何もないよ。お兄さんとお父さんが不祥事のたびに頑張ってたし偉いって話はずっとしてたけどね。……複雑そうな顔するね。評価の軸が違うってだけだろう。

 君が好きだっていうなら別にそれをどうこういうものでもない。多分蔵の本棚に作品集とかあるだろうから後で探しに行こうかぐらいのことは教えてやれるよ。何なら譲ったっていい。身内のエッセイまであるからね。婆ちゃんが伝手とか付き合いで貰ってきたやつ。そういうものまでくっついてくるんだよ、田舎だから。


 私としては作品も好きでも嫌いでもない、な。ただ地獄絵と後生車の話が変に身近だから、評価に困る具合ではあるね。地獄絵、小さい頃はよく見せられたから。悪いことすると地獄に落ちるって、道徳教育には役立つけど情操教育には悪い気がするな。現に兄さん君の父さんは、そうやってまめに寺連れて行かれて詰られた結果があれだからさ。魘されるほど怖がってたらしいけどね。君も見に行くかい? 一応敷地に縁者の墓はあるからね、墓参りの体裁は取り繕える。

 ただね、どうしようもなく遠いんだよ。

 行きたいんなら電車で半日潰すか厚宮に頼むかしかないな。厚宮、君が観光したいって言ったら都合ぐらいはつけてくれそうだけどね。行くんなら春か夏にしなさい。秋、というか今行っても日が沈むのが早いから何にも面白くない。三味線博物館みたようなところも観光の時期以外は閉館してるからな。

 本当に冬は何もないからね、ここ。雪と風と夜ばっかりだ。暗くて白くてただただ寒い。


 もうちょっと地元自慢っぽい話とかないんですかって、そうだな、また文学史上の偉人を引きずるけど、高校も関わるんだよね。地元の名門──言ったってただ古いだけの田舎の進学校だけどね──が、近代文学のひとでなしか前衛演劇のろくでなしかって二択になるんだよ。高校まで行ければ自動的に偉人の後輩を名乗れる。

 その手の人間には嬉しいんじゃないのか、そういうの。いるだろう、大人になってもどこの高校を出たかっていうのと中学校の試験の話しかできないような……ああ、悪口だな。何だ、君の方にもいたのか。田舎の名門校、みたいなものがある場所には大体いるものなんだろうな。一つでも誇れるものがある方だけマシって見方もあるだろうしね。その辺りは趣味のと有効性の問題だろ。多少鬱陶しくても、私たちに関係がないなら放っておくのが礼儀だろう。

 話が逸れたな。私と厚宮はひとでなしの方が母校だ。高校もというか、小中高一緒なんだよなあいつ、この辺りだと選択肢がそもそもないってのもあるけど。厚宮あいつあんな髪してるくせに勉強できたからね。色々と器用なんだよ。どうしてここに残ってるんだか分からないくらいにはな。昔は──ん、そうだな。お代わり淹れてくる。いいよ、私がやる。こういうときは便利なんだよ、台所と居間が一緒になってるの。作業しながら話ができるからね。


 観光、というか。せっかく君も市内の大学に通ってるんだから、色んなとこ回ってみればいい。学割で定期が使えるっていうのは便利だぞ。君の好きそうな店ってのは私にはよく分からないけども、喫茶店も古本屋もそれなりに揃っているもんだよ。一応は城下町だからね、文化的なんだよ。お金のことは兄さん──君の父さんから貰ってるし、私だって甥っ子に不自由させない程度の手持ちはあるよ。世話になってるしね。何だその顔──ああ、別にこの家にこもりっきりになることない、ってだけだよ。邪魔だとか一人になりとかそういうんじゃない、追い出したがってるわけじゃない。そもそも考えてもみなさい、厚宮が黙って縁側上がってても放っておくような人間がそんなこと気にすると思うか。昼間にかけると色んな人が困るからな、郵便のナカハラくんとか。回覧板だって困る。厚宮が多分一番困るぞ。それでいいのかい、君。

 鍵をちゃんとかけたとして、その気のやつだったらどうにもならないだろう。うちの玄関、未だにネジ鍵なんだから。夜はちゃんと締めてるからいいだろ。最も、鍵なんて通用しないやつなんて幾らでもいる。どっちの方って、そんなんどっちでもさ。──仕方ないだろ、今のは君が悪い。分かり切ったことをしつこくしたのがいけないよ。

 大丈夫だよ、今は昼間だから。開けなければ入ってこない。大抵の連中はね。


 ほら、お代わり。注いであげるからコップを寄越しなさい。蜂蜜入れるか? 


 とりあえずね、私に気兼ねしてるっていうなら勿体ないことするな、ってだけの話なんだよ。

 三日くらいなら放っておいても平気だろう。三十過ぎたおじさんをね、そんな目が離せないような幼児みたく扱わなくても大丈夫だとは常々思ってるよ。散らかさないとは、思うけどね。そんな目をするなよ、そりゃあ昨日洋間に積んでた本運んでもらったけどさ、あれは……まあ、大丈夫だって。君が来る前だってちゃんと生活はしてたんだから。うん、だからそんな目をしないでくれよ、ほら、りんご剥いてやるから。何ならうさぎにでもしてやろうか。耳両方つくかどうかは微妙なところだけども。


 そう責めないでくれ、堪忍してくれよかにしてけろじゃ──な?

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