第2話 切っ掛けは突然に
勝のスマホは、正常に動いていた。それでも不安な気持ちになる彼は、机に顔を乗せながらスマホを眺めていた。
スマホの画面に現れたクマは、今日はまだ姿を見せていない。GMMのアイコンを押したらどうなるのかと考えていると、後ろから誰かが本の背で頭を軽く叩いた。
「どうかしたのか、勝。悩み事でも出来たか?」
起き上がり振り返ると、同じクラスで友人の
女子の人気ランキング上位のクールな彼は、ワザとブレザーのネクタイを緩めシャツのボタンを上から二つ常に外している。
ちなみに勝は、目つきが悪すぎて女子からの人気は皆無だ。
「何でもない。ちょっと、考え事をしてただけだよ」
「変な奴だな。まあ、恋の悩みなら俺がアドバイスしてやるから、いつでも頼ってくれ」
「そんなんじゃないよ。それよりお前に恋の相談なんかしたら、ロクなことにならないと思うから、絶対にしないけどな」
「酷いこと言うな、じゃあ、俺は先に帰るから」
「おお、また明日な」
周囲を見ると、教室に残る生徒は、ほとんど居なくなっていた。
そろそろ帰ろうかと、勝が席を立ちあがった瞬間、机の上に置いていたスマホが振動でガタガタと揺れ軽快なマーチが流れた。
やっぱり夢じゃなかったかと、スマホを手に取り画面を覗き込んだ。
「最初のイベントが始まりますよ! さあ、準備は良いですか」、クマは嬉しそうに万歳しながらピョンピョンと画面の中で跳ねていた。
「最初ねぇ、一体何が始まるのやら?」
「それは、大切な出会いですよ。僕の指示通り行動してください」
「はいはい、分かりましたよ」、勝は真顔で答えた。
腕時計を見るクマの前に数字が表示された。
10、9、8・・・3、2、1と、カウントダウンが始まり0になった。
「さあ、今です。教室を出て帰ってください」
「はぁ、帰るの? ただ、帰るだけで良いの」
「早くしないとタイミングが狂います。さあ、早く教室を出て!」
偉そうに指さすクマに、言われるがまま教室を出た。
足音が響く廊下には、もう生徒の姿は無かった。外からクラブ活動をする掛け声や帰宅途中の女子たちの甲高い笑い声が聞こえる。
廊下を進み3階から階段を下りるが、一向に何も起こる気配を感じない。
1階まで降りた勝が廊下を右に曲がろうとした時、誰かがドンと、胸に顔をぶつけた。
「きゃあ。ご、ごめんなさい」、目の前には鼻を押さえる女子生徒の姿。
尻もちを付いた女の子は、立ち上がると痛そうにお尻を擦り、慌てて廊下に散乱した本を拾う。
緩くカールする長い髪を髪留めでまとめる彼女は、前髪を掻き上げメガネを拾った。
「あれ、委員長か。悪い、俺も手伝うよ」
「えっ、田中君。まだ、学校に居たの?」
彼女は、同じクラスで学級委員をする
本を運んでいる途中、彼女は出会い頭で勝とぶつかってしまったのだ。
「今、帰る所だった」、あまり話をした事の無い彼女を始めて近くで見た。
いつも前髪で眼鏡ごと目を隠す彼女の素顔を始めて見た気がする。黒目が大きくて意外にも可愛いかったので、思わず彼女に見とれてしまった。
「ごめんね、私が前をちゃんと見てなかったから」
「あっ、いや、それより怪我は無かったか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」と、彼女は重そうに本を抱えた。
うーんと、唸るような声を漏らした勝は、彼女の抱える本を半分奪い取った。
「重そうだから、手伝うよ。図書室で良いのか」
「えっ、う、うん。手伝わせてしまって、ごめんなさい」
「謝らなくて良いよ。何も悪い事してないだろ」
「そうね、ありがとう」
共通する話題が無かったので、図書室まで黙ったまま二人並んで廊下を歩いた。
身長180センチと長身の勝は、自分より小柄な森川を何気なく上から見下ろし観察する。
気になる女性が現れると、どうしてもその人の全てを知りたくなるのは、男の性だ。
本能的なのか、無意識なのか、彼女の身体的特徴を目でチェックする。
頭が自分の肩に届くぐらいなので、160センチぐらいなのかな。
細身の身体、白くて柔らかそうな肌。
上から見ると彼女の胸は大きいけど、サイズは何カップだろう。
傍から見れば、目つきの悪い男が嫌らしい目で女性を見る犯罪ともとれる行為。社会人ならきっと、セクハラですよと注意されるだろう。
無防備な彼女から放たれた甘い匂いを鼻の奥で感じた彼は、ドキッとした。
「委員長、ここで良いか」、図書室のカウンターに本を置いた。
「ありがとう。助かったわ」と、森川は勝に微笑みかけた。
「しかし、委員長はこんな仕事もしてるんだな」
「たまたまよ。用があって職員室に行ったら、小西先生に頼まれたの」
「そっか、じゃあ、俺は帰るわ」
「うん、また明日。じゃあね」
クマに急かされ教室を出たが、結果は委員長の森川とぶつかり、お詫びに本を図書室まで運んだだけだった。
学校を出て直ぐに何だったのだろうかと、ブレザーのポケットからスマホを取り出したが、既にクマの姿はそこには無かった。
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