あの娘に気付けたのは、未来のアプリのおかげです!
川村直樹
第1話 未来からのアプリ
「夕飯、出来たわよ!」、一階から母親が大きな声で呼んだ。
「はーい、分かったよ」、五月蠅いなと思いつつ勝は返事をした。
友人とラインでやり取りをした後、スマホを手にしたままの
机の上には、開いたままの参考書と書きかけのノート。
進学するのが当たり前になっている風潮に、自分も流されているのは分かっている。
将来何がしたいのか、まだ分からないのに。
勉強を始めてから1時間もすれば、いつものように集中力は切れてしまった。
ボーとスマホの画面を眺めていると、もの凄い勢いでプログラム言語が画面の上から下へと流れ出した。
白い文字が滝の様に流れ落ちていく、それは映画で見たワンシーンそのものだ。
「どうした? 何だよこれ」
思いもよらない事態に驚き、慌てて体を起こした。
必死に画面をタップするが、スマホは反応してくれない。
挙句の果てには、スマホを上下左右に振って見たが、画面は元通にならなかった。
「待ってよ!!! どうなってしまったんだ」
電源を落とそうにも、スマホは全く反応しないし。
「うわぁぁぁ!!! もう、勘弁してよ」
ウィルスに感染してしまったのかもしれない。
望まない結果が現実にならないで欲しい、「お願い」と祈ってスマホを見た。
電源は入っているのに、画面は真っ黒になった。
はぁ~・・・、スマホも勝もフリーズしてしまった。
スマホからブーンと機械音が聞こえ、再起動を始めた。
真っ白な画面の次に現れたのは、真っ赤なボタンだった。
画面の上部には、“田中勝様・本人確認”と表示されている。
赤いボタンの真ん中には、PUSHと文字が浮き出し怪しく点滅する。
見るからに怪しいボタンを素直には押せない。馬鹿じゃないから躊躇ってしまう。
「何だよ、画面をタッチする以外に選択肢は無いのか」
どうしようか迷っていると、再び母親の呼ぶ声が一階から聞こえた。声色から少々お怒りの様子だ。
「はいはい、分かりました。今すぐ下りますよ」と、母親に聞こえるはずも無い声で返事した。
半ばあきらめ気味の彼は、散らかる机の上にスマホを置いた。
暫く放っておいたら直っているかもと、根拠の無い期待を残して部屋を出て行った。
食後にテレビを見ていたら好きな芸人が出ていたので、勝はすっかり笑いを堪能してしまった。
楽し過ぎてスマホの異常を忘れてしまうほど、テレビに見入ってしまった。
「ああ、面白かった」、満足して部屋に戻ると机の上のスマホを手に取った。
「ウグッ・・・!!!」
画面に表示される赤いボタンを見た途端、残念な気持ちになった。
そうだった、彼はスマホをそのまま放置していたのだった。
―――もし、画面上のボタンを押したらどうなる?
頭に浮かんだ言葉は、本心なのか本人にも分からなかった。
現実逃避する人間は、時におかしな行動をとってしまう。まさか自分もそんな行動を取ってしまうのだろうかと、画面に指を近づけた。
ボタンを押そうか、押さないか、悩みながら唾を飲み込む。
「ゴクッ・・・」、耳の奥で自分の喉の鳴る音が聞こえて来た。
緊張状態が長く続くと、誰でも自暴自棄に陥りやすい。もう壊れても良いや、開き直った彼の指が画面上のボタンに触れた。
「タン、ダッ・ダッ・ダダッ・ダダダダ・・・パンパカパーン!」
「うっ、うぉー!?」、鳴り出した音に驚き手にするスマホを遠ざけた。
ファンファーレが鳴り止むと、画面上にピンク色のクマの顔が、アップでデカデカと表示された。まるで布切れで作られた、ツギハギだらけのぬいぐるみの様だ。
「GMMのご利用ありがとうございます、田中勝さま。これからご一緒に、ご依頼主の良き思い出作りをしていきましょう」、タキシードを着るクマがシルクハットを脱いでお辞儀する。
口を半開きにして驚く勝は、スマホの画面を執拗にタップしながら念じる。
消えてくれ、消えてくれ・・・、頼むから元に戻ってくれよ!
顔をタップされる続けるクマは、グニグニと表情を歪めて見せた。
「ふぅー、今更、何をしても駄目ですよ」、クマは体を左右に揺らし変な踊りを披露する。
「ちくしょう! 新手のウィルスか。うわぁー、やっちまったか」
「はあー、僕はウィルスじゃありませんよ。先ほどから、お伝えしている通りGMMの案内役です」
「GMMて、何だよ? 意味が分からない」
「GMMは、グッド・メモリー・メーカーの略です。2027年に開発された、未来のアプリなのです」
「み、未来?」、勝はスマホを顔に近づけた。
「そうなのです! 依頼主の朧げな思い出を鮮明な思い出にするため、開発されたアプリなのです。量子コンピューターの完成で実現できた、最新の技術なのですよ」
「ふーん、それで依頼主は、俺自身なのか?」
「それは、お答えできません。過剰な情報は、未来を変えてしまう恐れがあるので、お教えできないのです。悪しからずです」
そう話すクマは、つま先を軸にして画面の中でクルリと回転した。
「そうか、未来の俺は何か覚えておきたい出来事があるのか」
「それは、どうでしょう。想像するのは、自由ですけどね」
「てか、お前がずっと画面に表示されていたら、スマホが使えないんだけど」
「今後は、必要な時だけこのGMMが起動します。その時は、案内役の僕がお手伝いをしますので、ご安心を」と、クマはクルクル回り続ける。
「必要な時って、いつなんだよ?」
「然るべきタイミングがあるのですよ。それでは、暫し失礼しますね」
トコトコとクマは、画面の中を右へ歩いて行き消えてしまうと、クマの顔がモチーフのアイコンが表示された。
未来のアプリはどんな仕組みになっているのか分からないが、どうやら未来のIT技術は目覚ましい進歩を遂げたに違いない。
何とも納得できない彼は、普段見せない真剣な表情で頭を掻いた。
理解不能な現象が起こるのは、無理な受験勉強が祟ったのか。頭が変になったと思った彼は、憂鬱な気分になったのだ。
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