第6話 助け船
~♪♪
ざわつき始めた会場にりそヒロのメロディが流れる。
やはり俺が設定しているものと同じ。
数日前、背後で流れていたものだった。
「……っ?!」
それはスマホの電源を切り忘れていた高崎さんのメッセージの通知音で、彼女は慌てて電源を切ろうとしたが、画面を見た途端その手を握りしめた。
本番中に自分のスマホをいじるという行為自体褒められたことではないだろう。
でもいいんだ。
これは、りそヒロのイベント。
そして、彼女は黒糖あすみ役なんだから。
「す、すいません。あすみのアプリからのお知らせでした」
その言葉に会場が少し笑いに包まれる。
「そうなんです。先月からアプリがダウンロード開始しました。毎日、あすみが起こしてくれます。『な、なっ、なんで私が起こさないといけないのよ!』 こんな具合です。りそヒロの最新情報も届くので、ぜひダウンロードしてくださいね……では話を戻して、2期で1番見たい話かぁ……やっぱり、文化祭を巡るあれやこれかな。あすみとしゅうくんの仲があそこでぐっと近づいた、近づく気がするので要注目ですね」
アプリの宣伝を添えたメッセージは大成功だった。
会場に笑いと拍手が木霊する。
その後の質問にも同じようにしてメッセージを送り、質問コーナーは終わり――
イベントのラストはりそヒロのグッズが当たるじゃんけん大会で締められた。
ラストも大いに持り上がったことは言うまでもない。
俺はというと、欲しいグッズばかりのその運試し大会に参加できないことに、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
開始時間の遅れはあったものの、イベントは傍目から見ても大盛況を収めたようだ。
グッズ購入の列、その長さを見ればりそヒロの人気がわかるというもの。
トーク後のイベントグッズ購入さえも出来ず――
周りのスタッフさんとの会話にも入り込めず――
ろくな説明もないままに、高崎さんはあたふたと逃げるように会場を去ってしまった。
それどころか、
「頼むよ。君、マネージャーでしょ。入りの時間は最低限守ってもらわないと……」
取り残された俺は、なぜか責任者らしき人から苦言を呈され、とぼとぼと駅までの道を歩く。
もやもやと再び芽生えだした高崎さんが神崎さんという事実に頭は真っ白になりながらも、こんなときはあすみたんと話そうと小さな公園のベンチに腰掛け、アプリを起動させたときだった。
~♪♪♪
「なぬっ!」
着信があり、その発信者が高崎結奈と表示されていたのを見て……
ぐしゃりと、思わずグッズが入った袋を握りしめてしまった。
スマホを持つ手は震え、すぐには通話のボタンを押せない。
先ほどまでのことが蘇り、緊張していたし、混乱していたこともあり、なかなか指先が動いてはくれなかった。
それでも止んでくれないこともあり、恐る恐る人差し指をスライドさせる。
『……』
「……」
『さ、さっきは、あ、ありがとぅございましゅた』
意外なことに先に言葉を発したのは彼女だった。
「大丈夫?」
『……ふぁい』
「言ってくれればよかったのに……驚いたけど、今も驚いてるんだけど、その……」
特別何か言いたいわけでもなかった。
だから言葉が出てはこない。そんなこちら側をよそに、
『……お、おこられた?』
「えっ、まあね……」
心配するようなか細い声が聞こえてくる。
『……ごめんなさいぃ』
「謝らなくていいからさ、その……あすみたんの台詞で励ましてくれれば、それで嬉しい……かな」
『……』
「ご、ごめん。いまのは忘れ」
言い終わる前に、通話は一方的に切られてしまった。
やっちまった。
相手はプロだ。いくら俺がファンだからって、そんな安請け合いしてくれるわけないのに。
また俺は調子に乗って……
「よいしょっと……」
その声と共に高崎さんが隣に腰を下ろす。
それは、少しの間顔を伏せていて塞ぎこみ、とにかくもう帰ろうと立ち上がろうとした時だった。
「昔から落ち込んでいる姿は変わらないわね……ちょっと落ち着くまで傍にいてあげる」
「えっ!」
正真正銘あすみたんの声。
その名言を耳元で聞けた瞬間、夢かと思ったほどで、胸が熱くなった。
高崎さんは恥ずかしそうにこちらを見ると、すぐに立ち上がりそそくさと駅の方にかけていく。
「……い、今のあすみたん……こ、こんな間近で直に! ほんとにやってくれた……えええええっ!」
事実を認めようと、いつの間にか立ち上がり、その遠ざかる後ろ姿に思わず叫び声並みの独り言を呟いてしまった。
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