第5話 本物
「まずは2期の放送が決定したことを改めて報告してください」
「わ、わかりました。じ、事前のスケジュール通りで変更はありませんね? わ、わたし、アドリブは苦手です」
「結奈ちゃん、緊張してます? リラックスしてください」
小さな舞台裏で高崎さんはメイクをされながらも、メモ帳に視線を落とし、スタッフの人と軽い打ち合わせをしていた。
すぐ傍でその様子を見ている俺はというと、開いた口が塞がらない。
高崎さんが
あすみたんの声優が神崎結奈さんというのは、エンドロールに流れるのでもちろん知っているのだけれど……ええっ!
「時間が押しているので、準備出来たら結奈さんお願いします」
会場内ではりそヒロのテーマ曲が流れだし、舞台袖からでもかなり盛り上がっているのがわかる。
その熱を感じ、準備が出来た高崎さんが駆け足でステージに出ていく。
すれ違う時チラ見されたが、俺と言葉を交わす時間などあるはずがない。
「あっ、1つ追加があったんだった……」
「あれは打ち合わせいらないだろう」
俺の前で見ている先ほどのスタッフともう一人がそんな話をしていた。
「ずっと前から、あたしのファン1号はあなたでしょ」
あすみたんの名台詞を第一声に高崎さんの挨拶が始まる。
ほ、本物だ!
「お、お待たせしてすいません。黒糖あすみ役の神崎結奈です」
盛大な拍手と歓声が会場に響く。
クラスで目にしていた高崎さんじゃなく、そこにはあの視聴覚室で見た彼女がいた。
「まずはご報告です。りそヒロ、2期の制作が決定しました!」
続編決定の報告と集まったファンへのお礼。
こういうイベントの場に出るのは初めてで緊張していること。
キャラソン発売があるのか、ないのか、苦笑いと笑顔を混ぜながら、会場の熱を冷まさないよう、さらに温めながら司会者とのトークを交え、話を進めていく。
俺は目の前の出来事に驚き、最初は動揺していた。
それでも、高崎さんの言葉一つ一つ、仕草一つ一つに次第に目が離せなくなっていく。
気が付いた時には気持ちが高揚しているのがわかった。
本物の声優さんをこんな間近で見るのは初めてだ。
あすみたんのキャラに命とも言ってもいい、声を吹き込む神崎結奈さん。
会場の雰囲気に当てられたのか、その姿にいつしか視線が釘付けになってしまった。
トークイベントは大いに盛り上がり、おそらく会場にいるすべての人が満足していた。
だが……
「それでは質問コーナーに行っちゃいましょうか?」
司会者のお姉さんがノリノリで高崎さんと会場に集まったファンに向かって告げると、
「えっ!」
彼女はそれを聞いて、血の気が引いたように固まってしまったように見えた。
その反応から見るに、事前のスケジュールにはなかったのだろう。
よく言えばサプライズだが、高崎さんにとってはそうでもないらしい。
「ではでは、結奈ちゃんに何か聞きたいことのある方?」
その言葉を受けて、会場内の4割近くが一斉に手を上げる。
「……ええっと、2期では2年生になったあすみたちが描かれるのかと思うんですけど、結奈さんが一番アニメで見たい話はどこですか?」
当てられた1人の男性ファンが聞いた。
そんなに難しい質問でもないが、高崎さんは先ほどまでの軽快さが嘘のように沈黙する。
「……」
最初は塾考しているんだと思ったファンも時間が過ぎていくにつれ、次第にガヤガヤしだした。
司会者のお姉さんが場をとりなし始めても、まだ彼女は言葉を吐き出さない。
ステージ上の彼女は嘘のようによく喋った。
でも、教室では、さっきだって……
高崎さんの沈黙を見て、この数日の様子を思い出す。
もしかしたら――
余計なことかもと思った。
それでも気が付くとスマホを握りしめ、必死に彼女に向けてメッセージを打っていた。
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