第4話 きょどる彼女
彼女は学校内とは違いベレー帽を被っていたが、見間違う容姿ではない。
周囲がざわつく空気を感じ取ったのか、顔を伏せ弱弱しく前の方に移動していく。
思わず声を上げてしまった。
だが、よくよく考えればあの域まで台詞を物まね出来るくらいだ。
やはり高崎さんも好きなんだなと思い、なんだか嬉しくなった。
よぉし、思い切って声を掛けてみるか。
どうせなら、一緒に盛り上がりたい。
そんな気持ちになったのは会場の作品熱に当てられたからだろう。
「高崎さん!」
「ひゃ!」
後ろから声を掛けると、びくりと体を震わせてゆっくり顔がこっちに向く。
「やっぱり来たんだね。あすみたん好きには外せないイベントだからな」
「あうっ……」
高崎さんはなぜか異様にきょどる。
「ご、ごめん。1人で堪能したい派?」
「……」
彼女からは肯定も否定もない。
愛だの恋だのの話題やそんな関係性を期待してとかは全くなく、俺はただ純粋に同士として声を掛けているんだ。
同じ作品のファンであり、キャラが好きであろう高崎さんならその気持ちがわかるはず。
だから何かしらのアクションが欲しいんだけど……ああ、だめだ。この会場に同じクラスの子がいると思うだけでテンションが上がる。
「た、高崎さん、連絡先を交換しようよ。俺も話すのは苦手だし、対面してじゃなく電話とかメッセージならやり取りするのも楽だと思うんだよ」
「……」
少し間があったものの、すうっとスマホが掲げられる。
その裏にはちびキャラにしたあすみたん制服バージョンのシールが貼られていた。
「うわっ、それ……俺も同じの」
「っ?!」
嬉しさを覚えながら、スマホの電源を入れなおした彼女と連絡先を交換する。
俺の方から今まで異性に連絡先を聞いたことはなく、これが初めてのことだった。
「神崎さん、どんな人かな?」
「学業と声優の仕事を両立させてるって話だぞ」
「それ、ファンになるわ!」
前の方に来てしまったので、周りからはあすみたんの声優である神崎さんの話題が聞こえてくる。
そういえばあすみたんの声優は近々キャラソンもリリースされるんじゃないかと噂になっていた。
声優さんにはあまり関心がないけど、顔出しは今回が初ってことだったな。
今日のイベント熱がやたら高いのは、それもあってのことか。
「高崎さん、あすみたんの声優さんについて詳しい?」
「ふゃあ?!」
やはり彼女はきょどるばかりで、まるでやり取りが出来ない。
ひょっとしたら、俺のコミュ障のせいか?
アプローチの仕方が最悪なのかもしれない。
「……」
「……」
そのあと、何度か話しかけるも会話が成立することなく、次第に周りが騒がしくなってくる。
「おい、イベント開始時間過ぎてるぞ」
「どうやら、神崎さんがまだ来てないらしい」
壇上近くにいるスタッフさんたちの様子もなんだか慌ただしくなってきた。
そんな中、高崎さんの顔色がだんだんと青白くなっているのに気がつく。
「どうかした?」
「……」
案の定言葉が返ってはこないので、早速メッセージを打とうとした時――
高崎さんが、りそヒロのロゴが入ったジャンパーを着たスタッフらしき人に声を掛けられる。
「あ、ここにいた! 早く来てください、メイクしないと!」
「は、はいぃ」
「ほら君も。結奈ちゃんが言ってた新しいマネージャーの人だよね? 早く! 荷物もってあげて!」
「えっ、その、かれ、ちがっ……」
「……へ? ……え? ええええーっ?!」
驚きのあまり、きちんと否定できなかった俺は……あわわとなっている高崎さんと共にステージ裏へと連れていかれてしまった。
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