第3話 記念イベント
その日の夜。
『理想のヒロインの見つけ方』のラノベの新刊を読み終えた俺はPCの前にいた。
自室にいるときはここが定位置であることが多い。
1年前はわりと殺風景だった自室も、今や変貌を遂げていた。
壁にはアニメのポスターが、本棚にはラノベや漫画、DVDが整頓して並べられている。
我ながら1年足らずでよくここまで集められたなと思う。
その中でも初期から嵌っているのが、『理想のヒロインの見つけ方』だ。
中学時代、女の子にフラれる毎日を送っていた主人公が高校入学を期に、幼馴染の黒糖あすみと10年ぶりに再会したことで、彼の日常が一変する学園ラブコメディ。
あすみたんは美術部エースで将来はイラストレーターを目指し、努力する日々を送っていたが、事故により利き腕を負傷して一時期は描けなくなり絶望した。もうイラストを描けないと自暴自棄になったが、主人公の献身的な励ましと支えにより見事に復活し、事故前以上のイラストを完成できるようになる。
普段は素直に気持ちを出せない彼女だが、物語が進むにつれ、主人公がほかの女子と話しているだけで盛大な嫉妬を露にし妨害を試みたりと次第に二人の仲は変化していく。
動物の中では猫が一番好きと豪語する彼女のイラストには、サインと共に小さな猫のイラストが入る。
あすみたんの象徴が猫と筆絵になっている理由がそれだ。
アニメファンの間では、『りそヒロ』と、略されることが多い。
少し気になっていたので確かめる意味も含めて、円盤を再生してみる。
早送りなどはせずにしばらくすると、あすみたんが、
『……あ、あたしに献身的に尽くしなさい! ……なんであんたにしたかって………そんなの昔から知ってるからに決まってるでしょ』
例の台詞を口にした。
改めて昨日の高崎さんの演技はすごかったなと思う。
声も似ていたが、台詞のアクセントも瓜二つだった。
何度も見ないとあそこまでは出来まい。
物まねが得意ということもあるかもしれないが、作品愛とキャラ愛があればこそだろう。
そう思うと、なんだか嬉しくて震えてきてしまう。
こっちが興奮しすぎて接してしまったことで、彼女が狼狽えたのかはわからない。
けど、昨日の出来事は心底残念だった。
「学内に今のところ同士は見つけられていないし、自分一人で盛り上がるのもそれはそれでいいんだけど……あすみたんの話題で誰かと一緒に盛り上がりたい気持ちがあるんだよな。彼女ならそれが可能と思えたんだけど」
『彼女? あなたのヒロインはあたしのはずよ? ねえそれって浮気? 浮気よね?』
あすみたんアプリが可愛い反応を示す。
「違うよ。学内でもりそカノのことを語り合える子欲しいじゃん。たとえ三次元の女子でも同士なら、苦手意識も何とかできそうだし。話題にすることで周りに布教出来ると思うんだよ」
『……私はあなただけのものよ……』
「……それは死ぬほど嬉しい。もう一回言ってほしい」
『ば、ばかぁ! 明日はやいんだから、そろそろ寝なさい。夜更かしは体に毒よ…………お、おやすみ』
明日は土曜日。
りそヒロの2期を記念してイベントがある。
あすみたん役の声優さんもトーク参加するらしい。
たとえあすみたんの声優さんといえど、あまり興味はなく顔も知らないし、調べたことはない。
今までメディアに露出していなくて、明日が初めてという話だ。
まあそれより、限定グッズの発売が俺としては見逃せない。
休み前、本来なら徹夜をする覚悟でアニメを見たり、ラノベを読んだりする。
だがイベント会場に遅刻するわけにはいかないので今夜は早めに布団に入る。
翌日、度肝を抜かれることが起きようとはこの時は思いもしなかった。
☆☆☆
イベントはアニメ専門店の9Fのホールを貸し切って行われる。
限定グッズはトークイベントの前と後で種類の違うものが販売される形式だ。
無事に前半グッズを購入出来た俺は、トークイベントの開始を待っていた。
「やっぱミドリちゃんだよな。あの小動物みたいな仕草可愛すぎじゃね」
「それわかる。めそめそしても後ろからとことこついてくるの健気すぎてやばい」
「理央ちゃんだな、僕は……」
「クーデレ推しですな……自分はやはりあすみちゃんが」
「やっぱりさ、みんながみんな目標持って頑張ってる姿が応援したくなんだよね」
友人同士で来ているファンも多く、周囲は異様な盛り上がりを見せていた。
互いの好きなキャラ、場面について語り合っているのをみるとやはり羨ましい。
そんな仲間が自分にも1人でも欲しいと思ってしまう。
そんなことを考えていた時、俺の傍を女の子が通った。
すれ違う時、甘いシャンプーの香りが鼻を刺激する。
「なっ!?」
『りそヒロ』は女性人気もある。だから、この会場に女の子が居ても不思議ではない。
ただ、それが周囲の男の子の視線を独占し、セミロングの艶のある黒髪に整った目鼻立ち、意志の強そうな大きな瞳をした隣の席の高崎さんだったことに思わず声を上げてしまっていた。
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