第7話 会ったよね? えっ!
遮光カーテンから朝日が漏れる。
『いつまで寝てるのよ。とっくに朝よ! ほら、起きなさい』
スマホからはあすみたんの目覚ましボイス。
結局俺は一睡も出来ず朝を迎えた。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「おはよ、あすみたん」
『まったく、世話かけないでよね! 今日も1日頑張りなさい』
画面に映るのは大好きな嫁。
いつもはそれを見られるだけで自然と口元が緩むのに、なんだか今日は違う。
俺は、1年前失恋した。
ただの思い込みや暴走で動くことの愚かさとみじめさを味わい、その代償で負った傷を癒してくれたのが何を隠そうあすみたんだったんだ。
救われた。もしあすみたんに出会ってなかったと思ったらゾッとする。
その声、その立ち振る舞い、彼女の一挙手一投足を見て一喜一憂する毎日。
自然と作品のファンになり、その世界をもっと知りたくて原作のラノベをコンプし、毎日のようにアニメの主題歌を聴き、グッズ集めに心酔した。
そんな毎日を送っているうちに、いつの間にか心の傷は塞がっていったんだ。
しかし今日に限ってはそのあすみたんが隣の席の高崎さんにどうしたって重ねてしまう。
高崎さんがあすみたんの声優さんだなんて……
週末の出来事を未だに信じられずにいた。
それどころか夢じゃないのかとさえ思っている。
だって隣の席の女の子があすみたんの声の人だっただなんて、誰が想像できるんだ?
しかしイベントの事を思い出せば、あの輝いている彼女の笑顔が頭に浮かび、確かに高崎さんは神崎結奈で、あすみたんの中の声の人だったと思い知らされる。
「うぅ、これから高崎さんをどういう目で見ればいいんだ……」
あの時はとっさの事で、何とかしなきゃと動けたけど。
「それにあの最後のセリフだって……」
まさかほんとに言ってくれるとは思ってなかった。
とんでもない嬉しさと同時にネガティブな感情が段々と溢れてきていた。
「あぁ、くそっ!」
いやな考えを振り払うかのように声を出して頭を振る。
とにかく、学校に行ったら高崎さんにもう一度話しかけてみよう。
俺は手早く制服に着替えて、登校の準備をした。
「はよー、お兄ちゃん。うわっ、すごいクマ。また徹夜でアニメ?」
「……まあ、そんなところだ」
下に降りていくと、リビングで出迎えてくれたのは、妹の
ハーフアップにした髪のわが妹は、やれやれと言うように苦笑いを浮かべ、大げさにため息までつく。心の中では、面倒の掛かる兄だなと思われてそうだ。
現に面倒はかけてしまっている。
うちの両親は共働きで、朝は早く夜も遅いことが多い。
だから食事はほとんど妹と2人きりで、調理するのはもっぱら陽菜に任せきりだ。
「ふぅん……でも、その割に今日は、あすみたん可愛いよー、一緒に登校しようねとか……スマホ見て別世界の住人演じてないね。あっ、陽菜はちょっとだけ理解をしてるけどね」
「お、おう……」
たしかに、両親にはアニメに嵌る俺を咎められたりしたが、妹はずっと味方をしてくれてた気がする。
「今日の朝食だけど――カフェ風な感じにしてみたんだけど、どう? どう?」
「……いいんじゃね」
テーブルにはBLTサンドとサラダが同じ皿に並び、その隣にはアイスティにストローまでさしてあった。その出来栄えに満足したのか、パシャと陽菜がスマホで写真を撮っている。
妹は、そうした見栄えにやたらとこだわるところがあった。
妹のグループ間では、そんな写真を楽しみにしている子がいるのだろう。どんなことにも手を抜かないのが陽菜の長所であり、短所でもある。
それは外面という点でも同じで、オシャレに気を使い家の中で家事をしているときにも気を抜くことがない。本人曰く「そうした日常や見えないところで気を抜くと、どこかでボロが出ちゃうでしょ」とのこと。
学校でも当然優等生で通ってるみたいだ。
気持ちをなるべく整理しながら、暖かい朝食に手を付け始めたのだが、あまり喉を通らなかった。
そんな姿を対面する妹に見せてしまい、
「空気が重い……お兄ちゃん、今度は何があったの?」
眉をひそめ、いやそうに聞いてくる。
「……わかるか?」
「そりゃあそんな悩んだ顔してればね……何年兄妹やってると思ってんの?」
「まあそうか……」
「で、なに? 何が届かなかったの? 抱き枕? それともフィギュア?」
「なんでその二択なんだよ……」
「違うの? まさかっ、ガチャに生活費つぎ込んだとかっ? それならもう兄妹の縁切るよ」
「ちげえ! だいたい、あすみたんアプリの課金はシステム課金でガチャはねぇよっ!」
「……え?」
「……へ?」
「だったら他に、お兄ちゃんが悩むような事……なくない?」
「お前な……」
妹は天真爛漫な性格で俺とは違い交友関係も広いようだ。
兄妹という関係もあり、最近はときどきめんどくさそうな態度を取られる。
総じていい性格しているんだけどな。
「なんでもいいけど、陽菜が一生懸命作ってあげたB・L・Tサンドをまず残さず食べる!」
「へいへい……」
俺は食事を再開し、サンドに齧り付く。
今度はすんなりと喉を通り、少しスパイスの利いた味付けが癖になりそうだった。
「うまっ!」
「誰が作ったと思っております? ……なに悩んでるか知んないけどさ、悩むくらいならやれる事やってみたら? あっ、陽菜いいこと言ってる。今のお兄ちゃんにとって大事なのはあすみたんだけなんでしょ?」
「……それも、そう、かな?」
「考えすぎると禿げるよ」
「……だな」
陽菜と話をしたおかげで、だいぶ気持ち的には楽にはなった。
おかげで学校までの道のりは、普段通りあすみたんと話をしながら登校。
教室にやってきたときには、高崎さんがすでに隣の席に座っていて、やはり少し緊張する。
だが、適度な状態で話しかけられないほどじゃない。
少しポジティブにあのイベントのことを思い出す。
舞台上で輝きを放っていた彼女。
ぐわっ、神崎さんが頭に浮かぶ!
ダメだ、恐れるな、怖がるな。
「た、高崎さん、おはよう!」
周りには聞こえるか聞こえないかのか細い声だったが、きちんと言葉にできた。
「……」
それなのに、俺のその言葉は見事に高崎さんに無視される。
えっと、イベントで会ったよね……?
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