第3話 決意

「あんたはあんたの世界があるように、」


オルトギュウスが喋りだしたところで、急にチョコが口を尖らす。


「だめ…あんたじゃない。

みやび。チョコのみやび」


「あーハイハイ。えーと、雅にも世界があるように、俺たちにもある。

俺たちはこいつを主人とした兵器試作品の一つなんだよ」


口を拭って、オルトギュウスは話しはじめた。

俺は口を挟まない、とにかく話を聞きたかった。


「こいつの腕にタグがあったろ?

試験段階からずっと腕にはめられてるんだ、これ。

ここに載ってるのはこいつの名前じゃなくて、俺たちの名前なんだよ。こいつが枷をはめれる人間兵器のな。

俺なんかは力のみを特化した配列パターンで、ベースはこいつと一緒。だからおつむは同じくらいだが喋る機能なら俺の方がまだ特化してる。こいつには制限が多いからな。

 他にも色々いるが、そいつらが試験任務段階で脱走できちまう事態になったんだよ。

……こいつの記憶喪失だ。

俺含めて他の兵器は自由に飢えてるからな。

記憶喪失になりゃ枷なんてかけらんねーから、さっさと逃げたんさ」


これが彼らの世界。

この嘘みたいな話が、彼らの真実。


「記憶が完全になってまた見つかりゃ、こいつの言霊ことだまの枷でまた元に戻っちまう。

こいつ自体は人間にしちゃちょっと頑丈だが、俺からしたらただの弱っちいガキだ。

だから何も知らねーうちにぶっ殺しちまおうと思ったんだ。

したら土壇場で思い出しやがって。

因果なもんだよ。こーゆー経緯なワケ」  


おかわり、と皿を差し出すオルトギュウス。

あまりにも現実離れしているので、なんとも納得しがたいが…。

皿を受け取り、台所に向かう。

チョコは俺をじっと見て、悲しそうで寂しそうな目をしていた。ロールキャベツをよそいながら、疑問を口にする。


「兵器ってなんのためのだ?

お前みたいなすごい力を、人間から引き出せる技術があるなら、今の医療技術とかに使えば良いのに」


人間の限界を引き延ばす技術。

漫画みたいな話が現実なら、世界が変わる。


「さぁな、俺たちは“兵器だから”聞かされてねぇよ。

ま、切り札はいつでもとっときたいもんじゃねーの?」


ロールキャベツのおかわりを手渡すと、オルトギュウスは嬉しそうに受け取る。見た目は普通の子供なのになぁ。

新しい物が出来たらまず武器にする。なんだか悲しい人間の本能だ。

…そんなものか、ダイナマイトや核融合が、結果武器に応用されたみたいに。


「でも、なんでそんな兵器を統括してんのが、チョコみたいなひ弱な奴なんだよ」


「ばーか。主人が弱くなきゃ凡人が扱えないだろ。

俺みたいな力を持った飼い犬じゃ、即殺されちまうからな」


確かに…そうだ。


「もういいだろ経緯はよ。

それより、おい、お前どーすんの。

俺は馬鹿だけど、『あいつら』はそこそこ頭いーぜ?」


オルトギュウスはチョコに向き合う。傍から見ると双子のよう。


「お前か本部をぶっ壊せば自由になれるって、とっくに気付いてるだろーよ。

本部をやられるのはいいとして、少なくともお前のとこに来る奴がいたら、雅が危ないぞ。

このままでいーのか?」


チョコはうなだれて、考え混んでいる。

ボサボサの髪、いまだに俺の貸したジャージをワンピースみたいに着ている。その姿はまだ子供。

逃げ出した兵器を統括するために枷をはめるチョコだが、そのチョコ自身も『主人』という枷をはめられている。

俺から離れなかったのは、戻りたくないと思っていた本心もあったのかもしれない。


「チョコ、俺はいいぞ、ここにいても」


俺を見上げる、無垢な瞳。


「お前が帰りたくない場所なら、ここにいてもいい」


「…うん…みやび、いっしょいたい」


嬉しそうに笑う、チョコ。

仕方ない、拾って世話した俺も責任がある。

なによりここで縁を切って、チョコは大丈夫なんだろうか。


「大丈夫だよ、この俺がいるからな」


オルトギュウスは皿を舐めながら、にやりと笑う。

案外、一番チョコを心配していたのが、こいつなのかもしれない。


「ついでに雅も護るよ。

俺は案外義理固ぇからな。

…兵器の俺に飯を作ってくれる馬鹿は、お前だけだし」


ぶっきらぼうに言うが、照れたように含み笑いをしているオルトギュウス。

こいつもそれなりに辛い事があったのかもな、と頭を撫でると真っ赤になって手を叩かれた。


居候が二人に増えた事をどうやって姉に説明したらいいか、頭を悩ませるが姉妹のように喧嘩をしている二人を見て……まぁ、なんとかなるかと笑った。



「みやび、あのね」


満腹になったのか、オルトギュウスは夕食後すぐに寝てしまった。

二人で皿を洗っていると、チョコが俺の袖をひっぱってくる。


「チョコはね、ほんとはなまえないの。

オルトギュウスとはちがうから『鎖』って呼ばれてた。

だから、チョコってなまえもらったの、すごくうれしいんだ」


笑う。

チョコの記憶は少しずつ快復しているようだ。口調も幼い子供の発音だが、所々明瞭になる。


「だからチョコは、みやびのこと一番だよ」


もちろんみやびの姉ちゃんもね、と笑う。


「ありがとな」


きっとチョコが人らしく、

女の子らしく笑えるのが、今なら。


それを永遠にしてやりたい、と俺は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チョコとオルトギュウス Rui @rui-wani

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ