第2話 封印
「おらおら!ぶっ殺してあげるぜぇ!
あっはは!」
大学の裏庭を走り抜ける。
あのブロンドの狙いがこっちなら、戸塚も危ないし離れたほうがいい。
夕方になれば運動部が使う校庭を目指す。
後ろから俺たちを追うそいつは、乱暴に物や木をぶっ倒しながら走ってくる。同じ人間とは思えない怪力。いや、人間なんだろうか。
あんな細腕なのに、恐竜にでも追われているみたいな気持ちだ。そんな奴を蹴りで足止めしたチョコも、なんだか人間とは思えなくなってきた。
「オルトギュウス……」
チョコはぽつぽつと思い出したように呟く。
記憶を少しずつ取り戻しているのかもしれない。
「みやびをまもるために、なんとかしなきゃ…。
どうやって?
…ことば?
ことば……チョコのことば…」
走るチョコは速い。尋常じゃない速さで俺の手を引いている。
情けないが引っ張ってくれないと、運動不足の俺は立ち止まってしまうだろう。
次第にチョコの呟きも聞いている余裕がなくなってくる。校庭はまだなのか、校庭は…。
ざっ、とチョコの脚が止まる。急に止まられたので、一気に息があがってしまう。
その場で膝をついて、うずくまった。
「チョコの…ことば……」
荒い息のまま横目でチョコを伺えば、向かってくるブロンドに視線を向けている。
堂々と、射るように。そして浅く息を吸い、柔らかな発音で『言葉』を紡いだ。
知っている文章を、読んでいるように。
「――…はためく赤き
来るは
果てより現る美しき
月に辱めるは
過ぎ去りし暁の
優美なる
身二つに別たれた
一つは
一つは
束縛の
哀れみの
これなるは愚帝に捧げし
・・・
親愛の
辺りが静かになる。チョコの言葉に空気が集中していく。
しかし言葉を向けられているのは俺ではない。
俺の後ろに立つ、ブロンドの『オルトギュウス』。
チョコは言い終わるとぱんと一度手を叩く。
それにブロンドはびくり、と反応し、
「……………ちぇ」
舌打ちをした。
ブロンドの両手首にどこからともなく手枷が現れて、ぱきん、とはまった。
目を疑う。その手枷は宙から現れた。
事の次第についていけないが、チョコは一段落ついたように息を吐いた。
「チョコ?」
「みやび、ありがと。
これでチョコのいうこと、きくよ」
なんで?と聞く前にチョコは倒れてしまった。
地に頭を打つ寸前で、その
「…弱いくせに。
おい、お前。こいつを寝かせる場所に連れてけ」
とりあえず使われてない教室を探す。
それまでずっとチョコを抱えているオルトギュウス。椅子にそっと寝かせ、一息つく。
「安心しろよ。もうこいつに手は出さない。
鎖をはめられたからな」
ブロンドをぐしゃぐしゃと手で掻いて、軽く欠伸をしている。
だめだ、理解できない。
「状況が飲み込めないな…」
チョコは眠ったまま、しかし苦しそうな素振りはない。単に疲れてぶっ倒れたんだろう。
突然すぎる展開についていけないが。
「だろーよ。
…だが俺はもうあれこれ自由には言えないし行動できない。
詳しい事はお預けだ」
そういう訳らしい。
幸い次の授業は出席を取らないので、そのまま家に戻った。
夕食を作っている最中も、チョコは眠っていた。
オルトギュウスはずっとチョコの隣で寝そべりながら
「えーとオルトギュウス、だったか。
お前も手伝えよ。腹へってるだろ」
え、と大きな声。目を見開いて驚いている。
「それ、俺の分入ってるのか?」
ため息を吐いて頷く俺。
「なんでお前だけ作らないんだよ、そんなわけないだろうが。
とにかく洗い物、片付けてくれ」
「…おう」
珍しく素直に返事をして、流しにある油物やザルを任せた。
最初こそやり方を聞いてきたが、吸収が早いのかなかなか手際も良い。チョコより使える奴だ。
「あらいものしてる……」
とか思ってたら、チョコが目を覚ましてきた。
三人で夕食を囲み、事の次第を説明してもらった。
「チョコ、まず記憶は戻ったのか?」
ふるふると首を横に振るチョコ。
「まだ。穴だらけでかんぜんじゃない。
よくわからない」
「じゃあ……とりあえず、こいつはなんなんだ?」
俺の作ったロールキャベツを旨そうに頬張っている、オルトギュウスを指差す。
「えと……うーん…」
「なぁ、俺が喋っていいか?
もともと喋る機能とか疎いだろ、お前」
口の周りにトマトスープを垂らしまくりながら、オルトギュウスは言う。
頷くチョコを見た後で、オルトギュウスは話しはじめた。
「こいつと俺は一緒に生まれたけど、俺は肉体的に実験過程が長かったから。それに機能が違う。
人間だけど、人間じゃない、んだよなぁ」
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