チョコとオルトギュウス

第1話 襲来

「雅（みやび）んとこのチョコちゃん、大丈夫なん？」

チョコはボサボサ頭のボブ、髪色は綺麗なチョコレートブラウンの地毛の女の子。

服装は、俺が貸しただぼだぼのジャージに素足。下にスパッツでもなんでもいいからはけといつも言っているのだが、どうも駄目らしい。最近ようやくパンツをはくようになった。

　言っとくが用意したのは姉であって、俺ではない。

　未成年の異性と一緒に生活しているだけでも犯罪に抵触しそうになるのはもちろん分かっているが、大丈夫。もう警察には届を出してある。

そしてちゃんと姉もいます、大丈夫なんです、信じてください。

チョコはある日、俺と姉のアパートがある道沿いに倒れていた。

雨の下、布を包んだだけの服。季節は冬、下手したら死んでしまうと判断してとりあえずコートにくるんで部屋に入った。

着ている服は余す事なくびしょ濡れだったので、ここは申し訳ないが俺の服に着替えさせた。

看護師資格を持つ姉に相談しつつ、冷たい体を布団に寝かせて暖めて、口の端からお粥やら水分やらを入れて目が覚めるのを見るしかなかった。

バイトを休んだり姉とも交換で看てもらって、五日目。

ようやく目を覚ましたが、以前の記憶がないらしく、それから俺の傍を離れなかった。

見た目からチョコと呼び名を付けたのだが、本人は本当の名前を覚えていない。

腕に付けられたタグには

『カルアデイル＝ダコス＝アーヴェルダーニャ・ソ・ケークトゥ＝オルトギュウス』

という恐ろしく長いスペルが羅列してあった。

チョコと呼び始めてからしばらくして気付いたので、今更変えて呼ぶのも面倒だった。

チョコは俺には懐いてくれた。

そっと手を握り、常に後ろに控えて、俺以外とは決して口をきかない徹底ぶり。

嬉しいけど、ちょっと戸惑う。このままずっと居つかれても・・・。

未成年でもあるわけだから、親御さんとか大丈夫だろうか。

戸塚にそう言われたのも当たり前だ。

でも警察にも言ったが、音沙汰もないし。連絡くるまで俺のところに居候させてやるしかない。

ふうんと戸塚は納得したように頷いている。

さっきからずっと手を離さないチョコに目配せすると、チョコは少し怒ったように口を尖らせてから、両手でしっかりと俺の手を握った。

離れたくない、そんな顔をしていた。

「うん、分かってるよ」

大学の授業も三年の今は必修科目しかないので助かったが、基本的に毎日一緒だ。

まぁどうせ授業は一人が多かったし、別にいいか。

戸塚は俺とチョコの様子をにやつきながら見る。

なにか言いたそうだが、チョコの前なのでそれだけに留めたんだろう。

…どうせ女いねーよ。

「そーいやさー食堂前の自販機に変な飲み物出てんだよ。レモンバナナミックスってーの。

挑戦してみよっぜ」

「うわ…マズそ。お前一人で飲めよ」

なんだかんだ言いつつ、三人で食堂前の自販機へ向かう。

昼も過ぎた二時半。食堂も人がまばら。

「ほらこれこれー色も最悪でさぁー」

戸塚は自販機に走り寄る。

俺も見ようと歩きだすが……手を引かれる。

「ん…チョコ？なんだ？」

チョコが手を引く。

小さく呟くその声に、耳をすませる。

「——…あぶない」

があん！

なにかが音を立てた。

顔を上げると自販機が倒れている。

その倒れ方は奇妙だった。

くの字に曲がって倒れているのだ。上からの衝撃に耐え切れず、腰が折れたように。

何かが落ちてきたのか。戸塚は地面に尻餅を着いている。

その戸塚の頭に女の子が立っていた。

裸足で黒い布を巻いただけの服。

チョコにそっくりなボサボサ頭だが、髪色はブロンド。

「見つけたぁ！」

哂う顔がチョコとは違う。

どこか・・・まがまがしい。

開けてはいけない箱を開けてしまったような、取り返しのつかない後悔を感じた。

　戸塚は自分の頭に何かが乗っていると気付いたのか、青い顔で硬直している。俺も動けないでいた。

頭の上にバランスよく乗っているブロンドは、チョコを見つめる。

「お迎えに来てやったぜぇ！」

哂うと思ったそいつは、視界から消える。

戸塚を蹴って、宙に飛び上がったのだ。

「チョコ、逃げるぞ！」

俺はチョコの手を引き、その場を離れようとする。

が、チョコは手を振りほどき、そいつ目がけて走っていった。

「チョコ！待てよ！」

「チョコだぁ？！

甘ったるい名前だなぁ！あっはは！！」

「…うるさい」

目を疑う。そいつはまだ小学生並みの体つきだ。

なのに…そいつの拳でコンクリが陥没した。

チョコは身をかわして避さけ、そのまま腹を蹴る。

まともに入ったのか、ひゅうと喉を鳴らすブロンド。

「殺す気かよ、お前も死ぬぞ」

できねーよな！と高笑いするそいつは、空を蹴って距離をとった。

「チョコ…そいつは一体…」

「あれは」

チョコは短く呼吸をし、ブロンドを見る。

「あれが、オルトギュウス」