第66話

「レン、危ないから早く下がるんだ!」

「レン、どうしてここに!?」

「レン、てめえは後ろにいろっ!」


 三人が口々に言う。

 しかし、それらを無視して、俺はセドリックへと迫っていく。セドリックも俺を鋭く睨みつけながら向かってくる。

 やがて、俺と奴の距離が三メルトルほどになったとき――。


「これが俺の得た新たなる力、新たなるスキルだ」


 俺は対象を定める。セドリックを指定する。右手をセドリックのほうへ向けた。

 そして――。


「――〈限られた弱体化:リミテッド・デバフ〉」


 スキルが発動した。

 セドリックの足元――彼を囲い込むように黒い光のサークルが出現した。


「な、なんだ、これは……!?」


 すこぶる効果があったのだろう。セドリックは困惑している。目には見えないが、雰囲気で感じ取れる。今、奴は弱体化していると――。


「レン、何をしたんです!?」


 ネルが動きを止めて、驚愕の表情で尋ねてくる。


「弱体化のスキルだ。効果は一定時間しか続かないから、効いてるうちにセドリックを――」

「レンッ! 貴様アアアアアア――ッ!」


 俺と奴の間は三メルトルしかない。跳びかかれば一瞬で詰められる距離。〈限られた弱体化:リミテッド・デバフ〉は発動者――俺が死ぬか戦闘不能状態に陥れば、その効果は消えるはずだ。


「レンはやらせません! 〈空気風砲:エアー・キャノン〉!」


 ネルの放った風の大砲が、俺に向かって手刀を繰り出そうとしていたセドリックにぶち当たって、その体を吹き飛ばす。


「相当弱体化してますね。いけますよ!」


 宙を舞うセドリックに、跳躍したユカノが迫る。


「――〈紫電一閃〉!」


 紫電をまとった刀が、抜刀と共に振り抜かれる。

 至近距離から放たれたユカノの剣技を、セドリックは回避することができなかった。宙には足場がないので、うまく方向転換することも叶わない。黒いもやを出してガードすることも間に合わず、もろに攻撃を食らった。


「ああああああああああっ!」


 醜い絶叫が響き渡る。

 胴体が分断されて焦げたセドリックは、受け身を取ることができず、頭から地に落ちる。〈空気風砲:エアー・キャノン〉で骨と内臓を破壊されてもいる。しかしそれでも、まだ死なない。

 一般的な人間なら即死レベルの傷を負っても、悪魔に憑依されたセドリックは死なない。いや、死ねない――。


 美しい詠唱の声を響かせながら、アルシャがしずしずと歩いてくる。それはセドリックにとって、レクイエムに聞こえたのかもしれない。しかし、その顔には恐怖がはりついている。


「来るな……来るな来るな来るなぁ!」


 分断された胴がくっつこうとしている。セドリックはアルシャから逃げようと、醜く藻掻いた。ジタバタと藻掻いた。


「悪魔よ……今からてめえを浄化して消し去ってやる!」


 アルシャの詠唱が終わり、死刑宣告がなされた。


「この我を殺すだとっ!? そんな、そんなことがあってたまるか――」

「うっせえ! 黙れ! 耳障りなんだよ、ボケ! さっさと消えろ――〈浄化:カタルシス〉!」


 聖なる光がセドリックを包み込んだ。

 セドリックに憑依した悪魔が、その神聖さにたまらず、黒いもやとなって出てくる。その黒いもや――悪魔の本体を、聖なる光の炎が一切の容赦なく焼き尽くす。


「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ…………」


 今度の絶叫は悪魔のものだった。黒いもやがダンスをするようにのたうち回り、やがて灰となって消えた。


「やった、のか……?」と俺。

「どうやら、悪魔は滅びたようですね」とネル。

「このあたしの〈浄化:カタルシス〉を食らったんだから当然よ」とアルシャ

「でも、まだ彼は息があるようだね」とユカノ。


 彼――セドリック。

 ネルの魔法で骨と内臓を破壊され、ユカノの剣技で胴体を分断されたのだが、セドリックはまだ生きていた。悪魔の回復力があったからだろう。だが、その悪魔はアルシャによって滅んだ。奴が死ぬのは時間の問題だ。

 俺はセドリックのすぐ目の前まで歩き、彼を見下ろした。


「セドリック……俺はパーティーを追放されたとき、お前が憎くてたまらなかった。けど、今は感謝してる。あのとき追放されたから、今の俺がある。〈七色の夜明け〉というパーティーを結成して、三人の仲間ができた」


 ククク、とセドリックは弱弱しく笑った。


「お前に感謝されるなんてな……」


 もう一度、弱々しく笑った。


「ま、せいぜい……今を、楽しめ……」


 それが最後の言葉だった。

 どういう意味で、どういう思いを込めて、その言葉を俺に言ったのかはわからない。真意を確かめようにも、セドリックはもう言葉を発しない。屍となったんだ。


 俺はしばらくセドリックの死体を見つめた後、〈七色の夜明け〉の三人の仲間たちのもとへと向かった。

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