第65話sideセドリック
「死ねよ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえっ!」
セドリックはうわ言のように、ぶつぶつと呟いていた。
死体の山を築き上げた。大勢の人を殺した。そのことに罪悪感はない。しかし、思ったよりも満足感もない。あるのは虚無感。
(どうしてだ? 俺は力を欲していたというのに……。復讐がまだ遂げられてないからか? ブルーノをぶっ殺せば、圧倒的な満足感を得られるのか?)
ブルーノを殺せずにいる。
前回対峙した時よりも、心なしか強くなっているような気がする。
それと、三人の女。刀とかいう剣を使う、奇妙な服をまとった女。全身紫のとんがり帽子をかぶった魔法使いの女。修道服を着たシスターらしからぬ鋭い眼光の女。
この四人が厄介な相手だ。そのほかの冒険者は大したことない。有象無象。個体を識別する価値すらない。
(この四人を殺したら、後は有象無象を殺し尽くすだけだ)
黒いもやを幾筋も出して、四人に攻撃を集中させる。セドリック自身は復讐のターゲットであるブルーノを狙う。
「さっさと死ね、ブルーノォォォォォ!」
「やだね」
ブルーノの回避速度が明らかに早くなっている。どのような原理なのか。しかし、体力的に苦しくなってきているのは間違いない。
今のセドリックは、人間を超越した存在だ。いくら強かろうと、人間ごときがセドリックに体力勝負でかなうはずがない。
「死ね――」
「セドリック」
「――っ!?」
自らの名を呼んだ人物に目を向ける。
その男は落ち着いた様子で、この死体だらけの禍々しい戦場へと足を踏み入れてきた。堂々と臆することなく、確実に近づいてくる。
「レン……」
セドリックは笑う。
かつてセドリックが結成したパーティー〈聖刻の剣〉。その雑用係であり、幼馴染であり、彼が自ら追放した無能レンじゃないか。
ちくり、と頭が痛くなる。
レンを追い出してから、何もかもがうまくいかなくなった。すべてが狂っていった。その原因がこの男にあるのだろうか? 追い出したのは自分自身だというのに、なんだか無性に腹が立った、憎くなった。
「ヒヒヒ。気をつけろよ、セドリック」悪魔が囁いた。「このレンとかいう男、只者じゃない」
「只者じゃない? 只者以下普通以下の無能に決まってるんだよおおおおおっ!」
悪魔の忠告を、しかしセドリックは無視する。
今更、レンが有能だと認めることなどできない。それは自分が間違っていたことを認めることに繋がるからだ。
(俺は正しい)
セドリックは思う。否、そう思い込む。
自分はすべてが正しく、自分に盾突く意見はすべて間違っている。
そうして精神の安寧を保つ。
「レン、危ないから早く下がるんだ!」と刀の女。
「レン、どうしてここに!?」と紫の女。
「レン、てめえは後ろにいろっ!」とシスターの女。
レン、レン、レン……。
三人の女がレンの知り合いだとわかる。
(どうして、こんな奴の周りに女がいるんだ? こんなどうしようもなく無能な奴に……。無能な、無能な……いや、本当は無能なんかじゃ――)
三人の強さの秘訣が、レンにある。
レンの持つ何か――例えばスキルとか――が、三人(とブルーノ)を強化している。そして、レンによって強化されていたセドリックは、彼を追い出したことで弱体化してしまった――。
(否、認めない! 俺は断じて認めない! 認めないぞおおお!)
ブルーノの相手を黒いもやに任せて、セドリックはレンに向かって歩き出す。
レンも歩みを止めない。
そして、両者の距離が三メルトルほどになったとき――。
「これが俺の得た新たなる力、新たなるスキルだ」
嫌な予感がした。壊滅的に絶望的に、嫌な予感。絶対零度で一瞬にして凍らされたかのような悪寒に、体が固まってしまった。
「セドリック! 早くこいつを殺せっ!」
悪魔の命令に、セドリックは従わない。否、従えない。
レンが右手をこちらに向けるのを、セドリックはただ黙って見ていた。
レンがそのアクティブスキルを発動させるのを、セドリックはただ黙って見ていた。
「クソッ! 無能な奴め!」悪魔が叫んだ。「この我が殺してや――」
「――〈限られた弱体化:リミテッド・デバフ〉」
そのスキルが発動した瞬間、セドリックの体から力が抜けた。
そして――。
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