第63話
ブルーノは自分がターゲットにされているにも関わらず、逃げようとはしなかった。いや、隙がなくて逃げ出せないというのが本音か? それとも、下手に逃げるよりも、冒険者が多々集まっているこの場で戦ったほうがよさそうだ、と判断したのか。
ブルーノとセドリックは、一対一で戦っているわけではない。多数の冒険者とも同時に戦っている。ユカノも接近戦を挑み、ネルは遠距離戦、アルシャは片っ端から回復魔法をかけている。
そして俺は――。
「ただ見ているだけ、か……」
少し離れたところで、戦いの成り行きを見守っていた。
何の貢献もしていないというわけではない。パッシブスキル〈限りない支援:アンリミテッド・バフ〉によって、何もしなくても常に仲間にバフを与えている。
だけど、ただ突っ立って傍観しているだけというのは……。
とはいえ、俺が武器を持って突撃したとしても、秒殺されるのが落ちだ。それなら、傍観しているほうが幾分かマシだろう。
三人とブルーノは強かった。
一進一退の攻防が続く。……いや、一進一退というよりかは、膠着状態が続いている、と言ったほうが正しいか。
冒険者ギルドのスタッフから、セドリックに多額の懸賞金をかけた、という知らせが傍観している冒険者へと伝わった。それで、やる気になった冒険者たちが、我先にと突撃していく。
「あひゃひゃひゃひゃひゃっ! 悪魔の力を手に入れたこの俺を、殺せるもんなら殺してみろっ! 死体の山を築いてやる! もっともっと殺す! 殺し尽くして、血の雨を降らしてやる! 全員ぶっ殺してやる!」
セドリックは高らかに叫んでいた。
あれが、本当にセドリックなのかはわからない。悪魔に憑依されているのだから、その精神は悪魔に乗っ取られたのかもしれないし、セドリックのままかもしれないし、両者が混ざり合って新たな存在となったのかもしれない。
そんなことはどうでもいい。大事なのはセドリックが敵だということだ。
「おらあっ!」
ブルーノの拳がセドリックの頬を打ち抜くが、あまり効いているようには見えない。しかし、ブルーノは諦めずに回避と攻撃と防御を重ねる。
「〈紫電一閃〉!」
ユカノの剣技はセドリックに到達する前に、黒いもやによって阻まれた。しかし、何度も様々な技を繰り出し続ける。
「――〈燃え盛る炎:バーニング・ブレイズ〉!」
ネルは遠距離から攻撃魔法をいくつも繰り出している。敵に当てることよりも、味方に当てないようにするのに苦戦している印象だ。
「――〈上位回復:ハイ・ヒール〉」
アルシャは、ネルやユカノやブルーノ、それから他の冒険者たちにも回復魔法をかけている。セドリックに食らった傷が癒えていく。
このまま数の力で押していけば、セドリックを倒せるんじゃないか、と思った。
「これはまずいですね……」
いつの間にか、俺の隣にサイラスさんが立っていた。
カナルス神殿の聖職者たちは、悪魔を封印するためにやってきていた。サイラスさんの足元には、何やら複雑な紋様と文字が刻まれた大きな壺があった。
「まずい?」
「悪魔は殺した人間の魂を取り込む――食らう性質を持っているのです」
「それはつまり……どういうことですか?」
「人を殺せば殺すほど強くなっていく、ということです」
……それは確かに、まずい。とてもまずい。
サイラスさんのもとへ冒険者ギルドのスタッフがやってきた。サイラスさんは『殺される可能性が高い人は戦わせないように』と言った。婉曲な言い方だ。もっと直接的に言えば、『悪魔が強くなるだけだから、雑魚は戦わせるな』といった感じか。
「上位の冒険者は他にいないのですか?」サイラスさんは尋ねた。
「タイミング悪く、他の都市に遠征しているのです……」
某都市でドラゴンが暴れまくっており、その討伐のためにアイレスの上位のパーティーは皆遠征してしまった、とのこと。どうやら、その都市の貴族が、破格の報酬を出したらしい。目が飛び出るほどの大金だった。ドラゴンを討伐した者以外にも報酬は支払われるようで、そりゃあ上位のパーティーは遠征するだろうな、と思った。
「では、今いる冒険者たちでどうにかしなければなりませんね」
サイラスさんの双眸は、回復魔法を発動させているアルシャを見つめている。
「どうでしょう? 彼らで勝てますかね?」
「……信じるしかありませんな」
冒険者ギルドのスタッフ――おそらく、ギルドマスターは明言を避けた。
勝てるなら『勝てます』と明言するはずだ。苦しい状況なのが伝わった。
サイラスさんとギルドマスター、そして俺は――セドリック対冒険者たちの戦闘をただただ見つめていた。
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